草むしりバレンタイン
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そんなことがあったのが、昨年の夏。その後から、大学内で、奇妙な事件が連続している。簡単に言えば、体調不良に陥る者が多い。ひとことで体調不良と言っても、その内訳は様々だ。腹痛、頭痛は最もポピュラーな部類だが、視野狭窄や口腔内の出血、骨折、神経の麻痺、筋肉の痙攣に五感の異常など、若者が訴えるには珍しい部類のものも多かった。そして、それらの学生たちに共通項はない。少なくとも、彼らが自覚するような、例えば摂った食事内容だとか、どこへ出かけただとか、そういう事項で共通するものはなかった。
「奇妙な体調不良続出! **大学の怪奇現象!」と題されたネット記事を読み終え、チグサは閑散とした食堂を見回した。体調不良者続出とは言ってもこの数ヶ月で十数名という規模の話だが、その大部分は回復の見込みがなく、入院を余儀なくされているという。中には死亡した人もいると聞く。感染症が流行した訳でも災害が起きた訳でもないのに体調不良を訴えて欠席を続ける学生の存在に、他の学生たちも気味悪さを禁じ得なくなっていた。最近では、講義を受けたら食堂に集まってお喋りしたり部活動に出たりするのをやめて、さっさと帰宅してしまう学生が多い。
年も明けて長い冬休みも終わり、三年生に向けてそろそろ就活を本格的に始めようという時に、本来の活気の失せた大学構内は、どこか物寂しい。
チグサは、いつもつるんでいる友人までが熱を出して寝込んでいると聞き、思わずゾッとした。何かが起きているのだ、この大学で。……でも、それは一体、何なのだろう。
「野木さん、そこ空いてる?」
突然、声をかけられて、チグサは驚いた。見ると食器を載せたトレーを持ち、モモが立っていた。
「うん、大丈夫……空いてるよ」
広げていた自分のノート類を脇にどけ、スペースを空けてやる。静かに席につくモモの横顔を見ながら、チグサは、胸の奥に小さな波が立つのを感じた。でも、それが何を意味するのか、彼女にはよく分からない。ただ、目の前の顔見知りが、昨年の一件以降、まるで知らない人間になったような気がしてならなかった。
「野木さん? どうしたの、元気ないみたい」
「……あ、うん。友達が熱出しちゃったらしくて、心配で。ほら、最近、体調不良多いって聞くから」
モモは顔色ひとつ変えず、皿の上のオムライスを丁寧に掬い上げた。
「その友達って、私の知ってる子かな?」
「え? あー、いや……うーん、知らないんじゃない。その子、理学部なんだけど、とってる第二外国語が同じなんだよね」
チグサは友人の名前を口にしたが、モモはぴんとこなかったらしい。黙々とオムライスを咀嚼して、スープを一口飲んでから、「知らない子だな」と呟いた。
「多分、その子のはただの風邪だよ。冬だし、風邪くらいみんなひくでしょう」
「そ、そうだよね……うん」
ただの励ましではなく妙な確信のある言い方に、チグサは首を傾げながらも話を合わせた。
「ありがとね、モモちゃん。励ましてくれて」
付け加えた言葉に、モモはうっすらと笑う。チグサはなぜだかゾッとして、言葉を失った。
私は一体、この子の何を怖がっているのだろう。
しかし、一瞬の後、モモが浮かべたごく普通の明るい笑顔に、チグサは毒気を抜かれた気分になった。
「どういたしまして。野木さんが元気ないのは、私も寂しいから」
「モモちゃん……」
私はよく知りもせずに、以前と雰囲気が変わったからというだけで、勝手にこの子のことを怖がっていたのではないか。こんな風に、人のことを心配して、励ましてくれる優しい子なのに。
チグサは、先ほどまでのモモに対する感情を撤回した。きっと気が滅入っているせいだろう。悪いことを考えてしまった。罪悪感から、チグサは再度、礼を口にした。
「モモちゃん、ありがとう」
「奇妙な体調不良続出! **大学の怪奇現象!」と題されたネット記事を読み終え、チグサは閑散とした食堂を見回した。体調不良者続出とは言ってもこの数ヶ月で十数名という規模の話だが、その大部分は回復の見込みがなく、入院を余儀なくされているという。中には死亡した人もいると聞く。感染症が流行した訳でも災害が起きた訳でもないのに体調不良を訴えて欠席を続ける学生の存在に、他の学生たちも気味悪さを禁じ得なくなっていた。最近では、講義を受けたら食堂に集まってお喋りしたり部活動に出たりするのをやめて、さっさと帰宅してしまう学生が多い。
年も明けて長い冬休みも終わり、三年生に向けてそろそろ就活を本格的に始めようという時に、本来の活気の失せた大学構内は、どこか物寂しい。
チグサは、いつもつるんでいる友人までが熱を出して寝込んでいると聞き、思わずゾッとした。何かが起きているのだ、この大学で。……でも、それは一体、何なのだろう。
「野木さん、そこ空いてる?」
突然、声をかけられて、チグサは驚いた。見ると食器を載せたトレーを持ち、モモが立っていた。
「うん、大丈夫……空いてるよ」
広げていた自分のノート類を脇にどけ、スペースを空けてやる。静かに席につくモモの横顔を見ながら、チグサは、胸の奥に小さな波が立つのを感じた。でも、それが何を意味するのか、彼女にはよく分からない。ただ、目の前の顔見知りが、昨年の一件以降、まるで知らない人間になったような気がしてならなかった。
「野木さん? どうしたの、元気ないみたい」
「……あ、うん。友達が熱出しちゃったらしくて、心配で。ほら、最近、体調不良多いって聞くから」
モモは顔色ひとつ変えず、皿の上のオムライスを丁寧に掬い上げた。
「その友達って、私の知ってる子かな?」
「え? あー、いや……うーん、知らないんじゃない。その子、理学部なんだけど、とってる第二外国語が同じなんだよね」
チグサは友人の名前を口にしたが、モモはぴんとこなかったらしい。黙々とオムライスを咀嚼して、スープを一口飲んでから、「知らない子だな」と呟いた。
「多分、その子のはただの風邪だよ。冬だし、風邪くらいみんなひくでしょう」
「そ、そうだよね……うん」
ただの励ましではなく妙な確信のある言い方に、チグサは首を傾げながらも話を合わせた。
「ありがとね、モモちゃん。励ましてくれて」
付け加えた言葉に、モモはうっすらと笑う。チグサはなぜだかゾッとして、言葉を失った。
私は一体、この子の何を怖がっているのだろう。
しかし、一瞬の後、モモが浮かべたごく普通の明るい笑顔に、チグサは毒気を抜かれた気分になった。
「どういたしまして。野木さんが元気ないのは、私も寂しいから」
「モモちゃん……」
私はよく知りもせずに、以前と雰囲気が変わったからというだけで、勝手にこの子のことを怖がっていたのではないか。こんな風に、人のことを心配して、励ましてくれる優しい子なのに。
チグサは、先ほどまでのモモに対する感情を撤回した。きっと気が滅入っているせいだろう。悪いことを考えてしまった。罪悪感から、チグサは再度、礼を口にした。
「モモちゃん、ありがとう」