67話 新しい夜

 生まれ育った日本の繁華街で、全身黒ずくめの悪魔の兄ちゃんに捕まったのは、秋の終わりのこと。「質のいい悪夢を食べさせてやる」という言葉に誘われて海を渡り、年がら年中霧で覆われている街に暮らし始めて、数ヶ月が経とうとしている。
 悪魔の兄ちゃんの言葉通り、ここでは食事には困らない。霧深い街の住人は迷信深く、しょっちゅう悪夢にうなされている。その中でも特に、兄ちゃんの使い魔である元人間の女の子、ダイアナの悪夢は美味い。ダイアナは元人間だけあって、悪魔の常識から自由な、とても活発で素直な子だ。人の夢を喰う魔物であるぼくから見ても育ちのよさが分かるが、ある悲劇的な事件によって両親を失い、自らも悪魔の身に堕ちざるを得なかったという事情持ちらしい。そんな事情持ちだから、悪夢が美味い。夜の巡回コースには、最初と最後に必ずダイアナの夢をまわることにしているくらいだ。恐らくこれは悪魔の兄ちゃんの狙い通りなのだろうと思うが、ぼくは美味しい食事ができればそれでいい。
 純粋な悪魔とはいえないものが多い使い魔連中は別として、悪魔は眠らない。魂の器としての意味しか持たない肉体は疲れることを知らず、睡眠など不要なのだ。同様に、天使も眠らない。だから、ぼくは雇用主である悪魔の兄ちゃんと、そのパートナーであるらしい天使の兄ちゃんの夢には、入ったことがない。ぼくのような魔物にとっては普通遭遇するのも稀な上位存在が見る夢には、非常に興味があるところだが……。
 そんなわけで、食いっぱぐれることもなく、ある程度自由に過ごすことのできる日々を手に入れたこの年が、そろそろ終わろうとしている。
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