五百年告白
乙姫様は、わざわざ城の前まで彼をお迎えにいらっしゃいました。その時の、浦島殿の表情といったら。ぽかんと口を開けて、きらびやかな衣装に身を包んだ乙姫様を、穴の開くほど見つめておりました。私はどれだけ、後悔したことでしょう。乙姫様に会えば、人間の男なら誰でもそうなることは、分かっておりましたのに。ああ、悔しい悔しい。私が女だったなら、人間の女だったなら、これ程までに乙姫様を憎く思うこともなかったでしょうに。ああ、乙姫様が羨ましい。恨めしい。妬ましい。私は浦島殿のすぐ隣に控えていたにも関わらず、乙姫様がお姿をお見せになったときから、彼に声を掛ける機会を逸してしまいました。
ようこそ竜宮城へ、と乙姫様は鈴の声で言います。そして、彼の手を握って城の中へと案内なさいました。亀の私では、彼の手を握ることさえ、出来ない。急に自分がみすぼらしい存在に思えてきて、それまでの高揚した気持ちは、すっかり息を潜めてしまいました。私はただの亀でした。乙姫様に仕えるだけの、ただの亀だったのです。それが、あろうことか人間の男に恋をして。ああ身の程知らずのばか者め、なんて侘しい自分だろう、と、その夜の宴会の裏で、私はひっそりと泣いておりました。
浦島殿は、乙姫様に夢中のご様子でした。お優しく、お美しい、人間の形をした乙姫様に。乙姫様はと言うと、相変わらずの優美な笑顔で彼とお話なさっていましたが、彼に特別な感情を抱いているようには見受けられませんでした。それだけが、私の救いであり、また乙姫様に対する敵対心の原因でもありました。思えばその頃から、私は竜宮城にいて良い存在ではなくなっていたようです。醜い心の持ち主は、あんなに清浄で美しい城の中にはいてはいけませんでした。にも関わらず、図々しくも卑しい心根の私は、何とかして彼に気に入られよう、好かれよう、それが無理ならせめて親しくなりたい、とありとあらゆる手を尽くしていました。しかし、そんな私の努力も空しく、彼の乙姫様に対する態度は変りませんでした。私は、悲しみに沈みました。
これというのも、乙姫様があんなに美しいのが悪いのだ。いつしか私の心の中に、そういう歪んだ考えが巣食っていました。自分が使える主人にこのような考えを抱いてしまった時点で、私は竜宮城を去るべきだったのでしょう。けれど私は城を出ず、乙姫様を陥れる手段を考えました。そこで思い浮かんだのが、乙姫様が使用なさっている化粧箱のすり替えでした。乙姫様は、ある特別な化粧道具を持っていらっしゃいました。それを使うと、乙姫様の生来の美しさを、そのままで保つことができるのです。乙姫様はその道具を入れた化粧箱を、大事に宝物庫に閉まっております。夜になると使いのものに命じて取り出し、ご使用なさるのです。私はその化粧箱を宝物庫の奥に隠し、代わりの箱を置いておきました。それを開ければ、乙姫様はたちまちご老人。……そう、これが玉手箱でした。
賢い皆様ならもうお分かりでしょう。急に地上の様子が気になり、一旦陸に上がらせてくれと言い出した浦島殿に、乙姫様は何を思ったか、その玉手箱を渡しておしまいになったのです。私が取り替えておいた、あの玉手箱を!
――私の罪は、以上です。乙姫様、それに浦島殿には大変申し訳ないことをしたと思っております。けれど、地上に戻った浦島殿も、誰一人知る者のいない村で長い間生きていくよりは、さっさとお爺さんになってしまい、短い余生を気楽に過ごしたほうが、良かったのではないかと、今では思うのです。これは、決して変な負け惜しみや捨て台詞ではありません。私は本気で、そう思っているのです。皆さん、どうぞ私をお哂いになってください。愚かな恋をして計略を練り、自らの首を絞めたこの馬鹿な亀を。若かった頃の彼の面影も、今ではもう薄れてしまいました。
ああ、申し訳ありませんでした、乙姫様。私は海の底に潜り、二度と貴方のお目にはかかりません。
さようなら。
ようこそ竜宮城へ、と乙姫様は鈴の声で言います。そして、彼の手を握って城の中へと案内なさいました。亀の私では、彼の手を握ることさえ、出来ない。急に自分がみすぼらしい存在に思えてきて、それまでの高揚した気持ちは、すっかり息を潜めてしまいました。私はただの亀でした。乙姫様に仕えるだけの、ただの亀だったのです。それが、あろうことか人間の男に恋をして。ああ身の程知らずのばか者め、なんて侘しい自分だろう、と、その夜の宴会の裏で、私はひっそりと泣いておりました。
浦島殿は、乙姫様に夢中のご様子でした。お優しく、お美しい、人間の形をした乙姫様に。乙姫様はと言うと、相変わらずの優美な笑顔で彼とお話なさっていましたが、彼に特別な感情を抱いているようには見受けられませんでした。それだけが、私の救いであり、また乙姫様に対する敵対心の原因でもありました。思えばその頃から、私は竜宮城にいて良い存在ではなくなっていたようです。醜い心の持ち主は、あんなに清浄で美しい城の中にはいてはいけませんでした。にも関わらず、図々しくも卑しい心根の私は、何とかして彼に気に入られよう、好かれよう、それが無理ならせめて親しくなりたい、とありとあらゆる手を尽くしていました。しかし、そんな私の努力も空しく、彼の乙姫様に対する態度は変りませんでした。私は、悲しみに沈みました。
これというのも、乙姫様があんなに美しいのが悪いのだ。いつしか私の心の中に、そういう歪んだ考えが巣食っていました。自分が使える主人にこのような考えを抱いてしまった時点で、私は竜宮城を去るべきだったのでしょう。けれど私は城を出ず、乙姫様を陥れる手段を考えました。そこで思い浮かんだのが、乙姫様が使用なさっている化粧箱のすり替えでした。乙姫様は、ある特別な化粧道具を持っていらっしゃいました。それを使うと、乙姫様の生来の美しさを、そのままで保つことができるのです。乙姫様はその道具を入れた化粧箱を、大事に宝物庫に閉まっております。夜になると使いのものに命じて取り出し、ご使用なさるのです。私はその化粧箱を宝物庫の奥に隠し、代わりの箱を置いておきました。それを開ければ、乙姫様はたちまちご老人。……そう、これが玉手箱でした。
賢い皆様ならもうお分かりでしょう。急に地上の様子が気になり、一旦陸に上がらせてくれと言い出した浦島殿に、乙姫様は何を思ったか、その玉手箱を渡しておしまいになったのです。私が取り替えておいた、あの玉手箱を!
――私の罪は、以上です。乙姫様、それに浦島殿には大変申し訳ないことをしたと思っております。けれど、地上に戻った浦島殿も、誰一人知る者のいない村で長い間生きていくよりは、さっさとお爺さんになってしまい、短い余生を気楽に過ごしたほうが、良かったのではないかと、今では思うのです。これは、決して変な負け惜しみや捨て台詞ではありません。私は本気で、そう思っているのです。皆さん、どうぞ私をお哂いになってください。愚かな恋をして計略を練り、自らの首を絞めたこの馬鹿な亀を。若かった頃の彼の面影も、今ではもう薄れてしまいました。
ああ、申し訳ありませんでした、乙姫様。私は海の底に潜り、二度と貴方のお目にはかかりません。
さようなら。
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