55話 新しい光

 たどり着いた独居者向けの小さなアパートは、白く清潔な外観をしていた。天使が住むにはうってつけの物件だろう。使い魔に調べさせたところでは、あの悪魔の執着の対象である天使が、ここに住んでいるという。その天使が今日、仕事がなくて在宅であることも、あの悪魔が遠方に足をのばしていることも、確認済みだ。
 建物に近付いただけで、この中に天使がいることがわかるほど、周辺は清浄な空気で満ち溢れていた。おそらく並の悪魔では 眩暈めまいに襲われて立っていることもできないだろう。エントランスに入って、指を鳴らす。その姿を借りるのさえいとわしいが、あの悪魔の外見に変身し、できる限り、魂の形も偽装する。もう一度指を鳴らして、すんなり開いたドアから、天使の居住階へ向かった。
「邪魔するぜ」
 魔法で解錠し、わたしはドアの隙間に身を滑り込ませた。ちょうど廊下に立っていた金髪碧眼の天使は、一瞬、ビクッと身を縮ませた……ように見えた。
「や、やあラブ。びっくりしたよ……連絡もなく突然来るから。掃除もちゃんとしていなくて、恥ずかしいな……」
 単に、突然の訪問に驚いているだけのようだった。わたしはさりげなく距離を保ちつつ、歩を進める。
「用事が早く終わったもんでな。……今日は休日なんだろう?」
「ああ。働きすぎだから、ちょっと休めって言われてね」
 ふふ、と笑うその顔は、どこからどう見ても、どこにでもいる、ただの天使だ。こんな平凡な存在のどこに、あの男は心を奪われたと言うのだろう。
 わたしがじっと見つめていたからか、天使は少し困ったように眉を寄せた。
「どうしたんだい? 怖い顔して」
「いや、久しぶりに顔を見られて嬉しくてな。……触れても?」
「あはは、面白いことを聞くね。もちろん、いいとも」
 ほら、と差し出された手を軽く握って、確かめる。触れた途端に手が燃え落ちるようなことにはならず、無事に触ることができた。
 これでもう、計画は達成できたも同然だ。
「…………ラブ?」
 不思議そうな声と、わたしが指を鳴らしたのは同時だった。一瞬で天使は眠りに落ち、わたしの腕の中に倒れ込む。契約さえ結んでしまえば、天使といえど、こんなものだ。思わず笑い出しそうになる口元を押さえ、わたしは天使の体を抱えた。
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