67話 新しい夜
「バク! 日本には初夢っていうものがあると聞いたのだけど」
帰宅したダイアナが、雨に濡れたコートを脱ぐよりも先に喋り出した。金色のツインテールが言葉同様に弾み、空色の瞳がきらきらと輝く。
悪魔の兄ちゃんの趣味らしい黒一色の部屋でうつらうつらしていたぼくは、目に飛び込んできた鮮やかな色彩に、あくびまじりに頷いた。
「ああ、あるよ。こっちには、そういうのはないんだろ」
「ないわ。今日マツリカが教えてくれて、初めて知ったんだから」
なぜだか胸を張りながら、ダイアナは答える。
「一富士二鷹三茄子、だったかしら? 日本と言えば富士山だから縁起がいいというのはなんとなく分かるけれど、鷹と茄子は、よく分からないわね」
「まあ、そんなに歴史の長いもんでもないからな。真剣に考えたって仕方ない。日本人は新年の始まりを重視するから、他の国にはない、初夢って考えも出てきたんだろうさ」
ダイアナは面倒になったのか、手をぱんぱんと打ってコートを部屋に送ってしまった。そのまま椅子に座り込んで、コウモリの使い魔が運んできた紅茶を飲みながら、ああだこうだと話し始めた。いつものことなので適当に相槌を打っているところに、悪魔の兄ちゃんが帰って来た。
「なんだお前ら、仲いいな」
「ああ、悪い兄ちゃん。お帰り」
「お兄様! お帰りなさい」
ダイアナがぱたぱたと駆け寄って行く。長身の兄ちゃんの後ろから、それよりは背の低い天使の兄ちゃんも顔を出す。会うのは初めてだが、話に聞いていた通りの容貌だ。
「ふふ。ダイアナちゃん、今日も元気そうで何より」
「天使様! いらっしゃい!」
日本の仕事土産だとかいう大きな袋を受け取ったダイアナは歓声を上げて、ソファの方へ行ってしまった。それを微笑みながら見ていた天使の兄ちゃんが、ふとこちらを見る。ダイアナとそっくりの、しかしそれよりも深い碧眼が、好奇心を映す。ダイアナよりも身長の低い、子供の姿をとっているぼくの目線に合わせて屈み、話しかけてきた。
「君は獏君だね。話には聞いていたけれど、こうして会うのは初めてだ。……握手しても大丈夫かな?」
「ああ、大丈夫だよ」
白く柔らかい手と握手を交わす。ぼくは魔物だが、由来や性質が特殊なためか、聖性の強い存在と接触しても問題はないのだ。天使の兄ちゃんは嬉しそうに目を細めた。
「君のお陰で、ダイアナちゃんが助かっていると聞いているよ。私からもお礼を言わせてくれ」
天使らしい言葉に、首を振る。
「腹いっぱい食べさせてもらってるのはこっちだからね、礼なんていいさ。それより、年越しはここで過ごすんだろう。ぼくは邪魔だろうし、席を外すよ」
日本とは違って、こちらでは年末最後の日に特別何かをするということもない。しかしダイアナが年越しカウントダウンをしたいとかで、今年はこの天使の兄ちゃんも呼んで過ごすことになったらしい。ぼくは自分に与えられた居室で夜まで寝て過ごそうと思っていたので、あとをよろしくというつもりで言ったのだが、天使の兄ちゃんは大きな目を見開いた。
「そんな、邪魔だなんてとんでもない。君に会えたら話したいと思っていたことが、たくさんあるんだ。そんなこと言わずに、付き合ってくれないか」
思いがけない言葉に驚いていると、悪魔の兄ちゃんが見たことのない上機嫌な顔で「どうせ暇だろ。天使サマのたっての願いだ、付き合えよ」などと言う。「バクも一緒にカウントダウンしましょうよ」とはダイアナの言葉。
かくして予定外に、賑やかな集まりに加わることになってしまったのだった。
帰宅したダイアナが、雨に濡れたコートを脱ぐよりも先に喋り出した。金色のツインテールが言葉同様に弾み、空色の瞳がきらきらと輝く。
悪魔の兄ちゃんの趣味らしい黒一色の部屋でうつらうつらしていたぼくは、目に飛び込んできた鮮やかな色彩に、あくびまじりに頷いた。
「ああ、あるよ。こっちには、そういうのはないんだろ」
「ないわ。今日マツリカが教えてくれて、初めて知ったんだから」
なぜだか胸を張りながら、ダイアナは答える。
「一富士二鷹三茄子、だったかしら? 日本と言えば富士山だから縁起がいいというのはなんとなく分かるけれど、鷹と茄子は、よく分からないわね」
「まあ、そんなに歴史の長いもんでもないからな。真剣に考えたって仕方ない。日本人は新年の始まりを重視するから、他の国にはない、初夢って考えも出てきたんだろうさ」
ダイアナは面倒になったのか、手をぱんぱんと打ってコートを部屋に送ってしまった。そのまま椅子に座り込んで、コウモリの使い魔が運んできた紅茶を飲みながら、ああだこうだと話し始めた。いつものことなので適当に相槌を打っているところに、悪魔の兄ちゃんが帰って来た。
「なんだお前ら、仲いいな」
「ああ、悪い兄ちゃん。お帰り」
「お兄様! お帰りなさい」
ダイアナがぱたぱたと駆け寄って行く。長身の兄ちゃんの後ろから、それよりは背の低い天使の兄ちゃんも顔を出す。会うのは初めてだが、話に聞いていた通りの容貌だ。
「ふふ。ダイアナちゃん、今日も元気そうで何より」
「天使様! いらっしゃい!」
日本の仕事土産だとかいう大きな袋を受け取ったダイアナは歓声を上げて、ソファの方へ行ってしまった。それを微笑みながら見ていた天使の兄ちゃんが、ふとこちらを見る。ダイアナとそっくりの、しかしそれよりも深い碧眼が、好奇心を映す。ダイアナよりも身長の低い、子供の姿をとっているぼくの目線に合わせて屈み、話しかけてきた。
「君は獏君だね。話には聞いていたけれど、こうして会うのは初めてだ。……握手しても大丈夫かな?」
「ああ、大丈夫だよ」
白く柔らかい手と握手を交わす。ぼくは魔物だが、由来や性質が特殊なためか、聖性の強い存在と接触しても問題はないのだ。天使の兄ちゃんは嬉しそうに目を細めた。
「君のお陰で、ダイアナちゃんが助かっていると聞いているよ。私からもお礼を言わせてくれ」
天使らしい言葉に、首を振る。
「腹いっぱい食べさせてもらってるのはこっちだからね、礼なんていいさ。それより、年越しはここで過ごすんだろう。ぼくは邪魔だろうし、席を外すよ」
日本とは違って、こちらでは年末最後の日に特別何かをするということもない。しかしダイアナが年越しカウントダウンをしたいとかで、今年はこの天使の兄ちゃんも呼んで過ごすことになったらしい。ぼくは自分に与えられた居室で夜まで寝て過ごそうと思っていたので、あとをよろしくというつもりで言ったのだが、天使の兄ちゃんは大きな目を見開いた。
「そんな、邪魔だなんてとんでもない。君に会えたら話したいと思っていたことが、たくさんあるんだ。そんなこと言わずに、付き合ってくれないか」
思いがけない言葉に驚いていると、悪魔の兄ちゃんが見たことのない上機嫌な顔で「どうせ暇だろ。天使サマのたっての願いだ、付き合えよ」などと言う。「バクも一緒にカウントダウンしましょうよ」とはダイアナの言葉。
かくして予定外に、賑やかな集まりに加わることになってしまったのだった。