名探偵VS事件代行人
「…………?」
鳥か、何か、馬鹿な生き物が、方向転換できずに当たったのかな。
そう思い、私はそれを無視した。屋敷は三階建てだが、この部屋はその更に上に当たる屋根裏部屋だ。好き好んでこういうところに住む必要などはさらさらなかったのだが、ココ以外に、遠叔父の気配を感じずにいられる所は、この屋敷にはなかった。高いところに位置するこの部屋の窓には、時たま方向を見失った虫やらなんやらが窓に捨て身アタックを仕掛けることがあった。だから、今回もそれだろうと考えたわけである。
が、しかし。音は止まなかった。『こんこんこんこん』、とより激しさを増しているようでもある。――一体なんだというんだ。
私は不機嫌に、窓まで歩く。覗き込むと、そこには全く予想していなかった生き物が鎮座していた。
「……人間」
そこには、人が座っていた。ここはあくまで三階以上の高さに当たる。一応屋根の上に、登ろうと思えば登れるが……人が登る用に造られたものではない。――サーカス団から逃げ出した、軽業師か何かか?
その人間は、軽業師にしてはきちんとした服装をしていた。ビジネスマンが着るような灰色のスーツを着用しており、眼鏡を掛けている。全体的に理知的な雰囲気の漂う……、あ、この人、女性だ。
「何か用か?」
私は窓を開けて、彼女に問いかけた。実際、こんなところまで来て窓をノックするような人間に声など掛ける義理もないのだが、その目的を、純粋に知りたく思った。
女性はきりりとした目つきで私を見、口を開く。
「お初にお目にかかります。わたくし、覆水 探偵事務所の者です」
「ああ、……あいつか」
青いスーツの名探偵。どこか信用のおけない、そういう表情の人間だった。
私はその名前を聞いて、うんざりする。
「あいつの所の人が、私に何の用だ? 私はもう、殺人を犯そうなどとは考えてないぞ」
「今日は、そういう用件で伺ったわけではありません。その……、覆水を、匿っては頂けないでしょうか」
女性は、どことなくしおらしく、目をそらしながら、そう言った。『突然のことで誠に申し訳なく思うのですが、そこのところをどうか』といった雰囲気だ。だが、私はそんなことで心を動かされるような人間ではない。
「生憎だが、この屋敷にあのような人間を泊めて置けるだけのスペースはない。精神的にも、物理的にも、不可能であり無理だ。帰ってくれ」
「そんな……」
女性は、私の言葉に衝撃を受けたようにオーバーな身振りで、哀しみを表現した。
「一生恨むと決めた人間を、どうして私が匿わなければならない。見返りもなさそうだしな。帰ってくれ」
「お礼ならきちんと致します。それに、今は貴女以外に頼る人もいなくて」
「何故」
「え?」
「何故、私以外にそいつを匿える人間がいないのかと聞いている」
「それは……」
女性はあちこちに視線を泳がせ、一瞬考えを巡らしたようだったが、しどろもどろに口を開いた。
「実は貴女以外の方々にもお頼みしたのですが……。風邪でも流行っているのでしょうか、皆さん病気だから移すと悪い、と仰って」
「……あいつには、友達はいないのか」
私は呆れて、ため息をつく。
「匿うと言ったな。一体何があったんだ」
女性は、私が態度を軟化させたことを察知して、急にそわそわし出した。何だか、きっちりした風の女性だと思ったのだが、間違いだったろうか。
「実は、覆水は今、瀕死の重傷を負っているのです」
「何、瀕死の重傷? それなら匿うとか言ってないで、さっさと病院へ行け。私の出る幕ではない」
「いえ、それが……『敵』はどこに潜伏しているか分かったものではありませんので、病院のような人の多い場所へは、ちょっと……」
今、『敵』とか言ったな、この人。――どういう話なのか。面白そうではある。
「ふん。で、どんな傷を負っているんだ?」
「それは――」
女性が口を開くよりも早く、彼女の後ろから、得体の知れない生物が顔を出した。人間の形をしたそれは、全体的に青く見えるのだが、所々赤く疎らな模様が見える。――ああ、覆水か。
「見たほうが早いでしょう……。こういう有様になっております、先永美寿寿さん」
瀕死の重傷を負った名探偵は、自らそのような台詞を吐いて、にっこり笑った。
鳥か、何か、馬鹿な生き物が、方向転換できずに当たったのかな。
そう思い、私はそれを無視した。屋敷は三階建てだが、この部屋はその更に上に当たる屋根裏部屋だ。好き好んでこういうところに住む必要などはさらさらなかったのだが、ココ以外に、遠叔父の気配を感じずにいられる所は、この屋敷にはなかった。高いところに位置するこの部屋の窓には、時たま方向を見失った虫やらなんやらが窓に捨て身アタックを仕掛けることがあった。だから、今回もそれだろうと考えたわけである。
が、しかし。音は止まなかった。『こんこんこんこん』、とより激しさを増しているようでもある。――一体なんだというんだ。
私は不機嫌に、窓まで歩く。覗き込むと、そこには全く予想していなかった生き物が鎮座していた。
「……人間」
そこには、人が座っていた。ここはあくまで三階以上の高さに当たる。一応屋根の上に、登ろうと思えば登れるが……人が登る用に造られたものではない。――サーカス団から逃げ出した、軽業師か何かか?
その人間は、軽業師にしてはきちんとした服装をしていた。ビジネスマンが着るような灰色のスーツを着用しており、眼鏡を掛けている。全体的に理知的な雰囲気の漂う……、あ、この人、女性だ。
「何か用か?」
私は窓を開けて、彼女に問いかけた。実際、こんなところまで来て窓をノックするような人間に声など掛ける義理もないのだが、その目的を、純粋に知りたく思った。
女性はきりりとした目つきで私を見、口を開く。
「お初にお目にかかります。わたくし、
「ああ、……あいつか」
青いスーツの名探偵。どこか信用のおけない、そういう表情の人間だった。
私はその名前を聞いて、うんざりする。
「あいつの所の人が、私に何の用だ? 私はもう、殺人を犯そうなどとは考えてないぞ」
「今日は、そういう用件で伺ったわけではありません。その……、覆水を、匿っては頂けないでしょうか」
女性は、どことなくしおらしく、目をそらしながら、そう言った。『突然のことで誠に申し訳なく思うのですが、そこのところをどうか』といった雰囲気だ。だが、私はそんなことで心を動かされるような人間ではない。
「生憎だが、この屋敷にあのような人間を泊めて置けるだけのスペースはない。精神的にも、物理的にも、不可能であり無理だ。帰ってくれ」
「そんな……」
女性は、私の言葉に衝撃を受けたようにオーバーな身振りで、哀しみを表現した。
「一生恨むと決めた人間を、どうして私が匿わなければならない。見返りもなさそうだしな。帰ってくれ」
「お礼ならきちんと致します。それに、今は貴女以外に頼る人もいなくて」
「何故」
「え?」
「何故、私以外にそいつを匿える人間がいないのかと聞いている」
「それは……」
女性はあちこちに視線を泳がせ、一瞬考えを巡らしたようだったが、しどろもどろに口を開いた。
「実は貴女以外の方々にもお頼みしたのですが……。風邪でも流行っているのでしょうか、皆さん病気だから移すと悪い、と仰って」
「……あいつには、友達はいないのか」
私は呆れて、ため息をつく。
「匿うと言ったな。一体何があったんだ」
女性は、私が態度を軟化させたことを察知して、急にそわそわし出した。何だか、きっちりした風の女性だと思ったのだが、間違いだったろうか。
「実は、覆水は今、瀕死の重傷を負っているのです」
「何、瀕死の重傷? それなら匿うとか言ってないで、さっさと病院へ行け。私の出る幕ではない」
「いえ、それが……『敵』はどこに潜伏しているか分かったものではありませんので、病院のような人の多い場所へは、ちょっと……」
今、『敵』とか言ったな、この人。――どういう話なのか。面白そうではある。
「ふん。で、どんな傷を負っているんだ?」
「それは――」
女性が口を開くよりも早く、彼女の後ろから、得体の知れない生物が顔を出した。人間の形をしたそれは、全体的に青く見えるのだが、所々赤く疎らな模様が見える。――ああ、覆水か。
「見たほうが早いでしょう……。こういう有様になっております、先永美寿寿さん」
瀕死の重傷を負った名探偵は、自らそのような台詞を吐いて、にっこり笑った。