はじめての人
「は、初めまして、く、呉竹 も、もモモですっ……」
希望を抱いて入学した大学の、陸上部の綺麗な部室で、大勢の部員の人たちを前にして、挨拶で噛んだ。お陰でその後に言おうと思っていた自己紹介の全てが抜け落ち、私はただひたすら焦りながら頭を下げる。
「あははは、盛大に噛んじゃったね。なんで陸上部に来たのか皆に教えてよ」
優しそうな部長が促してくれて、ようやく顔を上げることができた。
「え、あ、はい! あの、高校の時に何も部活に入ってなかったので……せ、青春、みたいなの……に、憧れてて」
青春という言葉が指し示すものを尽く体験してこなかった、ということを暗に示してしまったと、言ってから気がつく。顔から火が出そうになりながら、私は自分の靴を見る。
「じゃ、モモちゃん、これからマネージャーとしてよろしく! それじゃあ次の新入部員は」
部長が、私の隣に立つ長身の女子を見やる。後ろで無造作にまとめた黒髪を、無意識にか弄りながら、涼しげな目をした女子は口を開く。
「熊胆 リンドウです。比較文化学科。高校から陸上やってます。短距離です。よろしくお願いします」
無愛想とも思えるほどに、落ち着いた声。私と違って全く噛まないし、私みたいに変な汗もかいていない。
「経験者かあ、これは期待できそうだなあ!」
部長は嬉しそうに言い、熊胆さんの背中を叩いた。
「頑張ります」
やはり落ち着いた対応。私だったらきっと、叩かれた拍子に転んで笑われているところだ。……熊胆さんは、多分、私とは違うタイプの人だ。いや、私みたいな駄目人間は、そもそも他にいないのだ。
そんなことをぼーっと考えながら席に戻ろうとして、何もないところで物凄く大きな音を立てながら転んだ。
「だ、大丈夫……?」
部長が目を丸くしている。多くの視線が背中に突き刺さる。ああ、きっとダメなやつだと認定されてしまったんだろうな。でも、とりあえず、心配してもらうようなことではないとアピールしておかないと。
そんなことを思い、慌てて、転んだままの姿勢で両手を振る。
「だ、だだだ大丈夫、です……! 私、よく何もないところで転ぶのでっ……! あはは……」
「笑ってる暇あったら早く立ちな」
すっと手を差し出してくれたのは、熊胆さんだった。転ぶ私に手を差し出してくれる人が、現実に、目の前にいる。信じられずに、その白い手の平を見つめてしまう。
「え……」
「何が『え』だ。ほら」
私が恐る恐る手を握ると、熊胆さんは軽く力を入れて、私を立ち上がらせてくれた。
「あ、ありがとう……熊胆さん……」
「どういたしまして」
素っ気ない態度で歩き出す熊胆さんの姿に、後光がさす。
こんな人、初めてだ。
「ほら、とっとと歩きなよ、モモ」
「う、……うぇ?」
同年代の子から下の名前を、何の揶揄も含まずに呼ばれるなんて。動揺しながらも後ろをついて行く私に、半ば振り向きつつ、彼女は言う。
「ああ……それと、ウチのことも名前で呼んで。その方が呼ばれ慣れてる」
「な、なまなま、名前でっ……? え、良いの?」
「良いって言ってるだろ」
肩をすくめながら席に着いた彼女の、落ち着き払った顔をまじまじと見つめながら、私は精一杯の笑顔で、最大限の好意を表現した。
「じゃ、じゃあ、リンドウちゃん! よ、よろしくね……!」
希望を抱いて入学した大学の、陸上部の綺麗な部室で、大勢の部員の人たちを前にして、挨拶で噛んだ。お陰でその後に言おうと思っていた自己紹介の全てが抜け落ち、私はただひたすら焦りながら頭を下げる。
「あははは、盛大に噛んじゃったね。なんで陸上部に来たのか皆に教えてよ」
優しそうな部長が促してくれて、ようやく顔を上げることができた。
「え、あ、はい! あの、高校の時に何も部活に入ってなかったので……せ、青春、みたいなの……に、憧れてて」
青春という言葉が指し示すものを尽く体験してこなかった、ということを暗に示してしまったと、言ってから気がつく。顔から火が出そうになりながら、私は自分の靴を見る。
「じゃ、モモちゃん、これからマネージャーとしてよろしく! それじゃあ次の新入部員は」
部長が、私の隣に立つ長身の女子を見やる。後ろで無造作にまとめた黒髪を、無意識にか弄りながら、涼しげな目をした女子は口を開く。
「
無愛想とも思えるほどに、落ち着いた声。私と違って全く噛まないし、私みたいに変な汗もかいていない。
「経験者かあ、これは期待できそうだなあ!」
部長は嬉しそうに言い、熊胆さんの背中を叩いた。
「頑張ります」
やはり落ち着いた対応。私だったらきっと、叩かれた拍子に転んで笑われているところだ。……熊胆さんは、多分、私とは違うタイプの人だ。いや、私みたいな駄目人間は、そもそも他にいないのだ。
そんなことをぼーっと考えながら席に戻ろうとして、何もないところで物凄く大きな音を立てながら転んだ。
「だ、大丈夫……?」
部長が目を丸くしている。多くの視線が背中に突き刺さる。ああ、きっとダメなやつだと認定されてしまったんだろうな。でも、とりあえず、心配してもらうようなことではないとアピールしておかないと。
そんなことを思い、慌てて、転んだままの姿勢で両手を振る。
「だ、だだだ大丈夫、です……! 私、よく何もないところで転ぶのでっ……! あはは……」
「笑ってる暇あったら早く立ちな」
すっと手を差し出してくれたのは、熊胆さんだった。転ぶ私に手を差し出してくれる人が、現実に、目の前にいる。信じられずに、その白い手の平を見つめてしまう。
「え……」
「何が『え』だ。ほら」
私が恐る恐る手を握ると、熊胆さんは軽く力を入れて、私を立ち上がらせてくれた。
「あ、ありがとう……熊胆さん……」
「どういたしまして」
素っ気ない態度で歩き出す熊胆さんの姿に、後光がさす。
こんな人、初めてだ。
「ほら、とっとと歩きなよ、モモ」
「う、……うぇ?」
同年代の子から下の名前を、何の揶揄も含まずに呼ばれるなんて。動揺しながらも後ろをついて行く私に、半ば振り向きつつ、彼女は言う。
「ああ……それと、ウチのことも名前で呼んで。その方が呼ばれ慣れてる」
「な、なまなま、名前でっ……? え、良いの?」
「良いって言ってるだろ」
肩をすくめながら席に着いた彼女の、落ち着き払った顔をまじまじと見つめながら、私は精一杯の笑顔で、最大限の好意を表現した。
「じゃ、じゃあ、リンドウちゃん! よ、よろしくね……!」