名探偵VS事件代行人
「ええっと。どなたさん」
私は、その謎の人物Xの、頭から靴の先までを見渡した。――これは、どういう美少女だ。
美少女という呼び名以外にふさわしいものはない、そういう少女が千年の隣に立っている。服装としては、ゴシックロリータのピンクバージョン……えっと、こういうのは何というのだったか。ブランド名は忘れたが、ふわふわのフリルとレースに包まれた、童話の中のお姫様を彷彿とさせる、そういうワンピースに、彼女は身を包んでいた。日傘もまた、服装とぴったり調和した薄桃色の可愛らしいデザインのものを、腕に下げている。
また、顔はフランス人形のごとき大きな瞳と長い睫毛、小さな唇を具えた、正に『美少女』の典型。髪の毛は、流石に日本人なのでブロンドではなかったが、色素の薄い茶色で、ハーフのような繊細さを持っている。
「ご紹介しまぁっす。こちら、覆水不起さん。そこの道でばったり会ってぇ。意気投合したんで、一緒に来ちった! てへへへっ」
千年は無表情に、台詞だけ騒がしく、静かにそう言った。
「はあ、どうも……。ええっと、覆水不起さん。よろしく、私は――」
「先永美寿寿さんですね。以後お見知りおきを」
からん、と鈴の鳴るような声で、覆水不起は言い、礼をした。
「どうやら、サイキ兄がお世話になっているようで」
サイキ兄、……。ああ、そういえばさっき覆水再起の様子がおかしかったな。そうか、この娘の来訪を予感していたわけだ。
「あの名探偵は、この奥にいる。上がるといい」
私は扉を大きく開けて、二人を屋敷に招いた。途端、広間の方から「裏切り者ーっ」という悲痛な叫び声が聞こえ、それと同時に不起がハイヒールで走り出した。
「およっ? 不起ちゃん、何やら急いで走り出した模様っ! そっか、トイレだ」
千年が淡々と実況するが、その目的は違うようだ。不起はかつかつと音を立てながら廊下を走り去った。広間の方から悲鳴が上がる。私と千年は久闊を叙し、ゆっくりと広間へ向かった。たどり着いたときには、そこは阿鼻叫喚渦巻く、地獄絵図と化していた。被害者は見たところ再起一人だけのようであるが。
「ああ、美寿寿さん……助けに来てくださったんですね」
青いスーツは見る影もなく、不起のハイヒールの下から弱弱しい声で、再起は言った。
「何を勘違いしている。私はあんたを一生恨むと決めた人間だ。むしろせいせいするわ」
「……それはひどい」
再起はがっくりと床に顔をつけて、沈黙した。
「覆水先生、覆水先生!」
不起の日傘を咽喉元に突きつけられた女性が、壁に張り付いて、再起に向かって呼びかける。
「サイキ兄は、私の仕事の邪魔をするのが好きなのですか。いつもいつも」
言いながら、不起はぐりぐりと再起の背中をハイヒールで踏みつける。そこには、私や千年の遠叔父に対するものと、勝るとも劣らぬ、憎しみが見て取れた。どうやら兄妹仲は本気で悪いらしい。
「おやおや、こりゃあ酷いっ。流血地獄、狂気の沙汰っ! 地獄の沙汰も金次第って奴っすかぁ?」
一人だけやけにテンションの高い台詞を口走る千年は、それでもやはり無表情だった。
「で、で、で。みすずちゃん、相談事ってなーに?」
「……相変わらずだな、千年。場の空気の読まなさ加減はまったく変わらん」
私はとりあえず感心し、千年の頭を撫でる。千年は静かに目を閉じ、口を閉じた。……これで少しは、まともに話が出来るだろう。
「さて。ではまず、不起さん。あの手紙について、話をしよう」
私がそう提案すると、不起は大きな瞳をぱちりと動かし、私を見た。
「……手紙……」
「そうだ、手紙だ。ほら、そこの名探偵が握り締めているだろう」
不起は、再起の手の中にあった手紙をいささか力強すぎる勢いで奪った。そして、ちらりと目を走らせる。
「ああ、これですか。ええ、もうそろそろ仕上げ段階に入るので、差し上げたのですが。……そうですね、今は丁度良い機会です。遠氏と代価について話し合いたいと思うのですが」
呆れた。本当に、依頼主の生死を知らなかったらしい。
「先永遠氏なら、一年前に死んだよ、不起」
足元からの兄の言葉を聞き、不起は苛立ったように手紙をくしゃくしゃに丸め、放り投げてから日傘で突き上げた。天井に、手紙の亡骸が埋め込まれた。――あああ。
「死んだ……ですか。そうでしたか。それは全く知りませんでした。そうですか」
不起は何度か肯いて、それから再起のわき腹を蹴った。蛙みたいな声を出し、再起は横様に転がる。
「大方、サイキ兄がまた邪魔でもしたのでしょう。いつもいつも、私が起こそうとする事件の邪魔ばかりして……! いい加減、大人しく事務所に篭っていれば良いものを」
「ちょっと不起、それは誤解だって。私は何もしていないよ」
再起は言い返すが、具体的な行動としては、何一つ抵抗していない。兄として、それはどうなんだろう。
「では、他に誰が私の邪魔をすると言うのです。誰が、私への遠氏の死亡連絡を滞らせたと言うのです」
「……いや、私にもそんなことは分からないけれども」
「じゃあ黙っていればいいのです!」
再び再起と不起の諍いが起ころうとしている。私も少々困り、その会話を遮った。
「……で。不起さん、その、遠叔父の依頼はどういうものだったんです?」
不起は、仕事の話ということでようやく落ち着いてくれたようで、その足を兄の体からどけた。
「遠氏からの事件依頼ですか? 別に守秘義務はありませんから言ってしまいますけれど……」
そうして彼女が口にしたのは驚くべきことであり、信じがたいことであり、また妙に嘘っぽくて、過分に信憑性があった。それを聞いて私は、その依頼を破棄することを断念した。――ああ、千年を強制的にスリープモードにしておいて良かった。今の話を聞かれていたら、その依頼の価値はなくなってしまうところだった。
「……という依頼だったのです。どうです、遠氏はいませんが、貴女代わりに代価を支払って、依頼継続なさりますか」
そう、不起は言った。
「その、依頼だけど」
私は、不起に尋ねる。
「本当に、完遂できるのか」
私の問いに、覆水不起は初めて、にこりと笑った。
「勿論ですとも」
私は、その謎の人物Xの、頭から靴の先までを見渡した。――これは、どういう美少女だ。
美少女という呼び名以外にふさわしいものはない、そういう少女が千年の隣に立っている。服装としては、ゴシックロリータのピンクバージョン……えっと、こういうのは何というのだったか。ブランド名は忘れたが、ふわふわのフリルとレースに包まれた、童話の中のお姫様を彷彿とさせる、そういうワンピースに、彼女は身を包んでいた。日傘もまた、服装とぴったり調和した薄桃色の可愛らしいデザインのものを、腕に下げている。
また、顔はフランス人形のごとき大きな瞳と長い睫毛、小さな唇を具えた、正に『美少女』の典型。髪の毛は、流石に日本人なのでブロンドではなかったが、色素の薄い茶色で、ハーフのような繊細さを持っている。
「ご紹介しまぁっす。こちら、覆水不起さん。そこの道でばったり会ってぇ。意気投合したんで、一緒に来ちった! てへへへっ」
千年は無表情に、台詞だけ騒がしく、静かにそう言った。
「はあ、どうも……。ええっと、覆水不起さん。よろしく、私は――」
「先永美寿寿さんですね。以後お見知りおきを」
からん、と鈴の鳴るような声で、覆水不起は言い、礼をした。
「どうやら、サイキ兄がお世話になっているようで」
サイキ兄、……。ああ、そういえばさっき覆水再起の様子がおかしかったな。そうか、この娘の来訪を予感していたわけだ。
「あの名探偵は、この奥にいる。上がるといい」
私は扉を大きく開けて、二人を屋敷に招いた。途端、広間の方から「裏切り者ーっ」という悲痛な叫び声が聞こえ、それと同時に不起がハイヒールで走り出した。
「およっ? 不起ちゃん、何やら急いで走り出した模様っ! そっか、トイレだ」
千年が淡々と実況するが、その目的は違うようだ。不起はかつかつと音を立てながら廊下を走り去った。広間の方から悲鳴が上がる。私と千年は久闊を叙し、ゆっくりと広間へ向かった。たどり着いたときには、そこは阿鼻叫喚渦巻く、地獄絵図と化していた。被害者は見たところ再起一人だけのようであるが。
「ああ、美寿寿さん……助けに来てくださったんですね」
青いスーツは見る影もなく、不起のハイヒールの下から弱弱しい声で、再起は言った。
「何を勘違いしている。私はあんたを一生恨むと決めた人間だ。むしろせいせいするわ」
「……それはひどい」
再起はがっくりと床に顔をつけて、沈黙した。
「覆水先生、覆水先生!」
不起の日傘を咽喉元に突きつけられた女性が、壁に張り付いて、再起に向かって呼びかける。
「サイキ兄は、私の仕事の邪魔をするのが好きなのですか。いつもいつも」
言いながら、不起はぐりぐりと再起の背中をハイヒールで踏みつける。そこには、私や千年の遠叔父に対するものと、勝るとも劣らぬ、憎しみが見て取れた。どうやら兄妹仲は本気で悪いらしい。
「おやおや、こりゃあ酷いっ。流血地獄、狂気の沙汰っ! 地獄の沙汰も金次第って奴っすかぁ?」
一人だけやけにテンションの高い台詞を口走る千年は、それでもやはり無表情だった。
「で、で、で。みすずちゃん、相談事ってなーに?」
「……相変わらずだな、千年。場の空気の読まなさ加減はまったく変わらん」
私はとりあえず感心し、千年の頭を撫でる。千年は静かに目を閉じ、口を閉じた。……これで少しは、まともに話が出来るだろう。
「さて。ではまず、不起さん。あの手紙について、話をしよう」
私がそう提案すると、不起は大きな瞳をぱちりと動かし、私を見た。
「……手紙……」
「そうだ、手紙だ。ほら、そこの名探偵が握り締めているだろう」
不起は、再起の手の中にあった手紙をいささか力強すぎる勢いで奪った。そして、ちらりと目を走らせる。
「ああ、これですか。ええ、もうそろそろ仕上げ段階に入るので、差し上げたのですが。……そうですね、今は丁度良い機会です。遠氏と代価について話し合いたいと思うのですが」
呆れた。本当に、依頼主の生死を知らなかったらしい。
「先永遠氏なら、一年前に死んだよ、不起」
足元からの兄の言葉を聞き、不起は苛立ったように手紙をくしゃくしゃに丸め、放り投げてから日傘で突き上げた。天井に、手紙の亡骸が埋め込まれた。――あああ。
「死んだ……ですか。そうでしたか。それは全く知りませんでした。そうですか」
不起は何度か肯いて、それから再起のわき腹を蹴った。蛙みたいな声を出し、再起は横様に転がる。
「大方、サイキ兄がまた邪魔でもしたのでしょう。いつもいつも、私が起こそうとする事件の邪魔ばかりして……! いい加減、大人しく事務所に篭っていれば良いものを」
「ちょっと不起、それは誤解だって。私は何もしていないよ」
再起は言い返すが、具体的な行動としては、何一つ抵抗していない。兄として、それはどうなんだろう。
「では、他に誰が私の邪魔をすると言うのです。誰が、私への遠氏の死亡連絡を滞らせたと言うのです」
「……いや、私にもそんなことは分からないけれども」
「じゃあ黙っていればいいのです!」
再び再起と不起の諍いが起ころうとしている。私も少々困り、その会話を遮った。
「……で。不起さん、その、遠叔父の依頼はどういうものだったんです?」
不起は、仕事の話ということでようやく落ち着いてくれたようで、その足を兄の体からどけた。
「遠氏からの事件依頼ですか? 別に守秘義務はありませんから言ってしまいますけれど……」
そうして彼女が口にしたのは驚くべきことであり、信じがたいことであり、また妙に嘘っぽくて、過分に信憑性があった。それを聞いて私は、その依頼を破棄することを断念した。――ああ、千年を強制的にスリープモードにしておいて良かった。今の話を聞かれていたら、その依頼の価値はなくなってしまうところだった。
「……という依頼だったのです。どうです、遠氏はいませんが、貴女代わりに代価を支払って、依頼継続なさりますか」
そう、不起は言った。
「その、依頼だけど」
私は、不起に尋ねる。
「本当に、完遂できるのか」
私の問いに、覆水不起は初めて、にこりと笑った。
「勿論ですとも」