ワンルーム・トラベラー

 結局、おれはその日、夕方まで少女を待って過ごした。『ポートルーム』を解除してしまうと、偶然たどり着いたこの場所には、もうやって来ることは出来ない。だから操作盤には触れず、窓から離れる時にはしっかり鍵をかけ、食事をとったりガイドブックを眺めたりして時間を使った。
 スマホもテレビも使えないが、異国の穏やかな一日を眺めているのは面白く、さほど暇だと思わずに過ごすことが出来た。とは言え、夕陽が広場を橙に染め、夜の闇が少しずつ忍び寄ってくる頃になると、そわそわしてしまうのを抑えることが出来なかった。
 今にも来るだろうか。まだ来ないのだろうか。
 きっと愛想だったのだろう、と冷たい風に吹かれながら思い始めた時、彼女は息を切らせ、走ってやって来た。
「やらだすのゔぁゔぁーす」
 とても嬉しそうだ。何と言われたのかは分からないが、その日一日待ち続けた苦労が、それだけで報われた気がした。
 少女はそこらの屋台で買ったらしいホットワインを差し出してくれたが、紫スーツの男に言われたことを思い出して丁重に断った。断られても気を悪くした素振りもなく、少女は自分でそれを美味しそうに飲んだ。
 それからまた一時間ほど、朝よりもゆっくりとした会話を重ね、おれと少女は別れた。
「だざーふとら!」
 少女は「また明日!」という言葉を残して帰って行った。
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