夜の夢

 夜にしか逢えない女がいた。私は彼女に懸想していた。
 色が白く、長髪は黒黒としていて、目も覗き込むと、くらくらするほどに黒く深い色をしていた。まるで夜みたいだ、と私がいうと、だって私は夜ですもの、と彼女は笑った。
 女と、どうやって知り合ったのだか、どうしても思い出せなかった。気がつけば、夜になるたび家にいて、決まった服装で決まった座り方をして、私の方を向いて微笑んでいた。
 私はお前が好きだが、お前はどうだろう、と尋ねると、女は、夜は全てを等しく愛すものですよと微笑う。そういう理屈ならば、私のことも愛しているのだろうと思い、その手に触ろうとすると、女はついと引っ込めてしまう。
 夜を捕まえることは、誰にもできません。それが、愛する貴方であっても。
 夜毎の逢瀬を重ねながら、女は私に指ひとつ触れさせようとしない。静けさの中で重ねられるのは、言の葉ばかりだ。
 朝の光が差し込む段になると、女の姿は霧のようにかき消えてしまう。引き留めようとしても無駄で、女はただ微笑みだけを残して去ってしまう。昼の強い日の中で、私はひたすら夜を願ってばかりいた。
 ある夜、私は女がちょっと外に気を取られた隙に、その体に抱きついた。否、抱きつこうとした。
 しかし女の体は書割の如く薄っぺらく、私の腕の勢いそのままに揺らぎ、ひらひらと床に剥がれ落ちた。
 だから、捕まえられないと言ったじゃありませんか。私は貴方の夜。夢そのものなのですから。
 さようなら、という口の動きとともに、私は目を覚ました。それから二度と、私は女に会うことも、夢を見ることもなかった。
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