62話 ある使い魔の功労

 ハロウィンの夜。お兄様から許可をもらった私は、お菓子をもらうためにあちこち歩いた。今年は魔女の帽子とローブを身につけて、お揃いの服を着たマツリカと一緒。
 たくさんのお家を回って、コウモリの形をしたリュックがぱんぱんになった頃、マツリカと別れて帰路に着いた。魔法で瞬時に家に帰ることもできたけれど、綺麗な三日月が浮かんでいたから、歩きたい気分だったのだ。
 鼻歌を歌いながら夜風に吹かれて歩いていると、なんだかふわふわした影が動いているのが目の端に映った。木々が生い茂る公園の中、よく見ると、たくさんの猫が集まっていた。黒いのや白いの、灰色のや茶色のなど、色も種類も様々な猫たちが、ざっと十数匹ほど。あまりに可愛いので足を止めて物陰から見つめていると、そのうちの一匹が、不意に後脚でひょいと立ち上がった。まるで人間のような仕草。
 驚いていると、猫が口を開いた。
「諸君。猫の集いに参加してくれてありがとう」
 喋った。
 お兄様に命を助けられて使い魔になってから、いろんな不思議を目にしてきたけれど……英語を喋る猫は初めて見た。
 銀色の毛並みの美しい猫は、相変わらず後脚で立ったまま、語尾が少しカールしたような独特の話し方で続ける。
「さて、今晩はハロウィンだ。死者が生者の元へ帰る夜。それに乗じて我らの魔力も増大する。今年は我らが魔力を蓄え始めてから十年目。いよいよ傲慢不遜な人間たちを、恐怖の底に落とし込むときだ」
 猫たちは一斉に後脚で立ち上がり、にゃあにゃあと鬨の声をあげ始めた。声は可愛いけれども、言っていることは不穏極まりない。
 けれど、猫は猫だ。そんな大したことはできないはず。きっと、ちょっと人を引っ掻くくらいだろう……。
「我々の牙と爪とで、人間たちのやわな肌をずたずたに切り裂いてやろうではないか」
 言いながら彼らは、爪研ぎがてらなのか、そこらの木をめちゃめちゃに引っ掻いた。木の皮がずたずたにめくれる。……あんな力でやられたら、大怪我しちゃう。
 せっかく楽しいハロウィンの夜なのに、このままでは阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまう。悪魔の使い魔としてはそれでもいいのかもしれないけれど、私は、そんなのはいや。でも、どうしよう。お兄様に言ってもむしろ楽しんで眺めていそうな気がするし、天使様に助けを求めるとしても、ここからでは時間がかかり過ぎる。
 ……私が止めるしかないのかしら。
「よし、それでは早速……」
 銀猫が意気込んで道路の方へ向き直り、……そこで私に気がついた。
「お前は……どこから来た?」
 よかった、慌てて変身したから変なところがないか不安だったのだけれども……今の私は、ちゃんと猫に見えているみたいだ。
「私は……お前たちを止めに、海を越えてやって来たのよ」
 咄嗟の出まかせに、ほかの猫たちがざわめく。
「海を越えて? まさか」
「そんなばかな、王族が我々を止めになんて……」
 ピンときた。二本足で人間のように振る舞う猫……昔、絵本で読んだことがある。ケットシーだ。確か彼らには王族がいるんだ。そう、それもたしか、この国と海を隔てた国が、彼らの伝説の発祥の地だった。
「本当よ。私たちは人間と長く共に暮らしてきた。その関係を今更破壊しようなんて、馬鹿らしいことだわ」
「お前が王族である証拠は」
 銀猫だけは疑わしげに、私を睨む。証拠だなんて、そんなものあるわけない。というか、何なら証拠になるのかもよく分からない。……けれど、それはこの猫たちも同じなのではないかしら。
「この毛の色が証拠よ」
 ちょうど舞台装置のように、雲に隠れていた月が現れて、私を照らした。人間のときの髪の毛と同じ、金色。別に自分で意識したわけではなかったのだけれど、猫としては珍しいくらいにキラキラしている。
 立ち並んだ猫たちが、息を呑んだのがわかった。
「あんな色、見たことない」
「それじゃあまさか本当に」
「こりゃあだめだ、王族に楯突くわけにはいかない」
「解散だ、解散!」
 銀猫さえも狼狽えて、猫たちはすぐにいなくなってしまった。まさかこんなに上手くいくとは思わず、私は呆気に取られて、月を見上げた。
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