天の扉が開くまで

 日曜の礼拝が終わった。帰宅する人々を見送っていると、会衆席に座ったままこちらをじっと見つめている少女に気がついた。大きな瞳が不安げに瞬き、私にSOSを送っているのがわかった。
「どうしたんだい? もう礼拝は終わったよ」
 近づいて声をかけると、少女は三つ編みのお下げを手でしきりに撫でながら、私を見つめた。
「神父様……助けてください、私……」
 隣に座ってよくよく話を聞くと、どうやら一週間ほど前から頭の中が「うるさい」のだと言う。
「他の人の声や、私の声が聞こえづらいくらい雑音がすごくて……それなのに、全然知らない女の子の声だけやたらとクリアに聞こえてきて、私……おかしくなりそうで」
「それは不安だね。私の声はどう? やっぱり聞こえづらいかな」
 尋ねると、少女はハッと顔を上げた。
「そういえば神父様の声だけはハッキリ聞こえます。不思議……」
 私は彼女の肉体の底、魂を透かし見た。純白の魂は小さく揺らいでいるが、大きな問題はなさそうだ。精神、および脳の問題ではないだろう。当たり障りのない会話を続けながらさらに観察を続けると、少女の魂に干渉しようとする、薄い黒色のベールを見つけた。これは……。
「知らない女の子の声が聞こえるようになったのは一週間ほど前からだと言ったね。その時期に、何かあった?」
 少女は視線をさまよわせた。言いづらいことがあるのだろう。逡巡と葛藤の末、彼女はため息をつくように言った。
「肝試しをしに……この間、殺人事件があったお屋敷に忍び込んだんです」
 確かに先日、市内で痛ましい事件が起きた。犯人はすぐに見つかったが、犠牲となった女の子はまだ幼かったらしく、世間は悲しみに暮れている。
 一瞬の沈黙を非難と受け取ったのか、少女は「でも」と焦ったように続けた。
「私、そんなのやめようって言ったんです。友達が悪ノリしちゃって、止めるためについて行ったんです。だってそんなの、あんまりにも……」
 言葉を切って涙まじりに私を見上げる視線に、頷いて見せる。
「大丈夫。君がそんなことを楽しむような人じゃないことは、私にもわかるよ。君はとても優しい人だ」
 そして……だからこそ、寂しい思いをしていた魂を惹きつけてしまった。
「神父様……」
「頭に触ってもいいかな」
「はい」
 私は彼女の小さな頭に、両手を置いた。この少女自身よりもさらに大きな不安と寂しさに混乱し、優しげな魂に引き寄せられてしまった、小さな女の子に呼びかける。
「さあ、これでどうだろう。少しは良くなったかな」
 頭から手を離すと、少女の表情が明るくなった。
「雑音も、女の子の声も聞こえなくなりました……すごい、どうして?」
「ふふ。気の持ちようでどうにかなることもあるのさ。さあ、安心してお帰り。また何かあったら、遠慮なく声をかけてね」
「ありがとうございます、神父様!」
 少女は朗らかに、穏やかな日曜の光の中へ出て行った。その背中を見送って、私はかたわらの空間に話しかける。
「そんなに寂しそうにしないで。お迎えが来るまで、私が話し相手になるからね。大丈夫、もう誰かの体の中に入らなくても、寂しくないよ。私が一緒にいるからね……」
1/1ページ
スキ