アイスを拭き取るように

 足下にべちゃりと落ちたアイス。イチゴ味ということだったけれど、一口も私の口には入らないまま、アイスとしての生涯を終えたピンク色の塊。途端、周りで湧き上がる純粋な笑い声。
 昔から、こうだった。私は昔からこうだ。
「やだモモちゃんウケる、カワイソウ」
「おれのアイス要る? 食べ掛けだけど」
 私は彼らに向き直って、へたくそな笑顔を作って見せる。
「だ、だ大丈夫です……きっとアイスも私なんかに、食べられたくなかったんですよ」
 どもってしまったし、どもってしまったと思った途端に顔が熱くなるし、それを自覚したらいつものように目じりから涙が溢れてきて、でも笑っていないといけないから、震える唇をどうにかこうにか動かして、言い切った。周りはそんな私を見て、いつものように笑って、そしてさっさと歩き出す。落としてしまったアイスを、一応ふき取ってゴミ箱に入れてしまいたいのに。私がもたもたとティッシュを取り出している間に、部活の仲間たちはさっさと横断歩道を渡りだしてしまった。私の声は小さくて届かないと分かり切っているけれど、彼らの背中に呼びかけてしまう。
「あ……あ、待って……」
「モモは動きが遅いんだよ」
 そんな言葉と共に、ひょいと白い腕が伸びた。地面に落ちたアイスの残骸は綺麗にふき取られ、公園のゴミ箱に数メートルの放物線を描いて消えた。
「ほら、簡単だろ」
 リンドウちゃんが、いつものように落ち着いた表情で隣に立っていた。白くて飾り気のないノースリーブに膝丈のジーンズ。長くて黒い髪の毛はいつものように後ろで無造作に束ねて、丸めるというか大雑把にまとめている。手にはチョコミントアイス。クールな彼女にはぴったりだ、と思う。
「あ、ありがとう、リンドウちゃん」
「良いからさっさと追いつくぞ。ほら、あんたも」
 あんた、とリンドウちゃんに呼ばれたのは、彼女の後ろにくっついている後輩の男子学生だ。確か一年生の……エヤ君とか言ったっけ。エヤ君は「ふぁい」とかなんとか、私に負けず劣らず気の抜けた返事をして、歩き出す私達の後ろをついて来る。
 変わっているな、と思う。他の新入部員たちは皆、明るく楽しく交流することを第一義としているらしくて、そういう人たちはすぐに、今、横断歩道の向こうでこちらを見ている彼らと合流してしまったのに。エヤ君は、交流サークルとしてしか機能していないうちの部活で唯一真剣にタイム更新に挑んでいるリンドウちゃんに懐いているみたいだ。
「モモ先輩、急がないと」
「あ、う、うん」
 エヤ君は、こんな私にもちゃんと「先輩」と付けてくれる。他の新入生は「モモちゃん」呼びなのに。本当に変わっている。
 横断歩道の先で待っていた部活の仲間たちに追いついて、私達は徒歩ですぐの大学へ戻った。購買でアイスが売られていないので、初夏とは言え暑い今のような時期、学生たちは近所のアイス屋へぞろぞろ蟻の列のように移動するのだ。
 普通の部活動なら、これで休憩が終わりとなって、残りの練習に入るだろう。けれど、私とリンドウちゃん、それにエヤ君だけを残して、他の仲間は皆、クーラーの利いている食堂へ歩き出した。誰も、灼熱のグラウンドには出たくないのだ。
「まったく……部長がいないとこれだ」
 リンドウちゃんは眉をしかめて肩をすくめる。エヤ君は「うっす」と、よく分からない相槌を打つ。部長はこの間、自主練中に足を痛めてしまったので、当分は通院しなくてはならないと聞いた。だからその間は副部長と、マネージャーである私が、練習計画と実行を任されているのだけれど……。
「副部長もあの体たらくだろ。ここは本当、部活名を『皆で楽しく遊ぼうぜクラブ』にでも変えたらどうなんだ」
「ご、ごめん……マネージャーの私がしっかりしてないからだよね。ごめんね」
「モモのせいじゃないだろ。まあ、確かに、モモはもう少ししっかりした方が良いと思うけどな」
「ひう……ごめんね」
 私の謝罪を、リンドウちゃんはうるさそうに手で払う仕草をした。そういうのも、様になっている。きっとリンドウちゃんが次の部長になるんだろうな、そうしたら、私ももう少し頑張れるかもしれない。リンドウちゃんのような人なら、私も安心してついていける。
「モモちゃーん、ちょっと」
 食堂から、副部長が呼んでいる。慌ててリンドウちゃんを見ると、いちいちウチに伺いを立てるなと言わんばかりにそっぽを向かれてしまった。
「じゃ、じゃあ後でグラウンドに行くから……」
「別に来なくても良いよ。こいつと適当に練習しとくから」
 リンドウちゃんはそう言って、エヤ君を連れて颯爽と立ち去ってしまった。思わずその後姿に見とれそうになるけれど、副部長のイライラした呼び声に我に返り、急いで食堂へ走った。途中で盛大にずっこけて、また皆に笑われた。
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