望遠鏡なんて要らない

 一年前の、冬のことだ。おれはその頃、高校生活に馴染めずに夜の街をフラフラしていた。そこでつるむようになった仲間と意味もなくたむろしては、突発的に起きる喧嘩に参加して、人を殴ってばかりいた。有体に言えば、荒れていたのだ。ただ、学校にはきちんと通って、単位を落としたりはしなかった。恐らく担任の(そして現在の天文同好会顧問の)先生には勘付かれていたのだろうが、大きな問題に発展するような荒れ方をしたつもりはない。殴り合いの喧嘩も、酔っ払った不良や酔っぱらっていない不良ばかり相手にしていたし、生死に関わるような怪我を負わせたこともなかった。
 そんな中途半端な程度ではあったが、それでもおれは確かに荒れていた。同級生はおれのそういう部分を敏感に見抜いてしまい、おれはますますクラスに馴染めなくなっていた。そんな冬の、ある日のことだ。おれは柚木と出逢った。
 市街地から少し外れた、学校へ続く道の中途に、結構な規模の自然公園がある。いつものように喧嘩をして、へとへとに疲れ切ったおれは、その自然公園を通って家路を急いでいた。時計など持っていなかったから正確な時間は分からないが、恐らく深夜の二時くらいだったろう。空の高くに、冴え冴えとした三日月が浮かんでいたのを覚えている。
 自然公園内には池がある。おれはその池の傍を足早に通り過ぎようとしたのだが、池に人影が映ったのに気づいて、足を止めた。こんな時間にこんな所にいる人間は、いったいどんな奴だろう……そういう好奇心に動かされたのだと思う。池の近くには、池を臨むようにして、小高い丘が設置されている。人影は、その丘の上に座っているようだった。
 おれは息を殺して、その丘へ近づいた。ただの好奇心からの行動だったため、こちらの存在に気づかれるのは、むしろ嫌だった。しかし、なかなかその人影の正体を知ることができずに焦れたおれは、思わず蹴り上げていた石ころを、池に落としてしまった。その音で振り向いた人影が、声を発した。
「……誰ですか?」
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