54話 貴女は白い花
「ダイアナ、入るぞ」
俺はドアの外から声をかけて、中へ入った。ふわふわしたぬいぐるみや、両親から買ってもらったのと同じものを揃えているらしい絵本が並んでいる本棚の横には、小さな机。その上には所狭しと文房具が散らばっているが、どれも可愛らしいデザインのせいか、雑然とした印象は受けない。そこに突っ伏して、俺の使い魔のひとりである少女、ダイアナは眠っていた。その傍には、植物図鑑が開いたままになっている。手元に鉛筆とスケッチブックがあることからして、おそらく。
「花の絵を描いていたのかな」
俺の後ろから入ってきた天使が、小声で言う。
「ジャスミンの花か。ふふ、ダイアナちゃん、絵心があるね」
「そうか? ……しかし、よく寝てるな」
クリスマスの日にも、こうして寝ているダイアナを見下ろしたことを思い出す。
「子供ってのは、ずいぶんよく寝るもんだな」
「……でも、何だか」
天使が、ダイアナの顔を覗き込んで、ふっと眉を寄せた。
「スケッチブックに水滴の跡がある。何か悲しいことがあったのかもしれない」
「悲しいこと?」
俺の使い魔になってからしばらくの間は少し気落ちしていたようではあったが、最近は結構、楽しそうにしていると思っていたのだが。それに、今日だって。
「……あー。ひょっとすると、学校で何かあったのかもしれないな。なあ、起こした方がいいと思うか?」
俺が尋ねると、天使はちょっと黙ってから、ゆっくりと首を振った。
「いや、眠りというのは、慰めでもあるんだ。泣きながら眠ったのなら、自然と目を覚ますまで、起こさない方がいい」
こと善に関しては、天使に従うのが一番だ。俺は素直にその言葉に従うことにして、懐から二通の封筒を取り出した。黒いものと、白いもの。机の下に落ちないように、植物図鑑の下に挟んだ。
「それじゃあ、俺たちからのホワイトデーのお返しを、ここに置いておくからな」
「ぐっすりおやすみ、ダイアナちゃん」
輝く金色の髪をそっと撫でてやると、ダイアナは少し身じろぎした。
「よい夢を。ダイアナ」
使役する側の悪魔としては当然の義務として、俺はその背中にブランケットをかけてやって、部屋を出た。
願わくは、その小さな体に、少しでも多くの喜びが満ちることを。
俺はドアの外から声をかけて、中へ入った。ふわふわしたぬいぐるみや、両親から買ってもらったのと同じものを揃えているらしい絵本が並んでいる本棚の横には、小さな机。その上には所狭しと文房具が散らばっているが、どれも可愛らしいデザインのせいか、雑然とした印象は受けない。そこに突っ伏して、俺の使い魔のひとりである少女、ダイアナは眠っていた。その傍には、植物図鑑が開いたままになっている。手元に鉛筆とスケッチブックがあることからして、おそらく。
「花の絵を描いていたのかな」
俺の後ろから入ってきた天使が、小声で言う。
「ジャスミンの花か。ふふ、ダイアナちゃん、絵心があるね」
「そうか? ……しかし、よく寝てるな」
クリスマスの日にも、こうして寝ているダイアナを見下ろしたことを思い出す。
「子供ってのは、ずいぶんよく寝るもんだな」
「……でも、何だか」
天使が、ダイアナの顔を覗き込んで、ふっと眉を寄せた。
「スケッチブックに水滴の跡がある。何か悲しいことがあったのかもしれない」
「悲しいこと?」
俺の使い魔になってからしばらくの間は少し気落ちしていたようではあったが、最近は結構、楽しそうにしていると思っていたのだが。それに、今日だって。
「……あー。ひょっとすると、学校で何かあったのかもしれないな。なあ、起こした方がいいと思うか?」
俺が尋ねると、天使はちょっと黙ってから、ゆっくりと首を振った。
「いや、眠りというのは、慰めでもあるんだ。泣きながら眠ったのなら、自然と目を覚ますまで、起こさない方がいい」
こと善に関しては、天使に従うのが一番だ。俺は素直にその言葉に従うことにして、懐から二通の封筒を取り出した。黒いものと、白いもの。机の下に落ちないように、植物図鑑の下に挟んだ。
「それじゃあ、俺たちからのホワイトデーのお返しを、ここに置いておくからな」
「ぐっすりおやすみ、ダイアナちゃん」
輝く金色の髪をそっと撫でてやると、ダイアナは少し身じろぎした。
「よい夢を。ダイアナ」
使役する側の悪魔としては当然の義務として、俺はその背中にブランケットをかけてやって、部屋を出た。
願わくは、その小さな体に、少しでも多くの喜びが満ちることを。