ハロウィンの夜は一緒に踊ろう
「ほら、あそこ。一昨年亡くなったはずの、教頭先生が混じって踊ってるわ」
無言の踊りの三周目にパートナーになった、黒髪美人の一年生が、私の耳に口を寄せ、そっと囁いた。ああ美人だなあ、美人と踊れて幸せだなあ、なんて呑気に思っていた私は、心臓が跳ねるのを感じた。美人の囁きはそれだけでどきりとするのに、その内容がまた、どきどきさせられる。
黒髪美人の視線の先を辿ると、たしかに、いる。一昨年亡くなったはずの、教頭先生。薄い頭に、低い身長。眼鏡の奥の目は、笑っているのかどうなのか。ただ、黙々と生徒に混じって踊っている。パートナーになった生徒たちは、気づいていない様子だ。
「この文化祭には、死者が混じってるのよ。みんな変装させられるのは、それに気づかないようにってことなの。焚火は、生者と触れ合える唯一の機会だから、死者たちはとても楽しみにしているみたいね」
よくよく見ると、黒髪美人は、生徒の間で話題の『霊感美少女』だった。自ら霊感があると話し、その神秘的な印象と口調から、一部ではファンクラブまで作られているとの噂だ。
「無言」の取り決めをものともせず、黒髪美人は囁きを止めない。
「あの教頭先生は、いじめを苦にして自殺した生徒のことを気に病んで、首を吊ったんですってね。新聞で読んだわ。きっと、悔やんでも悔やみきれず、毎年この学校の生徒の様子を見に、帰って来ているのでしょうね」
私は、黒髪美人の手の温度を感じながら、その洞察力に感心した。普通、幽霊なんて見たら怖くて、その背景にどんな事情があるかまで、考えを巡らせることはできない。少なくとも、私が今まで見てきた数名の霊能力者は、そうだった。
だから、幾分かの敬意を込めて、私も彼女に囁き返す。
「あいつは、自殺した生徒に酷いことをしていたの、知ってる?」
「え?」
黒髪美人は、ぱちりと瞬きする。その目は、初めてまともに私を見た。私の首についた、もう永遠に取れない縄の跡を見た。
「自殺した私は、あいつの夢枕に立ってやったのよ。毎晩、毎晩。恐怖のあまりおかしくなって、あいつは死んだの。誰も知らないだろうけど」
黒髪美人の目が、見開かれる。私は彼女に笑いかけて、その手を離した。そろそろ、あいつと踊る順番が近づいてくる。私の呪いによって、死んでも私から離れられなくなったあいつが、泣きながら私と踊る時間が近づいてくる。
うちの学校の文化祭は、変わってる。
でも、そのお陰で、私は毎年、とても楽しませてもらってる。生きてるみんなは、気をつけてね。ううん。死者に、じゃない。
死んでも自由になれない呪いを、返されるようなことをしないように、ね。
無言の踊りの三周目にパートナーになった、黒髪美人の一年生が、私の耳に口を寄せ、そっと囁いた。ああ美人だなあ、美人と踊れて幸せだなあ、なんて呑気に思っていた私は、心臓が跳ねるのを感じた。美人の囁きはそれだけでどきりとするのに、その内容がまた、どきどきさせられる。
黒髪美人の視線の先を辿ると、たしかに、いる。一昨年亡くなったはずの、教頭先生。薄い頭に、低い身長。眼鏡の奥の目は、笑っているのかどうなのか。ただ、黙々と生徒に混じって踊っている。パートナーになった生徒たちは、気づいていない様子だ。
「この文化祭には、死者が混じってるのよ。みんな変装させられるのは、それに気づかないようにってことなの。焚火は、生者と触れ合える唯一の機会だから、死者たちはとても楽しみにしているみたいね」
よくよく見ると、黒髪美人は、生徒の間で話題の『霊感美少女』だった。自ら霊感があると話し、その神秘的な印象と口調から、一部ではファンクラブまで作られているとの噂だ。
「無言」の取り決めをものともせず、黒髪美人は囁きを止めない。
「あの教頭先生は、いじめを苦にして自殺した生徒のことを気に病んで、首を吊ったんですってね。新聞で読んだわ。きっと、悔やんでも悔やみきれず、毎年この学校の生徒の様子を見に、帰って来ているのでしょうね」
私は、黒髪美人の手の温度を感じながら、その洞察力に感心した。普通、幽霊なんて見たら怖くて、その背景にどんな事情があるかまで、考えを巡らせることはできない。少なくとも、私が今まで見てきた数名の霊能力者は、そうだった。
だから、幾分かの敬意を込めて、私も彼女に囁き返す。
「あいつは、自殺した生徒に酷いことをしていたの、知ってる?」
「え?」
黒髪美人は、ぱちりと瞬きする。その目は、初めてまともに私を見た。私の首についた、もう永遠に取れない縄の跡を見た。
「自殺した私は、あいつの夢枕に立ってやったのよ。毎晩、毎晩。恐怖のあまりおかしくなって、あいつは死んだの。誰も知らないだろうけど」
黒髪美人の目が、見開かれる。私は彼女に笑いかけて、その手を離した。そろそろ、あいつと踊る順番が近づいてくる。私の呪いによって、死んでも私から離れられなくなったあいつが、泣きながら私と踊る時間が近づいてくる。
うちの学校の文化祭は、変わってる。
でも、そのお陰で、私は毎年、とても楽しませてもらってる。生きてるみんなは、気をつけてね。ううん。死者に、じゃない。
死んでも自由になれない呪いを、返されるようなことをしないように、ね。
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