結局何処を探しても海空の姿は見当たらず、俺は仕方なく自分の下宿まで足を向けた。もしかしたら、もう二度とあいつには会えないかもしれない。もう、真冬の面影も、何も、俺は見ることができないかもしれない。
 重い体を、手すりにかけた手で引き上げるようにして階段を上がり、自分の部屋の前まで歩く。――そこに、海空が座り込んでいた。
「桂井……」
 呟くと、海空は僅かに身じろぎして、俺を見上げた。その頬に、いつもの血色は見られない。どうやら随分長い間、ここに座っていたようだ。
「先輩……」
「桂井、お前……」
 俺が近付いて、その手に触れると、驚くほど冷たかった。俺は急いで部屋の鍵を開け、その中に海空を押し込んだ。
「先輩、僕――、ずっと、言おうと思ってたことがあるんです」
「…………」
 狭い部屋の中で、俺と顔をつき合わせた海空は、意を決したように、口を開いた。俺は、次に続くであろう言葉を想像し、そしてただ目を閉じた。体に震えが走る。
「先輩、僕、先輩のことが好きです。あの、僕男ですし、先輩も男だってことは十分承知しています。……でも、僕――」
「桂井……」
「でも僕、先輩のことが、好きになってしまったんです」
 ああ、小さい体で。
 それでも必死になって、俺にそれを伝えようと。
 でも。
 俺は……。
「先輩はいつも僕を助けてくれました。今日のことだってそうです」
「…………」
「僕は、僕は……」
 目に涙を一杯溜めて、海空は俺に言葉を贈る。それを見ながら俺は、その言葉を遮った。
「桂井。……俺は本当は、お前を守りたかったんじゃないんだ」
 そうだった。
 レポートの手伝いをしてやりたかった相手も。
 柄の悪い連中から守ってやりたかった相手も。
「俺は、真冬を守ってやりたかっただけなんだ。お前の姉さんを。その代わりに、お前を……」
「知ってましたよ」
 海空は、こらえ切れなかったのか涙を流しながら、俺に近付く。
「知ってました、僕。先輩がサークルのチラシを持って声をかけてくれたとき、見覚えがあると思ったんです。後になって、姉さんが死んだ時に泣いてくれた人だって、気がついて。……先輩が、僕を通して姉さんを見ているってことくらい、すぐに分かりました。僕の行動から何から、全てを姉さんと比較して、同一化していることだって、分かってました」
「桂井……」
「元々、僕に声をかけたのだって、姉さんに良く似た僕を放っておけなかったんでしょう。でも、僕はもう、それでも良いんです」
「……え。それでも良い、って?」
 俺が聞くと、海空は微笑んだ。
「僕、先輩が僕を通して姉さんを見ていたって、姉さんの代わりとして僕を守ってくれるのだって、もう、それで良いんです。僕はただ、先輩の傍にいたい」
「……桂井……」
 海空は、そのまま俺を、彼の腕の中に抱きしめた。
「先輩、……良いんです。先輩が僕を傍に置いたって、罪悪感なんか、感じなくて、良いんです。姉さんの面影を見るためだけに僕と一緒にいるとしても、それを僕が許すんですから、だから、先輩はもう、」
 耳元で、桂井海空は優しく囁いた。
「――泣かなくて、良いんです」
 そのとき初めて、泣いていたのは……涙を流していたのは、海空ではなく、俺だったことに、気がついた。
 やっと、気がついた。
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