ワンルーム・トラベラー

 その日一日、おれは何も出来なかった。
 もうカーチャに会えない。それどころかおれは、気持ちを伝え切ることも出来なかったのだ。カーチャは、おれに伝えようとしてくれたのに。
 一度、もしかしてと思って赤ボタンを押してみたのだが、『ポートルーム』は、うんともすんとも言わなかった。もうここは、ただの部屋でしかない。
 夕方になるまでぼうっと、殆ど寝ているのと同じように過ごしたが、夕陽が落ちるのを眺めているうちに、『ポートルーム』がこれから一般にも流通するのではという可能性に思い至った。今回は限定十棟だったが、『ポートルーム』の技術がもっと汎用化され、いつかまた住むことが出来たなら、カーチャには会えないが、少なくとも『室内旅行』はまた出来る。
 しかし、カーチャに会えないのでは、そんな旅行に何の意味があるだろう……。
 再び落ち込みかけてきて、おれは床に置いていたスマホを取り上げた。この五日間放置していたスマホを確認して、気を紛らせよう。すっかり仕事のことを忘れていたが、もしかすると何か連絡が入っているかもしれない。少しばかり焦りながら電源を付けて、おれは目を疑った。
 大量のメッセージが入っている。百件は軽く超えているだろう。
 今まで見たこともない量のメッセージに慌てながら内容を確認すると、それは全てキホヨーハイムからのものだった。タイトルだけ順に追ってみたが、それだけでこの五日間に何があったのか、大体のあらましは理解出来た。
 キホヨーハイムは倒産したのだ。
 元々、経営不振に陥りかけていたキホヨーハイムにとって、今回の『ポートルーム』は文字通り社運を賭けた計画だった。奇跡的に亜空間技術を建築に転用することには成功したものの、その開発にかけた費用を回収出来る見込みが立たなかったそうだ。
 採算が取れる見込みも無しに販売された『ポートルーム』は、その技術ごと、別の不動産会社が買収した、ということも分かった。と言うことは、おれがここを引き払う必要も無いということだ。
 またすぐ引っ越しすることにならなくて済んだ、と少しホッとしたのも束の間、まだ続いているメッセージを読んだおれは、先ほど考えていた『可能性』すら無くなったことに愕然とした。
『ポートルーム』の技術は、売却が決まる前に、キホヨーハイムの担当者が全て消し去ってしまっていたというのだ。
 会社の未来に悲観的になった末の行動らしく、担当者は行方をくらましてしまったという。少なくともおれが存命中に『ポートルーム』が新たに作られる可能性はほぼ無い、ということだ。
 カーチャに会えないどころか、もう『室内旅行』を出来るチャンスも無い。
 おれは不要になった操作盤を放り投げ、そのまま意識を手放した。
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