五百年告白

 竜宮城は、美しいところです。そこには、醜いものなど見当たりません。乙姫様は城で唯一人間の形を取っていらっしゃいましたが、竜宮城に住む魚たちはみなその気になれば、人間に化けるくらい、簡単なことでした。ただ、化けなければいけない必然性などなかったため、乙姫様以外は皆、様々な魚類の形で満足でした。私も、その中の一員でした――浦島殿にお会いするまでは。
 浦島太郎殿。
 私は竜宮城に帰ってきてからというもの、彼の笑顔だけを何度も反芻し、ため息をつきつつ暮らしておりました。命を助けていただいたことによる感謝の念。けれど、それだけではありませんでした。彼の元で過ごした数日間のうちに知ることが出来た、彼の色々な表情、仕草、そういった何もかもが、私の甲羅の中の胸を、締め付けて仕方ないのでした。
 私は何度か、自分の感情を疑ってかかってみました。これは本当に、そういった種類の感情なのか? 感謝と尊敬の念を、愛情と勘違いしているだけなのではないか? しかし、何度自問自答を繰り返しても、答えは同じでした。彼のことを考えるたびに感じる鼓動の高まりは、どう考えてみても、恋慕の情でしかなかったのです。
人間になったら……? 人間の姿で彼に会って――ああでも、私は人間になっても男のままです。それでは、彼は気味悪がって私のことを嫌ってしまうかも分かりません。ああ、種族の壁だけでなく、性別の壁まであるなんて。
 乙姫様はお優しい方で、私が収穫もなく怪我だけして帰ってきても、何のお咎めもせず、ただ傷を労わって下さいました。美しい、優しい、乙姫様。私はそれまで、何度、この方になら命を捧げても悔いはないと心に誓っていたことでしょう。けれど、浦島殿とお会いしてからは、その心の中での密かな誓いさえ、呟くことを忘れてしまいました。それどころか、乙姫様を今までとは違った視線で持って見ることさえするようになりました。それは、こういう方となら、浦島殿も釣り合うのであろうな、という、嫉妬と諦めの入り混じった、汚らわしい視線です。純粋で無邪気な乙姫様に、そんな邪な私が仕えていたなどと、今となっては信じがたいことで御座いますが、けれどその当時は、私も若かったし、乙姫様も更に若かった。つまりは、そういうことなので御座います。
 さて、そのお優しい乙姫様は、私を助けてくださったその恩人とやらにお礼をせねばならぬと仰いました。私は、また彼に会えるという、それだけに歓喜し、これも現金なことですが、乙姫様に心からの謝辞を述べました。乙姫様はいつものように優雅に笑い、これこれ亀や、お前が直接迎えに参じれば良かろう、と、私を彼の案内役にして下さったのでした。ああ今考えても、乙姫様は何と心の清いお方だったことでしょうか。それに比べて汚い、汚れきった心の、私。
 ともかく、私は喜び勇んで、再び陸に上がりました。今度は大層用心して、子供らがいない夕暮れ時を狙いました。果たして浦島殿は、漁の帰りだったのでしょう、私の待つ海辺へとやって来ました。そこで、私を発見してくださったのです。
 おやおや亀よ、またこんなところにいては、あの悪い子供らに、いたずらをされてしまうよ。
 なんてお優しいお言葉でしょう。私は涙ぐみながら、必死に練習していた台詞を、ゆっくりと発しました。
 浦島太郎殿、いつか私を助けてくださったお礼に、竜宮城へとご案内して差し上げとう御座います。
 彼は驚きましたが、私が竜宮城の素晴らしさを逐一説明して差し上げると、やがて心を決めたご様子で、肯きました。そういう次第で、私は彼を背中に乗せ、竜宮城へと向かいました。彼は海の中で、しっかりと私の甲羅にしがみついておりました。今なら彼を連れ去ってしまうこともできる、と一瞬悪い考えが頭をよぎりましたが、実行することは流石にせず、私は竜宮城まで彼をお連れしました。
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