吾輩の愛すべき探偵
夕虹はとっくに登校し、庭は相変わらずの笑顔で文庫本に向かい、空彦が縄跳びをし始めた昼頃、事務所に依頼客がやって来た。依頼客は憔悴しきった顔で、とぼとぼと机の前へ立った。年は五十台くらいだろう。白髪交じりの髪をぐしゃぐしゃとかき回したような頭をした男性だった。
「ささ、どうぞ」
庭は自分が今まで座っていた椅子を彼に勧め、自分は机の上に腰掛けた。人間の世界ではこういうスタイルの取引が普通なのだろうか。吾輩には分からないが、庭はいつでもそうやって、依頼主の話を聞くのだった。
空彦も縄跳びをやめ、壁に寄りかかって男性を見つめている。
「じ、実は……」
椅子に座った途端喋りだそうとした男性を、庭が手で制した。男性は戸惑ったように庭を見上げる。
「風見 商店の鳥吉 さん。娘さんの行方をお知りになりたいのでしたら、ここではなく、警察に問い合わせた方が良いでしょう」
男性はびくっと身を震わせ、すっくと立ち上がり、走って事務所を出て行ってしまった。ばたばたばた、という足音が消えた頃、壁に寄りかかってじっと聞いていた空彦が不思議そうな顔で庭に尋ねた。
「なあ、今のってどうやったんだ? どうして名乗ってもいないのに、あのオッサンの名前や職場、依頼内容まで分かったんだ」
「うん?」
庭はにこにこと空彦に笑顔を向けた。
「さあ、どうしてでしょう」
「どうしてでしょう、じゃねえよ。おれが聞いてるんだろ」
「まあ、種明かしをすれば簡単なことさ。まず、風見商店というのは、私がよく聴講に通っている大学へ続く道にある、小さな個人商店なんだ。数日通えば、店主の名前と顔くらいは覚えるよ。そこで買い物をしたことはないが、その商店のすぐ裏手に、風身商店を経営している風見家があるということは知っていたからね、そこから高校生くらいの女の子が出てくるのも何度か見かけていたのさ。夕虹ちゃんとは正反対のタイプ……、つまり俗に言う『不良少女』というやつだね。ここまでの知識があれば、後はそうたいしたことじゃない。小さな個人商店の店主が、そうたいした問題を抱えているとは思えない。だから、私はこう考えたのさ。大方、あの不良娘が家出でもしたんだろう、とね。となると彼は世間体を気にして、ここへその捜索依頼へ来たのだということになる。しかし、これはもう、私の手には負えない。なぜなら現在この街は、君も知ってのとおり非常に物騒な街と化しているわけだからね。家出娘が無事でいるとは限らない。『もう死んでしまっている』かもしれないのだよ。だから、私は彼にああ言ったのさ。私が間に入ってかき回すよりも、さっさと警察に届出をした方が、よっぽど良いだろう。それに、先ほど空彦クンが、物騒なことには首を突っ込みたくないと言っていたしね」
一息に言い終え、庭はまたどかりと椅子に座った。
「庭、お前、やっぱり凄いな」
空彦は腕組みをして、感心したようにそう言った。
「空彦クンにそう言ってもらえると、私は嬉しいよ」
庭は満面の笑みで肯いたのだった。
「ささ、どうぞ」
庭は自分が今まで座っていた椅子を彼に勧め、自分は机の上に腰掛けた。人間の世界ではこういうスタイルの取引が普通なのだろうか。吾輩には分からないが、庭はいつでもそうやって、依頼主の話を聞くのだった。
空彦も縄跳びをやめ、壁に寄りかかって男性を見つめている。
「じ、実は……」
椅子に座った途端喋りだそうとした男性を、庭が手で制した。男性は戸惑ったように庭を見上げる。
「
男性はびくっと身を震わせ、すっくと立ち上がり、走って事務所を出て行ってしまった。ばたばたばた、という足音が消えた頃、壁に寄りかかってじっと聞いていた空彦が不思議そうな顔で庭に尋ねた。
「なあ、今のってどうやったんだ? どうして名乗ってもいないのに、あのオッサンの名前や職場、依頼内容まで分かったんだ」
「うん?」
庭はにこにこと空彦に笑顔を向けた。
「さあ、どうしてでしょう」
「どうしてでしょう、じゃねえよ。おれが聞いてるんだろ」
「まあ、種明かしをすれば簡単なことさ。まず、風見商店というのは、私がよく聴講に通っている大学へ続く道にある、小さな個人商店なんだ。数日通えば、店主の名前と顔くらいは覚えるよ。そこで買い物をしたことはないが、その商店のすぐ裏手に、風身商店を経営している風見家があるということは知っていたからね、そこから高校生くらいの女の子が出てくるのも何度か見かけていたのさ。夕虹ちゃんとは正反対のタイプ……、つまり俗に言う『不良少女』というやつだね。ここまでの知識があれば、後はそうたいしたことじゃない。小さな個人商店の店主が、そうたいした問題を抱えているとは思えない。だから、私はこう考えたのさ。大方、あの不良娘が家出でもしたんだろう、とね。となると彼は世間体を気にして、ここへその捜索依頼へ来たのだということになる。しかし、これはもう、私の手には負えない。なぜなら現在この街は、君も知ってのとおり非常に物騒な街と化しているわけだからね。家出娘が無事でいるとは限らない。『もう死んでしまっている』かもしれないのだよ。だから、私は彼にああ言ったのさ。私が間に入ってかき回すよりも、さっさと警察に届出をした方が、よっぽど良いだろう。それに、先ほど空彦クンが、物騒なことには首を突っ込みたくないと言っていたしね」
一息に言い終え、庭はまたどかりと椅子に座った。
「庭、お前、やっぱり凄いな」
空彦は腕組みをして、感心したようにそう言った。
「空彦クンにそう言ってもらえると、私は嬉しいよ」
庭は満面の笑みで肯いたのだった。