幻想
鳩の顔をした幻想織りは、袖をまくってその腕をあらわにした。やはり、それは、どう見ても鳥の腕でしかない。しかしパーピリオも幻想織りも一向平気な顔で、女の子には分からない言語で言葉を交わしている。女の子は、そっと幻想織りの足元を窺ったが、その足は革靴に隠されていて見ることができなかった。
「幻想織りが、幻想を織るところを見せてくれるよ」
そう、パーピリオが言った。口にした途端に空気中に霧散して、耳に届く前に消えていくような声だが、女の子はもう慣れてしまった。答えるように、一つ肯いて見せる。
幻想織りは円い黒目をぎょろつかせて、自分の腕から羽毛を一本抜き取った。それから女の子の手を握り、その手の中から一本の糸を抜き出した。どこから出てきたのだろう、と、女の子は不思議に思った。幻想織りは、その糸と自分の羽毛とを両手に持ち、スッと腕を上げた。そして、その両腕を指揮者のように振り始めた。
「よく見ていてごらん」
パーピリオが女の子の耳元で囁く。言われたとおりに見つめる女の子の目の前で、虹色の、布とも泡ともつかない、妙に弾力のある、一枚のものが織りあがっていった。それは、女の子の掌くらいの大きさまでになると織りあがったらしい。幻想織りの手の中にあった一本の糸はいつのまにか消えてしまい、羽毛の方は、まだ残っている。そうして幻想織りは、その織りあがったものを女の子に渡した。
「これが幻想になるんだ。透かしてごらん」
パーピリオの言葉に、女の子は渡されたそれを、夕陽に透かした。虹色に光るそれの中には幾つもの気泡が見え隠れし、その気泡の一つ一つの中に、それぞれ違った形の宇宙が広がっているのだった。
「中にあるのは何?」
「その泡一つ一つが幻想なんだよ。唇に当てて、吹いてごらん」
女の子は言われたとおり、それを口に当て、軽く吹いた。すると、虹色の織り目から無数のシャボン玉が浮き上がり、夕焼けに染まる街の中に飛び出した。
「あのシャボン玉は全て、それぞれ違う幻想だ。あれが街中に飛び交っているんだ」
女の子の目には、シャボン玉は、無数の世界を内包した神秘の玉に見えた。シャボン玉は無風の街並みを、それ以上浮き上がることもなく、また沈んで割れてしまうこともなく、漂い続けている。時折、夕陽を反射して、不思議な色に光った。女の子は試しにシャボン玉を突いてみたが、どれも割れたりなどはしなかった。パーピリオは微笑みながら、女の子に言った。
「今吹いたものを見てごらん」
女の子が自分の手の中にあるそれを見ると、それは先ほどまでの虹色の輝きを失くし、今にもわらわらと崩れ落ちていきそうな気配を湛えている。驚いて女の子が手を離すと、それは、たちどころに分解し、消えてしまった。
「幻想織りの織る幻想は、人間にしか吹けないんだ」
なるほど確かに、鳥である幻想織りには、布に唇を当てて吹くということは、できないのに違いない。女の子は肯いて、パーピリオを見上げた。
「だから、君に吹いて欲しいんだ」
女の子は少し言われた意味を考えていたが、シャボン玉のきらめきを見て、一つ肯いた。パーピリオは嬉しそうに笑い、女の子の頭を撫でた。
「ありがとう」
「幻想織りが、幻想を織るところを見せてくれるよ」
そう、パーピリオが言った。口にした途端に空気中に霧散して、耳に届く前に消えていくような声だが、女の子はもう慣れてしまった。答えるように、一つ肯いて見せる。
幻想織りは円い黒目をぎょろつかせて、自分の腕から羽毛を一本抜き取った。それから女の子の手を握り、その手の中から一本の糸を抜き出した。どこから出てきたのだろう、と、女の子は不思議に思った。幻想織りは、その糸と自分の羽毛とを両手に持ち、スッと腕を上げた。そして、その両腕を指揮者のように振り始めた。
「よく見ていてごらん」
パーピリオが女の子の耳元で囁く。言われたとおりに見つめる女の子の目の前で、虹色の、布とも泡ともつかない、妙に弾力のある、一枚のものが織りあがっていった。それは、女の子の掌くらいの大きさまでになると織りあがったらしい。幻想織りの手の中にあった一本の糸はいつのまにか消えてしまい、羽毛の方は、まだ残っている。そうして幻想織りは、その織りあがったものを女の子に渡した。
「これが幻想になるんだ。透かしてごらん」
パーピリオの言葉に、女の子は渡されたそれを、夕陽に透かした。虹色に光るそれの中には幾つもの気泡が見え隠れし、その気泡の一つ一つの中に、それぞれ違った形の宇宙が広がっているのだった。
「中にあるのは何?」
「その泡一つ一つが幻想なんだよ。唇に当てて、吹いてごらん」
女の子は言われたとおり、それを口に当て、軽く吹いた。すると、虹色の織り目から無数のシャボン玉が浮き上がり、夕焼けに染まる街の中に飛び出した。
「あのシャボン玉は全て、それぞれ違う幻想だ。あれが街中に飛び交っているんだ」
女の子の目には、シャボン玉は、無数の世界を内包した神秘の玉に見えた。シャボン玉は無風の街並みを、それ以上浮き上がることもなく、また沈んで割れてしまうこともなく、漂い続けている。時折、夕陽を反射して、不思議な色に光った。女の子は試しにシャボン玉を突いてみたが、どれも割れたりなどはしなかった。パーピリオは微笑みながら、女の子に言った。
「今吹いたものを見てごらん」
女の子が自分の手の中にあるそれを見ると、それは先ほどまでの虹色の輝きを失くし、今にもわらわらと崩れ落ちていきそうな気配を湛えている。驚いて女の子が手を離すと、それは、たちどころに分解し、消えてしまった。
「幻想織りの織る幻想は、人間にしか吹けないんだ」
なるほど確かに、鳥である幻想織りには、布に唇を当てて吹くということは、できないのに違いない。女の子は肯いて、パーピリオを見上げた。
「だから、君に吹いて欲しいんだ」
女の子は少し言われた意味を考えていたが、シャボン玉のきらめきを見て、一つ肯いた。パーピリオは嬉しそうに笑い、女の子の頭を撫でた。
「ありがとう」