ルームメイト

 秋が始まる気配。窓から差し込む陽の光は、夏休み中に比べて穏やかだ。私がカーテンを開けると、ルームメイトたちも続々と目を覚まし、朝の準備を始めた。
 新しい学年になり、寮の部屋も六人部屋から二人部屋になる。年長組の仲間入りだ。明日からいよいよ新学年での授業が始まるので、今日のうちに荷物を全て移動しておかなくてはならない。食堂から帰るとすぐにクローゼットの中から衣服をかき集めて、本やノートと共に鞄に詰めた。
「ホワイト! 別の部屋になっても遊びに行くからな」
 今年、最も仲良くしてくれた赤毛の親友に肩を叩かれる。笑ってそれに返して、私は廊下に出た。パンパンに膨らんだ鞄を持った生徒たちが、忙しげに廊下を行き交う。楽しげな笑い声と、別れを惜しむ声。さざなみのようなそれらが、耳に心地よい。渡り廊下を歩いて図書館の前を通り、まだ少し歩いて、ようやく、年長組の寮にたどり着いた。先ほどまでいた棟ではほとんど見たことのないような長身の生徒が静かに歩いていて、雰囲気が違う。何だかどぎまぎしてしまう。
「やあ。今日からこっちに?」
 突然、そう声をかけられて驚いて振り向くと、優しげな、少し背の高い男子生徒が立っていた。ゆるくウェーブがかかったようなダークブラウンの髪の彼の襟元に、寮長を示すバッジが輝いている。
「そ、そうです。寮長さんですね、ホワイトです。よろしくお願いします」
 寮長はにこやかに笑い、頷いて手を差し出してくれた。握手をして、頭を下げる。
「よろしく。私は寮長室にいるから、何かあったらいつでも声をかけてくれ。それと、君の部屋はこっちだ。ついておいで」
 すたすたと歩き出す背中を、慌てて追いかける。長い廊下の端っこが、私の新しい部屋のようだった。
「寮長室は、こことは反対の廊下の端にあるからね。それじゃあ、これで」
「ありがとうございます」
 寮長はそのまままた歩き始めたが、ふと立ち止まって振り返った。
「……? 何か」
 穏やかな顔に、少しだけ、曇りが見えたような。
「君と同室の生徒は、ブラックというんだけれどね。聡明な子なんだけれど」
 そこまで言って、その言葉は止まった。少しの逡巡の後で、気を取り直すように首を振った。
「……いや、何でもない。気にしないでくれ。それじゃあ、仲良くね」
「あ、はい」
 何か、問題ある子が同室なのだろうか。
 少しだけ不安になった。けれど、その人がどんな人なのかは、付き合ってみないと分からない。そのためのコミュニケーションだ。
「……よし」
 小声で気合を入れて、私はドアをノックした。「どうぞ」と声が聞こえたので、中に入る。
「こんにちは。今日から同室のホワイトです……」
 言いながら部屋の中を見て、思わず息を呑んだ。昼になりかけの日差しを背にして、窓際に、男子生徒が座っていた。私よりも頭ひとつ分ほど背が高い。艶のある黒髪が開いた窓から入ってくる風に吹かれて、白く輝いている。そして、その目。髪と同じく黒く、深い色をした瞳に吸い寄せられる気がして、言葉が途中で止まってしまった。
 こんな生徒、今までいただろうか。こんなに……謎めいていて、引き込まれるような子は。
「初めまして。俺はブラック」
 耳に、スッと入ってくるような、いい声だった。テレビに出ている俳優や声優を思わせるような、もっとしゃべってみて欲しくなるような。
 そんなことをぼーっと考えている間に、ブラックはにこりと笑った。
「どうぞよろしく。ホワイト」
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