名探偵はお嫌いですか?
「ええっとですね。先永遠氏の依頼内容は、自分は放っといてももうすぐ死ぬのだから、無闇に自分を殺そうとしている親族たちを止めてやってくれ、というものでした」
「…………」
何だそれは。
どういう依頼内容だ、それは。
「つまりですね。先永遠氏は、親族達に、無益な殺人など犯させたくなかったのですよ」
「馬鹿な。そんな高尚な理由ではないに決まっている。病気だっていうのも、そのためのでまかせかもしれない」
「でまかせじゃありませんよ。そんなちゃちなでまかせなら、この名探偵・覆水再起に見破れないはずがありません。それに、ちゃんと医師の診断書も見せてもらいましたし。お金も前払いで受け取ってますし」
どうも、最後の理由が大きそうだ。
「馬鹿な……。それなら、私は何のためにここまで来たというのだ」
私は呟いて、ふらふらと後ずさる。遠叔父の家までは、この道をあと五分ほど歩けばたどり着くのだ。それなのに、こんなところで目標を見失ってしまうとは。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。……しかし。遠叔父はどうして今更そんな仏心を出したのだ。私たち親族に、今までどんな仕打ちをしてきたか、あんたは分かるか。非道も非道。極悪もいいところだ。遠叔父なら、私たちに無益な殺人を犯させて、あの世で笑おうと考えるはずだ。何故、今頃」
私は首を振る。訳が分からなくて、腹が立つ。
「先永遠氏は、莫大な財産を所持しています。それは知っていますね?」
覆水は、スーツの内ポケットから取り出した真っ赤なハンカチで顔を拭きながら言う。私は肯く。
「知っている。だからこそ遠叔父は私たちを虐げた。私たちを嘲った。弄んだ。だからこそ、私たち親族は遠叔父を殺そうと考えたのだ」
そう、あの性根の腐れきった遠叔父。一人娘には家出され、細君からも離婚届を突きつけられ、それでも平然と金に溺れた遠叔父。あんな人が、私たち親族を案じることなどないはずだ。
「先永遠氏はですね。その莫大な財産を、あなた方親族に、配分するおつもりなのですよ」
「何……?」
覆水は、嘘をついているようには見えない。けれど、こんな小ずるそうな顔をした男の言うことなど、信用したくない。
「先永遠氏は、死を覚悟してから、あなた方にたいする今までの仕打ちの酷さに気付いたのです。そして、反省したのですよ。それで、自分が病気で死んだ時には、残った親族全てに、自分の財産を平等に分けるようにという、遺書を書いたのです」
「まさか……。あの遠叔父が、そんなことをするはずが」
「ですが、したのですよ。分かりますか? 彼の余命はもう一ヶ月もない。今あなたが彼を殺しに行ったところで、よぼよぼの病人をいたぶることになるだけですよ。止めておきなさい」
覆水は、優しげに言う。
「そんな。そんなことって。酷い、酷すぎる」
「でも、人を殺すよりは良いでしょう。だから、思いとどまってくださいな」
「…………」
私は黙って、方向転換した。これ以上覆水の言葉を聞いていると、混乱して頭が破裂してしまいそうだ。――くそ、面白くない。
「覆水再起」
私は、もと来た道をふらつく足で辿りながら、言い捨てた。
「私はあんたを、一生恨む」
「それはそれは」
後ろから聞こえた覆水の声は、のんびりとしていた。
「有難う御座います」
「…………」
何だそれは。
どういう依頼内容だ、それは。
「つまりですね。先永遠氏は、親族達に、無益な殺人など犯させたくなかったのですよ」
「馬鹿な。そんな高尚な理由ではないに決まっている。病気だっていうのも、そのためのでまかせかもしれない」
「でまかせじゃありませんよ。そんなちゃちなでまかせなら、この名探偵・覆水再起に見破れないはずがありません。それに、ちゃんと医師の診断書も見せてもらいましたし。お金も前払いで受け取ってますし」
どうも、最後の理由が大きそうだ。
「馬鹿な……。それなら、私は何のためにここまで来たというのだ」
私は呟いて、ふらふらと後ずさる。遠叔父の家までは、この道をあと五分ほど歩けばたどり着くのだ。それなのに、こんなところで目標を見失ってしまうとは。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。……しかし。遠叔父はどうして今更そんな仏心を出したのだ。私たち親族に、今までどんな仕打ちをしてきたか、あんたは分かるか。非道も非道。極悪もいいところだ。遠叔父なら、私たちに無益な殺人を犯させて、あの世で笑おうと考えるはずだ。何故、今頃」
私は首を振る。訳が分からなくて、腹が立つ。
「先永遠氏は、莫大な財産を所持しています。それは知っていますね?」
覆水は、スーツの内ポケットから取り出した真っ赤なハンカチで顔を拭きながら言う。私は肯く。
「知っている。だからこそ遠叔父は私たちを虐げた。私たちを嘲った。弄んだ。だからこそ、私たち親族は遠叔父を殺そうと考えたのだ」
そう、あの性根の腐れきった遠叔父。一人娘には家出され、細君からも離婚届を突きつけられ、それでも平然と金に溺れた遠叔父。あんな人が、私たち親族を案じることなどないはずだ。
「先永遠氏はですね。その莫大な財産を、あなた方親族に、配分するおつもりなのですよ」
「何……?」
覆水は、嘘をついているようには見えない。けれど、こんな小ずるそうな顔をした男の言うことなど、信用したくない。
「先永遠氏は、死を覚悟してから、あなた方にたいする今までの仕打ちの酷さに気付いたのです。そして、反省したのですよ。それで、自分が病気で死んだ時には、残った親族全てに、自分の財産を平等に分けるようにという、遺書を書いたのです」
「まさか……。あの遠叔父が、そんなことをするはずが」
「ですが、したのですよ。分かりますか? 彼の余命はもう一ヶ月もない。今あなたが彼を殺しに行ったところで、よぼよぼの病人をいたぶることになるだけですよ。止めておきなさい」
覆水は、優しげに言う。
「そんな。そんなことって。酷い、酷すぎる」
「でも、人を殺すよりは良いでしょう。だから、思いとどまってくださいな」
「…………」
私は黙って、方向転換した。これ以上覆水の言葉を聞いていると、混乱して頭が破裂してしまいそうだ。――くそ、面白くない。
「覆水再起」
私は、もと来た道をふらつく足で辿りながら、言い捨てた。
「私はあんたを、一生恨む」
「それはそれは」
後ろから聞こえた覆水の声は、のんびりとしていた。
「有難う御座います」