涙
「へえー、ここが先輩の下宿ですか」
「おんぼろだよ。家賃だけで決めたから」
俺は、まさに言葉どおりにおんぼろな、五畳ほどの下宿へ、海空を招いた。そして、ある重大なことに気付いた。
「あ、悪い。ちょっと片付けるから、少しの間外で待っててくれ」
「へっ……?」
俺は慌てて部屋から海空を押し出し、大急ぎで真冬との関係性を示唆するあらゆるものを片付け始める。真冬が映った写真。真冬がくれたマグカップ。真冬と選んだCD。真冬の匂いを残した、全てのもの。
「…………」
そうした全てのものを押入れの中に押し込めてしまうと、部屋は驚くほどすっきりした。逆に押入れの中は、いつ溢れてきてもおかしくないほどにぎゅうぎゅうだ。それは、真冬という存在が俺にとってどれほど大きいものだったかを改めて考えるのに、十分な意味をもっている。
真冬。俺は、もうお前を守れない。もう、お前を抱きしめられない。お前と一緒に、生きていけない。でも俺は、それを受け入れられない……。
「もう良いぞ、桂井」
扉を開けると、そこには誰もいなかった。……どういうことだ。
「桂井?」
そこには、海空の持っていた鞄が置いてあった。鞄だけ置いて、あいつはドコに行ったのだ。俺は仕方なくその鞄を拾い上げ、部屋に鍵をかけ、階段を下りていく。
下宿からもと来た道を辿り、少し路地の入り組んだ住宅街へ足を運ぶ。そのとき、誰かが叫ぶような、そういう音が、聞こえたような気がした。
「桂井?」
一瞬ためらったが、俺はそれが聞こえた方へ走りだした。確かこちらには児童公園があったはず。そんなところに海空はいない、分かっているが、それでも気になるのだから仕方ない。
一分もかからないで、公園までたどり着く。そこには、遊ぶ子供達の代わりに、物騒な雰囲気が漂っていた。柄の悪そうな連中に囲まれた海空が、脅えた様子でうずくまっている。四、……いや五人いる。
「桂井ぃっ!」
俺は、怒鳴った。久しぶりに、頭に血が昇る。海空を取り巻いている連中が、こちらに気がついて、……笑った。俺は、走る。
「お前らぁっ、桂井に何してんだ、おいっ……!」
怒鳴りながら、俺はまず、サングラスをしていた坊主頭の野郎の腹に蹴りを入れた。「ぬ」、だか「ふ」、だかそんな風に息を吐いて、そいつは倒れる。その途端、それを見ていたほかの奴らは慌てだした。あたふたと逃げ出そうとするそいつらを追いかけても良かったが、それより目の前で震えている海空のほうが重要だ。
「おい大丈夫か、桂井」
「先輩……」
倒れているサングラスの奴がやっと起きだすが、俺は無視し、海空に手を貸し、立ち上がらせた。
「良かった……どこも、何ともなってないな。良かった」
「先輩、僕――」
「怖かっただろ、桂井。どうして、こんな目に――」
俺は立ち上がったサングラスの男の胸倉を掴み、目線を無理やり合わせる。男はあからさまに恐れている様子で、じたばたともがくが、無駄だ。俺が逃がさない。
「お前ら、桂井に何しようとしてた」
「い、いや……おれたちはただ、頼まれて……」
声が震えている。俺は安心させるために猫なで声で問い詰める。
「で、誰に頼まれたんだ? 言えば、解放してやるから」
「そ、それは――」
サングラスの男が口にした名前を聞いて、俺は頭に昇った血の、行き場がなくなるのを感じた。
「おんぼろだよ。家賃だけで決めたから」
俺は、まさに言葉どおりにおんぼろな、五畳ほどの下宿へ、海空を招いた。そして、ある重大なことに気付いた。
「あ、悪い。ちょっと片付けるから、少しの間外で待っててくれ」
「へっ……?」
俺は慌てて部屋から海空を押し出し、大急ぎで真冬との関係性を示唆するあらゆるものを片付け始める。真冬が映った写真。真冬がくれたマグカップ。真冬と選んだCD。真冬の匂いを残した、全てのもの。
「…………」
そうした全てのものを押入れの中に押し込めてしまうと、部屋は驚くほどすっきりした。逆に押入れの中は、いつ溢れてきてもおかしくないほどにぎゅうぎゅうだ。それは、真冬という存在が俺にとってどれほど大きいものだったかを改めて考えるのに、十分な意味をもっている。
真冬。俺は、もうお前を守れない。もう、お前を抱きしめられない。お前と一緒に、生きていけない。でも俺は、それを受け入れられない……。
「もう良いぞ、桂井」
扉を開けると、そこには誰もいなかった。……どういうことだ。
「桂井?」
そこには、海空の持っていた鞄が置いてあった。鞄だけ置いて、あいつはドコに行ったのだ。俺は仕方なくその鞄を拾い上げ、部屋に鍵をかけ、階段を下りていく。
下宿からもと来た道を辿り、少し路地の入り組んだ住宅街へ足を運ぶ。そのとき、誰かが叫ぶような、そういう音が、聞こえたような気がした。
「桂井?」
一瞬ためらったが、俺はそれが聞こえた方へ走りだした。確かこちらには児童公園があったはず。そんなところに海空はいない、分かっているが、それでも気になるのだから仕方ない。
一分もかからないで、公園までたどり着く。そこには、遊ぶ子供達の代わりに、物騒な雰囲気が漂っていた。柄の悪そうな連中に囲まれた海空が、脅えた様子でうずくまっている。四、……いや五人いる。
「桂井ぃっ!」
俺は、怒鳴った。久しぶりに、頭に血が昇る。海空を取り巻いている連中が、こちらに気がついて、……笑った。俺は、走る。
「お前らぁっ、桂井に何してんだ、おいっ……!」
怒鳴りながら、俺はまず、サングラスをしていた坊主頭の野郎の腹に蹴りを入れた。「ぬ」、だか「ふ」、だかそんな風に息を吐いて、そいつは倒れる。その途端、それを見ていたほかの奴らは慌てだした。あたふたと逃げ出そうとするそいつらを追いかけても良かったが、それより目の前で震えている海空のほうが重要だ。
「おい大丈夫か、桂井」
「先輩……」
倒れているサングラスの奴がやっと起きだすが、俺は無視し、海空に手を貸し、立ち上がらせた。
「良かった……どこも、何ともなってないな。良かった」
「先輩、僕――」
「怖かっただろ、桂井。どうして、こんな目に――」
俺は立ち上がったサングラスの男の胸倉を掴み、目線を無理やり合わせる。男はあからさまに恐れている様子で、じたばたともがくが、無駄だ。俺が逃がさない。
「お前ら、桂井に何しようとしてた」
「い、いや……おれたちはただ、頼まれて……」
声が震えている。俺は安心させるために猫なで声で問い詰める。
「で、誰に頼まれたんだ? 言えば、解放してやるから」
「そ、それは――」
サングラスの男が口にした名前を聞いて、俺は頭に昇った血の、行き場がなくなるのを感じた。