54話 貴女は白い花
それから、マツリカの休み時間が終わる頃まで、私たちはひとしきり「昔からの親友同士のように」おしゃべりを交わした。私の冗談にマツリカは肩を揺らしてくすくすと笑い、彼女の言葉に、私は涙ぐみそうになった。なんてことのない、たわいない会話。まるで、このまま明日からも一緒にいる間柄のような。
「マリアは知っているかしら。今日は、ホワイトデーなのよ」
私が首を傾げると、マツリカは「日本独特の慣習なの」と説明してくれた。バレンタインデーの贈り物に、返礼する日。
「自分が生まれた国を悪く言うわけじゃないけれど、日本って、企業がそういう慣習をリードするところがあるのよ。だからお菓子の消費のために作られた慣習なんて、って思ってたんだけれど」
ちょっと言葉を区切って、彼女は中庭に視線を向けた。窓ガラスの向こうで、美しく整えられたグリーンの合間に、小鳥が憩っているのが見える。
「それがどんな思惑のもとに設定されたものだとしても、大切な気持ちを何かに託すことができる一日なんだって思ったら、そう悪くないんじゃないかって思えてきたの。まあ、日本では大体、ホワイトデーにお返しするのは男の人の方なんだけれどね」
「マツリカ……」
ふわふわと柔らかくて、雲のように掴み所のない、柔軟にその思考を変えることのできるマツリカが、やっぱり私は大好きなんだ。
マツリカは、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あなたに名前を呼ばれるの、何だか嬉しいわ。不思議ね」
私も、あなたの名前を呼べることが嬉しい。
そんな言葉を喉の奥に閉じ込めて、私はただ頷いた。マツリカは、無邪気に言う。
「そっか、分かったわ。あなた、私の親友に似ているんだ」
「……その親友って……」
どうしても聴きたくなって、口から飛び出た私の言葉に被せるようにして、マツリカが「あら」と声を上げた。どこかのんびりしたような、彼女独特のイントネーションに、言葉を止める。目の前の穏やかな視線が、私ではない、カフェの入り口の方へ向けられている。
「ダイアナ!」
その言葉で、私はいてもたってもいられなくなった。二重の意味で。
私になり替わった偽物のダイアナ・エバ・クラークに、見つかるわけにはいかない。マツリカが手を振っているのを視界の端に映しながら、私は急いで姿を消した。
「マリアは知っているかしら。今日は、ホワイトデーなのよ」
私が首を傾げると、マツリカは「日本独特の慣習なの」と説明してくれた。バレンタインデーの贈り物に、返礼する日。
「自分が生まれた国を悪く言うわけじゃないけれど、日本って、企業がそういう慣習をリードするところがあるのよ。だからお菓子の消費のために作られた慣習なんて、って思ってたんだけれど」
ちょっと言葉を区切って、彼女は中庭に視線を向けた。窓ガラスの向こうで、美しく整えられたグリーンの合間に、小鳥が憩っているのが見える。
「それがどんな思惑のもとに設定されたものだとしても、大切な気持ちを何かに託すことができる一日なんだって思ったら、そう悪くないんじゃないかって思えてきたの。まあ、日本では大体、ホワイトデーにお返しするのは男の人の方なんだけれどね」
「マツリカ……」
ふわふわと柔らかくて、雲のように掴み所のない、柔軟にその思考を変えることのできるマツリカが、やっぱり私は大好きなんだ。
マツリカは、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あなたに名前を呼ばれるの、何だか嬉しいわ。不思議ね」
私も、あなたの名前を呼べることが嬉しい。
そんな言葉を喉の奥に閉じ込めて、私はただ頷いた。マツリカは、無邪気に言う。
「そっか、分かったわ。あなた、私の親友に似ているんだ」
「……その親友って……」
どうしても聴きたくなって、口から飛び出た私の言葉に被せるようにして、マツリカが「あら」と声を上げた。どこかのんびりしたような、彼女独特のイントネーションに、言葉を止める。目の前の穏やかな視線が、私ではない、カフェの入り口の方へ向けられている。
「ダイアナ!」
その言葉で、私はいてもたってもいられなくなった。二重の意味で。
私になり替わった偽物のダイアナ・エバ・クラークに、見つかるわけにはいかない。マツリカが手を振っているのを視界の端に映しながら、私は急いで姿を消した。