8話 魂の形(悪魔について)
主は天使を作った。私や、私の仲間だ。しかし、その天使たちの中から主の大いなる御心に反抗し、相反する勢力となった者達がいる。それがサタンであり、それに従う悪魔たちだ。
天使は善を広めるために活動するが、悪魔は悪を広めるために活動する。天使は人の行動を抑制することが多いが、悪魔は誘惑し唆す。その意味で、悪魔の方がより人間に近く、人間のことを理解していると言える。人間を堕落させ、主への信仰心から背かせようとするその行為が、正しい道へ導こうとする我々のやり方よりも余程人間的であるというのは、何たる皮肉だろうか。
しかし、いつからだろう。それを羨ましく感じるようになったのは。
悪魔を羨むなど、あってはいけないことだ。天使は主の御心のままに動く存在でなくてはいけない。それに反するものを羨むなど、ありえない。
しかし……。
「悪魔はお前たちより人間を理解している。どうだ天使サマ、それを知りたくはないか」
そう持ちかけられ、気がついた時には頷いてしまっていた。あの悪魔は、私の中の良くない願望に気がついていたのだ。
あの忌むべき邪悪な者……冷たい笑みで人の心の奥を暴き誘い出す悪魔は、あれから何度も、私の前に現れる。一度、隙を見せてしまったのが悪かったのだ。あんな、誰にも……仲間の天使にも主にも言えないようなことをされて、逆らえる筈もない。
お陰で、あの男に似た服装の人間を見ると、身体が反応するようになってしまった。
悪魔は、好みにほぼ違いの表れない天使と違って、服装にもそれぞれの好みがある。天使よりも柔軟に容姿を変える彼らは『仕事』をしていない時には統一性の無い格好をしている。あの男は、だいたい決まって黒い革のジャケット、その下に暗色のシャツと黒のパンツ、黒の革靴を身につけていることが多い。漆黒の髪は短く、隙なく整えられている。一見すると固められているように艶のあるあの髪が、その実、非常に柔らかいことを、私は知っている。眼も黒く、彫りの深い顔立ちの中で、一際鋭く光を放っている。その黒目の中に、蛇のような、赤く縦に細い瞳孔があることに、人間は気付けない。
天使が人々に善きことを教えるために善き知識を持っているのに対して、悪魔は人々に悪しきことを吹き込むための知識を持っている。そして、その知識を遺憾なく発揮するための形を取る。私の前に現れたあの男は、だから長く器用に動く指を持っていた。その形を思い出すと、同時に、触れられた時の感覚まで思い出してしまう。寒気と、邪気と、そして……。
本当は思い出すべきではないのだ、こんなことは。……けれど、どうしても忘れられない。私よりも背が高くがっしりとしたあの身体が、背中に密着した時の温度を。その吐息の甘さを。執拗な口づけをされた時、暗く冷たい眼の中に垣間見えた、あの魂の炎を。
天使としての本能が、これ以上あの男のことを思うのは危ないと告げている。主への離反に繋がるような、危険な行為だと、頭で理解もしている。だが、この肉体の疼きは、胸の苦しさは何なのだ。
毎晩、少しの休息をとるために寝台に横たわって、頭に浮かべるのは、あの男のことばかりだ。あの悪魔は一体、何を狙ってあんなことをしたのか。私を誘惑して陥れる為なのか 主の忠実なる僕である私を、堕落した彼らの中に引き入れるつもりなのか ……分からない。
この苦しみが、あの男の言っていた『人間の感情』なのだろうか。だとしたら、……だとしたら。
次の段階を、早く教えて欲しい。
そう思うのは、やはり間違いなのだろうか。
天使は善を広めるために活動するが、悪魔は悪を広めるために活動する。天使は人の行動を抑制することが多いが、悪魔は誘惑し唆す。その意味で、悪魔の方がより人間に近く、人間のことを理解していると言える。人間を堕落させ、主への信仰心から背かせようとするその行為が、正しい道へ導こうとする我々のやり方よりも余程人間的であるというのは、何たる皮肉だろうか。
しかし、いつからだろう。それを羨ましく感じるようになったのは。
悪魔を羨むなど、あってはいけないことだ。天使は主の御心のままに動く存在でなくてはいけない。それに反するものを羨むなど、ありえない。
しかし……。
「悪魔はお前たちより人間を理解している。どうだ天使サマ、それを知りたくはないか」
そう持ちかけられ、気がついた時には頷いてしまっていた。あの悪魔は、私の中の良くない願望に気がついていたのだ。
あの忌むべき邪悪な者……冷たい笑みで人の心の奥を暴き誘い出す悪魔は、あれから何度も、私の前に現れる。一度、隙を見せてしまったのが悪かったのだ。あんな、誰にも……仲間の天使にも主にも言えないようなことをされて、逆らえる筈もない。
お陰で、あの男に似た服装の人間を見ると、身体が反応するようになってしまった。
悪魔は、好みにほぼ違いの表れない天使と違って、服装にもそれぞれの好みがある。天使よりも柔軟に容姿を変える彼らは『仕事』をしていない時には統一性の無い格好をしている。あの男は、だいたい決まって黒い革のジャケット、その下に暗色のシャツと黒のパンツ、黒の革靴を身につけていることが多い。漆黒の髪は短く、隙なく整えられている。一見すると固められているように艶のあるあの髪が、その実、非常に柔らかいことを、私は知っている。眼も黒く、彫りの深い顔立ちの中で、一際鋭く光を放っている。その黒目の中に、蛇のような、赤く縦に細い瞳孔があることに、人間は気付けない。
天使が人々に善きことを教えるために善き知識を持っているのに対して、悪魔は人々に悪しきことを吹き込むための知識を持っている。そして、その知識を遺憾なく発揮するための形を取る。私の前に現れたあの男は、だから長く器用に動く指を持っていた。その形を思い出すと、同時に、触れられた時の感覚まで思い出してしまう。寒気と、邪気と、そして……。
本当は思い出すべきではないのだ、こんなことは。……けれど、どうしても忘れられない。私よりも背が高くがっしりとしたあの身体が、背中に密着した時の温度を。その吐息の甘さを。執拗な口づけをされた時、暗く冷たい眼の中に垣間見えた、あの魂の炎を。
天使としての本能が、これ以上あの男のことを思うのは危ないと告げている。主への離反に繋がるような、危険な行為だと、頭で理解もしている。だが、この肉体の疼きは、胸の苦しさは何なのだ。
毎晩、少しの休息をとるために寝台に横たわって、頭に浮かべるのは、あの男のことばかりだ。あの悪魔は一体、何を狙ってあんなことをしたのか。私を誘惑して陥れる為なのか 主の忠実なる僕である私を、堕落した彼らの中に引き入れるつもりなのか ……分からない。
この苦しみが、あの男の言っていた『人間の感情』なのだろうか。だとしたら、……だとしたら。
次の段階を、早く教えて欲しい。
そう思うのは、やはり間違いなのだろうか。