66話 本当の奇跡
昨年のこの日、私は休みをとって、愛する悪魔と街を歩いた。世界中に満ちる信仰心から彼を守りながら、ふたりでクリスマスを楽しんだ。
しかし今年は、そういうことはない。なぜなら……。
「よく来てくれた、エンジェル」
優しい言葉で出迎えてくれた黒髪の男とキスを交わし、その家へ入る。美味しそうな料理の匂いが漂う黒い部屋には、昨年とはまた違う、豪勢なツリーが飾られている。いつもは棚がある筈の空間にパチパチと音を立てているのは、暖炉だ。
「今年は暖炉まで用意したのか」
「イミテーションだがな」
ダイアナのやつが欲しがったんだ、と悪魔は肩をすくめる。
「ふふ。お前は本当にダイアナちゃんに甘いな」
「ああ? いや、そういうんじゃ……」
「天使様!」
後ろから現れたらしい少女が、私の腰に抱きついた。悪魔によれば「私にそっくり」らしい、眩い金髪のツインテール、輝く青い瞳。
「ダイアナちゃん! メリークリスマス」
「メリークリスマス、天使様!」
可愛らしい使い魔の少女は、自らの主人と私の手を取って、幸せそうだ。ふと見ると、悪魔の目も和んでいる。
「ふふ。やっぱりお前は、ダイアナちゃんに甘いよ」
「そんなことは」
いやそうな悪魔の声を遮って、ダイアナちゃんが言う。
「ねえねえ天使様、お兄様! この数週間、ふたりでいろんなクリスマスマーケットへ行ったんでしょう。お話、聞かせてちょうだい!」
そう。今年、私と悪魔は、クリスマス当日ではなくそれまでの間に、国中のクリスマスマーケットを訪れることにしたのだった。昨年は一日でそれらを巡り切ることができなかったので、そのリベンジというわけだった。聖夜当日には開催されないものもあったので、だいぶ前から計画を立てて、このひと月、ほぼ毎週のように、ふたりで出かけた。建物や店舗のイルミネーションを楽しみ、種々の料理に舌鼓を打ち、サンタや天使のオーナメントを眺め、限定の紅茶やコーヒーを購入し、何枚も写真を撮った。昨年の一日も特別なひとときだったが、今年も、素敵な日々を過ごすことができた。
ダイアナちゃんの白い手を、きゅっと握る。
「ああ、いいとも。それじゃあ、パーティーの用意をしながら話そうか」
「やったあ! どこが一番楽しかったの?」
「そうだね、イルミネーションだとワデスドン・マナーが印象深いな……」
「せっかくだから写真を映すか」
悪魔が指を鳴らすと、窓際に備え付けられたプロジェクターとスクリーンが動き出し、ダイアナちゃんが歓声を上げた。
「おいおい、まだ何も映してないぞ」
「いいえ、窓の外を見て。雪よ! ホワイトクリスマス!」
たしかに、窓の外にはちらほらと、白い羽のような雪が舞い始めていた。悪魔が、ちらと私を見る。
「今回のは私じゃないよ。本当の奇跡さ」
「そうか、本当の奇跡か」
ダイアナちゃんが窓に額を押し当てているのを確認して、私と男は再び、今度はゆっくりと、口づけをした。
美しい一日は、まだ終わらない。
しかし今年は、そういうことはない。なぜなら……。
「よく来てくれた、エンジェル」
優しい言葉で出迎えてくれた黒髪の男とキスを交わし、その家へ入る。美味しそうな料理の匂いが漂う黒い部屋には、昨年とはまた違う、豪勢なツリーが飾られている。いつもは棚がある筈の空間にパチパチと音を立てているのは、暖炉だ。
「今年は暖炉まで用意したのか」
「イミテーションだがな」
ダイアナのやつが欲しがったんだ、と悪魔は肩をすくめる。
「ふふ。お前は本当にダイアナちゃんに甘いな」
「ああ? いや、そういうんじゃ……」
「天使様!」
後ろから現れたらしい少女が、私の腰に抱きついた。悪魔によれば「私にそっくり」らしい、眩い金髪のツインテール、輝く青い瞳。
「ダイアナちゃん! メリークリスマス」
「メリークリスマス、天使様!」
可愛らしい使い魔の少女は、自らの主人と私の手を取って、幸せそうだ。ふと見ると、悪魔の目も和んでいる。
「ふふ。やっぱりお前は、ダイアナちゃんに甘いよ」
「そんなことは」
いやそうな悪魔の声を遮って、ダイアナちゃんが言う。
「ねえねえ天使様、お兄様! この数週間、ふたりでいろんなクリスマスマーケットへ行ったんでしょう。お話、聞かせてちょうだい!」
そう。今年、私と悪魔は、クリスマス当日ではなくそれまでの間に、国中のクリスマスマーケットを訪れることにしたのだった。昨年は一日でそれらを巡り切ることができなかったので、そのリベンジというわけだった。聖夜当日には開催されないものもあったので、だいぶ前から計画を立てて、このひと月、ほぼ毎週のように、ふたりで出かけた。建物や店舗のイルミネーションを楽しみ、種々の料理に舌鼓を打ち、サンタや天使のオーナメントを眺め、限定の紅茶やコーヒーを購入し、何枚も写真を撮った。昨年の一日も特別なひとときだったが、今年も、素敵な日々を過ごすことができた。
ダイアナちゃんの白い手を、きゅっと握る。
「ああ、いいとも。それじゃあ、パーティーの用意をしながら話そうか」
「やったあ! どこが一番楽しかったの?」
「そうだね、イルミネーションだとワデスドン・マナーが印象深いな……」
「せっかくだから写真を映すか」
悪魔が指を鳴らすと、窓際に備え付けられたプロジェクターとスクリーンが動き出し、ダイアナちゃんが歓声を上げた。
「おいおい、まだ何も映してないぞ」
「いいえ、窓の外を見て。雪よ! ホワイトクリスマス!」
たしかに、窓の外にはちらほらと、白い羽のような雪が舞い始めていた。悪魔が、ちらと私を見る。
「今回のは私じゃないよ。本当の奇跡さ」
「そうか、本当の奇跡か」
ダイアナちゃんが窓に額を押し当てているのを確認して、私と男は再び、今度はゆっくりと、口づけをした。
美しい一日は、まだ終わらない。