悪魔のお気に入り
お化け屋敷はなかなかの人気を博しているようだ。日常を過ごすだけでは得られないスリルを楽しむために、こんなにも多くの人間がわざわざ郊外に足を運ぶのは滑稽でもある。しかし、そんなことは今どうでもいい。
俺は指を鳴らして、姿を消した。スタッフの後について通用口から建物に入り、調査を始める。
スタッフ用の通路のあちこちに設置してあるスピーカーから客の悲鳴が聞こえてきて、その度に、扮装した『お化け』達が嬉しそうにハイタッチしている。規模の大きな建物だけあり入り組んでいるが、人の悪意だけに集中して辿ればいい。俺は『お化け』達の間をすり抜けるようにして、悪意が特に凝り固まっている場所を探し回った。
やがて辿り着いたのは、『お化け』たちの控室だった。出ずっぱりの彼らは、滅多なことでは戻ってこないだろう。何者かが拠点とするにはうってつけだ。
だが、これだけでは……。
俺は狭苦しい控室の、ロッカー扉を全て開き、クローゼットの衣装の隙間を確認した。ぐるぐる歩き回って、壁をノックしてみた。
やがて、音の変わる壁を見つけることができた。少し力を入れて押してみたが、びくともしない。面倒になってきたので魔法を使って壁を抜けようかとも思ったが、何かあった時に仕掛けを知らないでは対処ができないだろう。仕方ない。地道に手と足を使うことにして、俺はまた暫く、あちこちを叩いたり鏡を覗き込んだりした。
十分ほど経った頃、ようやく仕掛けを見つけた。照明器具のひとつのネジが緩んでいたので器具自体を回転させてみたら、ビンゴだった。壁が動いて、隠されていた隣室が現れた。
「ほう。これはこれは」
現れた部屋には、五人ほどの少女達が縛られて壁際に身を寄せ合っていた。口をテープで塞がれて、怯えた十の目が、ひとりでに開いた扉を見つめている。
俺は姿を消したままで、隠し部屋を見渡した。ざっと見ただけで大体の意図は把握できた。どうやら犯人はかなり気の短い奴らしい。五人の生贄を見繕い、幽閉し、儀式を行う……これら全てを一箇所で行おうと考えるくらいに。
「しかし、久々に見たな、この魔法陣」
壁と床に書かれている図形と記号は、悪魔召喚の魔法陣だ。ところどころ不正確で、これではあまり意味がないだろうが……低級の使い魔くらいなら呼び出せるかもしれない。
「んー!」
少女の一人が何とか立ちあがろうと、足首のところで縛られた脚を動かした。声を上げられなくても、唸り声なら出せる。
さて、どうしようか。
俺は必死でもがく五人の少女たちを見つめながら考えた。今ここで彼女たちを解放してやってもいいのだが、俺にメリットがない。それよりはここで張って犯人を確認してからゆっくりと処遇を考えた方が——
ガチャリという音と共に、俺の背後で控室のドアが開いた。
「まったくもう、ぼくは演者じゃないというのに……」
ぼやきながら入ってきたのは意外な人物だった。童顔のエクソシスト、マイケル……笑い話のような経緯で俺のことを師匠 と呼ぶようになった、生真面目な男だ。おおかた、この事件の匂いを嗅ぎ取って調べに来ていたのだろう。
しかし、タイミングがよくない。俺はまだ、この犯行を企てた人間を確認できていない。
「この匂い……」
呟きながら部屋の中へ足を踏み入れたマイケルは、隠し部屋と縛られた少女達に気がついて駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
少女達の拘束を解き始めたマイケルを見つめながら、俺は思考を巡らせた。指を鳴らしてこの場にいる全員の記憶を消してやってもいいのだが、しかしまあ、こうなれば犯人が判明するのも時間の問題か。警察沙汰になっても、犯人が自明なら、俺の仕事に飛び火することもない。あとは神父に任せても……。
再び、静かに控室のドアが開いた。マイケルや少女達は取り込み中で気づいていない。忍び込んできた男は即座に部屋の様子を把握したようで、そっとマイケルの背後に近づいた。控え室に置いてあった、ごつい灰皿を手に。
俺は指を鳴らして姿を現し、鈍器を構えた男の手首を捻り上げた。そのまま相手の両手を背中に回し、拘束する。
「ッ……!!」
男は声にならない悲鳴を上げた。灰皿が落ちた音でマイケルは振り返り、たださえ大きな目を丸くした。
「せ、師匠!?」
「人助けは結構だが、背後にも気をつけることだ」
「そ、そいつが?」
「多分、犯人だろう。さあ、なぜだか駆けつけたお前の先輩と一緒にその子達を保護して、警察を呼んでくれ。俺はこいつを何とかする」
俺の言葉と共に、なぜ来ていたのだかさっぱり分からないが、俺の天使が控室のドアから顔を出した。
「やっぱり事件が起きていたんだな。マイケル、よくやったね。一緒に責任者の所へ行こう」
「先輩……! はい、ありがとうございます!」
マイケルと天使は、ふらつく少女達を連れて出て行った。部屋には、俺と男だけが残された。男は俺に拘束されてからずっと、なにごとか喚いている。
「うるさいぞ。静かにしろよ、悪魔崇拝者」
ぴたりと、男の妄言が止んだ。
「なぜそれが分かったのか、と問いたげだな。そりゃあ誰でも分かるさ、この魔法陣を見れば。だがな。残念なことに、お前には俺たちを呼び出すことはできない」
「は……?」
てっきり警察に引き渡されるものと思っていたのだろう。男は、意味不明なことを言う相手を見上げて口をパクパクさせた。
俺は男を引きずるようにして隠し部屋へ入り、指を鳴らして再び壁を閉じた。密室の照明は裸電球ひとつだ。ちかちかと光が点滅する中で、男の顔にようやく恐怖が表れた。
「魔法陣に間違いがあるのは大目に見るとしても、だ。俺たち悪魔はあんな少女の魂なんか要らないんだよ。無垢で何の汚れもない、重みもない魂なんてな。俺たちが欲しいのは」
にっこりと笑いかけると、男の顔が引き攣った。
「お前みたいに汚れ切った魂さ」
俺は指を鳴らして、姿を消した。スタッフの後について通用口から建物に入り、調査を始める。
スタッフ用の通路のあちこちに設置してあるスピーカーから客の悲鳴が聞こえてきて、その度に、扮装した『お化け』達が嬉しそうにハイタッチしている。規模の大きな建物だけあり入り組んでいるが、人の悪意だけに集中して辿ればいい。俺は『お化け』達の間をすり抜けるようにして、悪意が特に凝り固まっている場所を探し回った。
やがて辿り着いたのは、『お化け』たちの控室だった。出ずっぱりの彼らは、滅多なことでは戻ってこないだろう。何者かが拠点とするにはうってつけだ。
だが、これだけでは……。
俺は狭苦しい控室の、ロッカー扉を全て開き、クローゼットの衣装の隙間を確認した。ぐるぐる歩き回って、壁をノックしてみた。
やがて、音の変わる壁を見つけることができた。少し力を入れて押してみたが、びくともしない。面倒になってきたので魔法を使って壁を抜けようかとも思ったが、何かあった時に仕掛けを知らないでは対処ができないだろう。仕方ない。地道に手と足を使うことにして、俺はまた暫く、あちこちを叩いたり鏡を覗き込んだりした。
十分ほど経った頃、ようやく仕掛けを見つけた。照明器具のひとつのネジが緩んでいたので器具自体を回転させてみたら、ビンゴだった。壁が動いて、隠されていた隣室が現れた。
「ほう。これはこれは」
現れた部屋には、五人ほどの少女達が縛られて壁際に身を寄せ合っていた。口をテープで塞がれて、怯えた十の目が、ひとりでに開いた扉を見つめている。
俺は姿を消したままで、隠し部屋を見渡した。ざっと見ただけで大体の意図は把握できた。どうやら犯人はかなり気の短い奴らしい。五人の生贄を見繕い、幽閉し、儀式を行う……これら全てを一箇所で行おうと考えるくらいに。
「しかし、久々に見たな、この魔法陣」
壁と床に書かれている図形と記号は、悪魔召喚の魔法陣だ。ところどころ不正確で、これではあまり意味がないだろうが……低級の使い魔くらいなら呼び出せるかもしれない。
「んー!」
少女の一人が何とか立ちあがろうと、足首のところで縛られた脚を動かした。声を上げられなくても、唸り声なら出せる。
さて、どうしようか。
俺は必死でもがく五人の少女たちを見つめながら考えた。今ここで彼女たちを解放してやってもいいのだが、俺にメリットがない。それよりはここで張って犯人を確認してからゆっくりと処遇を考えた方が——
ガチャリという音と共に、俺の背後で控室のドアが開いた。
「まったくもう、ぼくは演者じゃないというのに……」
ぼやきながら入ってきたのは意外な人物だった。童顔のエクソシスト、マイケル……笑い話のような経緯で俺のことを
しかし、タイミングがよくない。俺はまだ、この犯行を企てた人間を確認できていない。
「この匂い……」
呟きながら部屋の中へ足を踏み入れたマイケルは、隠し部屋と縛られた少女達に気がついて駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
少女達の拘束を解き始めたマイケルを見つめながら、俺は思考を巡らせた。指を鳴らしてこの場にいる全員の記憶を消してやってもいいのだが、しかしまあ、こうなれば犯人が判明するのも時間の問題か。警察沙汰になっても、犯人が自明なら、俺の仕事に飛び火することもない。あとは神父に任せても……。
再び、静かに控室のドアが開いた。マイケルや少女達は取り込み中で気づいていない。忍び込んできた男は即座に部屋の様子を把握したようで、そっとマイケルの背後に近づいた。控え室に置いてあった、ごつい灰皿を手に。
俺は指を鳴らして姿を現し、鈍器を構えた男の手首を捻り上げた。そのまま相手の両手を背中に回し、拘束する。
「ッ……!!」
男は声にならない悲鳴を上げた。灰皿が落ちた音でマイケルは振り返り、たださえ大きな目を丸くした。
「せ、師匠!?」
「人助けは結構だが、背後にも気をつけることだ」
「そ、そいつが?」
「多分、犯人だろう。さあ、なぜだか駆けつけたお前の先輩と一緒にその子達を保護して、警察を呼んでくれ。俺はこいつを何とかする」
俺の言葉と共に、なぜ来ていたのだかさっぱり分からないが、俺の天使が控室のドアから顔を出した。
「やっぱり事件が起きていたんだな。マイケル、よくやったね。一緒に責任者の所へ行こう」
「先輩……! はい、ありがとうございます!」
マイケルと天使は、ふらつく少女達を連れて出て行った。部屋には、俺と男だけが残された。男は俺に拘束されてからずっと、なにごとか喚いている。
「うるさいぞ。静かにしろよ、悪魔崇拝者」
ぴたりと、男の妄言が止んだ。
「なぜそれが分かったのか、と問いたげだな。そりゃあ誰でも分かるさ、この魔法陣を見れば。だがな。残念なことに、お前には俺たちを呼び出すことはできない」
「は……?」
てっきり警察に引き渡されるものと思っていたのだろう。男は、意味不明なことを言う相手を見上げて口をパクパクさせた。
俺は男を引きずるようにして隠し部屋へ入り、指を鳴らして再び壁を閉じた。密室の照明は裸電球ひとつだ。ちかちかと光が点滅する中で、男の顔にようやく恐怖が表れた。
「魔法陣に間違いがあるのは大目に見るとしても、だ。俺たち悪魔はあんな少女の魂なんか要らないんだよ。無垢で何の汚れもない、重みもない魂なんてな。俺たちが欲しいのは」
にっこりと笑いかけると、男の顔が引き攣った。
「お前みたいに汚れ切った魂さ」