チョコの効能
「チョコレートは健康にも良いって知ってた?」
「ポリフェノールとか?」
「そうそう。血栓の形成を防いだり、血圧を下げたり……リラックス効果もあるし、幸福感を高める作用もあるんだって」
「へえ……チョコがねえ」
昔は空のために色々な菓子作りに手を出し、時にはチョコを扱ったこともあったが、そんなに色々な効能がある食べ物だとは知らなかった。あの頃はいつもアルバイトと勉学に明け暮れて空腹を抱えていたので、それを紛らすために、つまりは血糖値を上げて何とか気力を持たせるためだけによく食べていはしたが、なんとなく、ポリフェノールが身体に良い、くらいの認識しか持っていなかった。
手に持った箱の中から一つ取り出し、しげしげと眺めていると、不意に、空がそれをひょいと摘まんでしまった。
「あ」
「はい、あーん」
空は、手に持った小さな欠片を、おれの口元に近づけた。
「いや、それは……」
「良いでしょ、一度やってみたかったんだよね。恋人っぽくて」
「こ……」
二の句が継げずにいるおれの、馬鹿みたいに開けた口の中に、空はチョコを差し入れてしまった。結果的に空の希望通りになり、おれは仕方なく、それを舌で転がしながら溶かしていく。
「美味しい?」
「うん、甘くは無いけど。すぐには溶けきらない感じなんだな」
カカオの香りが口の中に広がっていくのを感じながら、久しぶりに食べるチョコを味わう。チョコが他の菓子と明確に異なっているのは、このくちどけなのだろう。自分の体温で徐々に形が崩れていき、舌の上で柔らかい液状に変わっていく、この食感は確かに、他では得られまい。
「ブラックチョコレートが舌の上で溶ける時、人の脳はキスするよりも興奮するんだって」
そっと、空が首筋に唇を寄せて囁いたので、思わずびくりと反応した。突然、何を言い出すのか。どぎまぎしていると、空は更に一粒のチョコを取り出し、それを咥えてしまった。そしてそのまま、先ほどと同じように、それをおれの口元へ差し出した。
「空、……それは……」
以前、自分で言いだした、過度な肉体的接触の禁止に抵触するのではないか、という気がして当惑しつつも、頬を染めておれを見上げる空の視線に搦められ、おれは吸い込まれるように、空の唇ごと、チョコを受け取った。まるでチョコを取られまいとするかのように、空の舌がおれの口内に入ってくる。
「んっ……」
どちらが漏らしたかも分からない息の合間に、溶けていくチョコレートがたてる、幾分粘着質の水音が耳に届く。その音に煽られるように、おれと空は舌を絡め合った。チョコと一体となった空の舌は柔らかくくねり、おれの理性をも溶かしてゆく。おれは空の細い腰に腕を回し、空もおれの背にしがみついて、お互いの感じやすいところを確かめあうように、突つき、舐め回し、なぞり合った。
「ポリフェノールとか?」
「そうそう。血栓の形成を防いだり、血圧を下げたり……リラックス効果もあるし、幸福感を高める作用もあるんだって」
「へえ……チョコがねえ」
昔は空のために色々な菓子作りに手を出し、時にはチョコを扱ったこともあったが、そんなに色々な効能がある食べ物だとは知らなかった。あの頃はいつもアルバイトと勉学に明け暮れて空腹を抱えていたので、それを紛らすために、つまりは血糖値を上げて何とか気力を持たせるためだけによく食べていはしたが、なんとなく、ポリフェノールが身体に良い、くらいの認識しか持っていなかった。
手に持った箱の中から一つ取り出し、しげしげと眺めていると、不意に、空がそれをひょいと摘まんでしまった。
「あ」
「はい、あーん」
空は、手に持った小さな欠片を、おれの口元に近づけた。
「いや、それは……」
「良いでしょ、一度やってみたかったんだよね。恋人っぽくて」
「こ……」
二の句が継げずにいるおれの、馬鹿みたいに開けた口の中に、空はチョコを差し入れてしまった。結果的に空の希望通りになり、おれは仕方なく、それを舌で転がしながら溶かしていく。
「美味しい?」
「うん、甘くは無いけど。すぐには溶けきらない感じなんだな」
カカオの香りが口の中に広がっていくのを感じながら、久しぶりに食べるチョコを味わう。チョコが他の菓子と明確に異なっているのは、このくちどけなのだろう。自分の体温で徐々に形が崩れていき、舌の上で柔らかい液状に変わっていく、この食感は確かに、他では得られまい。
「ブラックチョコレートが舌の上で溶ける時、人の脳はキスするよりも興奮するんだって」
そっと、空が首筋に唇を寄せて囁いたので、思わずびくりと反応した。突然、何を言い出すのか。どぎまぎしていると、空は更に一粒のチョコを取り出し、それを咥えてしまった。そしてそのまま、先ほどと同じように、それをおれの口元へ差し出した。
「空、……それは……」
以前、自分で言いだした、過度な肉体的接触の禁止に抵触するのではないか、という気がして当惑しつつも、頬を染めておれを見上げる空の視線に搦められ、おれは吸い込まれるように、空の唇ごと、チョコを受け取った。まるでチョコを取られまいとするかのように、空の舌がおれの口内に入ってくる。
「んっ……」
どちらが漏らしたかも分からない息の合間に、溶けていくチョコレートがたてる、幾分粘着質の水音が耳に届く。その音に煽られるように、おれと空は舌を絡め合った。チョコと一体となった空の舌は柔らかくくねり、おれの理性をも溶かしてゆく。おれは空の細い腰に腕を回し、空もおれの背にしがみついて、お互いの感じやすいところを確かめあうように、突つき、舐め回し、なぞり合った。