55話 新しい光

 あの男が変わり者であることは、悪魔仲間なら誰でも知っている。つい百年ほど前まではある程度交流のある仲間たちしかそれを知らなかったはずだが、百年前のある出来事をきっかけに、誰もが知るところとなった。
 仕事を、全て放棄したのだ。それも、ある天使のためだけに。
 逸話には 尾鰭おひれがつくものだ。だから、どこまでが本当の話なのかはわからない。だが、あの男がひとりの天使に執着(恋情などという言葉を好んで持ち出す輩もいるが、我々悪魔にそのような余計なものが生じる筈がない)し、その天使を堕天から救うために自らを封印したのだということだけは確実だ。それ自体、その天使の堕天の原因があの男であることの証左だが、あの悪魔はそれをよしとしなかったというのだ。天使を直接誘惑するなどという酔狂な真似はしなくとも、何らかの方法でとせるのなら堕としたい……それが悪魔としての本能でもあるというのに。
 そんな変わった男のことだ、人間を救って使い魔にしてみたくなる、なんてことも、ひょっとするとあるのかもしれない。だが、思うことと実際にすることとは違う。それこそ、天と地ほど。
 天使ひとりを救う、のはまだ、変わり者で済む。仲間の邪魔をしたわけでも何でもないからだ。もしもその行為を咎める者がいるとすれば、それはご主人様くらいだろうし、そのとき、ご主人様は特に何もされなかった。反旗をひるがえして天使側についたということになれば罰を下されるかもしれないが、あの男は復帰後すぐに溜まっていた仕事を片付け、悪魔としての本分を果たし続けている。そういう悪魔に対して、ご主人様は寛大だ。部下のプライベートには無関心、という言い方もできるかもしれない。それにしても百年間のサボタージュを全くの無罰で済ますというのは、よっぽどあの男の仕事に対する信頼があったということなのかもしれないが。
 しかし、今回はそう甘くはいかない。わたしという、仲間の仕事の邪魔をしているからだ。
 基本的に、悪魔はお互いに干渉しない。協力もしない。限られた人間たちの魂を分けあったりするようなことはしたくないのだ。だからわたしたちは、仕事を邪魔されることを何より嫌う。今回の件に関して言えば、わたしは、完璧に行える筈だった仕事の、最後のピースを奪われたわけだ。ひとつのピースが欠けたとて気にしない者もいるが、わたしはそうではない。
 だから、仕返しをする。
 復讐、などと言うと大掛かりにすぎるし、ただその行為の正当性を追及するに留めるには、ここ数ヶ月のわたしの心労は大きすぎる。それに、仲間同士で血を見るような争いをしたいわけではない。ただ……あの男が二度と同じような真似をしないように忠告し、そしてできるなら、あの小娘の魂を得て仕事を完遂するための……仕返しだ。
 取り急ぎ手持ちの仕事を全て片付け、わたしは一日を費やして考えた。そうしてまた一日を準備に費やした。そこで得た情報をもとに計画を建て、ことを起こすにふさわしい日程を決めた。悪魔流に言えば、悪は急げだ。
 翌朝、わたしはひとりで拠点を出た。
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