15年間X漬けだった私が脱X依存のためにやった2つのこと①
Xとの付き合いが10年以上に及んだ頃、1冊の本を読んだ。
ジョニー・オデル「何もしない」(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。
出版社の作品ページへのリンク
ちょうど10年ほど続けてきた仕事を辞めたタイミングで、自分の状況に合致するタイトルに惹かれ、深いことは考えずに読み始めた。
そこで初めて(それまで意識せずにいただけかもしれないが)「アテンション・エコノミー」という言葉に出会ったのだった。
「アテンション・エコノミー」について、総務省のサイトでは以下のように説明している。
興味や関心、注目 (=アテンション) をひくような情報によって、クリックを促し、より多くの広告をみたり、サービスを使ってもらおうとするネット上のしくみ(=経済モデル)のことをいいます。
(総務省 知っておきたい16のキーワード「アテンション・エコノミー」より)
「何もしない」を読んだのは2年ほど前のことだ。内容を簡単に紹介できるほど、もう覚えていない(再読したい)。
タイトルが面白いので気になる人も多いと思う。書籍カバー裏の紹介文を引用するので、どんな本なのか何となく感じてほしい。
SNSなど、人々の関心を売買する「アテンションエコノミー」が跋扈する現代。そこから抜け出すために必要なのは効率主義から離れてみることーー「何もしない」ことだ。つながりを避けては生きられない時代に、自らにふさわしいあり方を見つけ出すヒントを、哲学者、鳥たち、街頭を行き交う人人が教えてくれる。アーティスト・作家である著者が芸術と思想の知見を駆使して綴る新たなスタイルの自己啓発書。解説/小川公代
(ジョニー・オデル「何もしない」カバー裏より)
それまでも、例えばアンデシュ・ハンセン「スマホ脳」(新潮選書)のような、スマホ依存に警鐘を鳴らす書籍は読んでいた。しかし「何もしない」を読んで初めて「アテンション・エコノミー」というものが世界を侵食していることを知り、それに抵抗しなくてはいけないと思った。
少なくとも無意識的にSNSに奪われている時間は、取り返さなくてはいけない。
ただ、この時点ではそういう経済モデルが人々の注意を搾取しているのだな、という漠然とした理解しかできていなかった。
XのTLを、特に読みたいとも思っていないのにぼーっとスクロールしてしまうのはアテンション・エコノミーの最たる例だということはわかったし、それによって本来もっと違う方向に使われるはずだった時間を無駄にしていることもわかった。
でもこの時点では「時間を無駄に使わないよう気をつけないとなあ」止まりだった。
「気をつけよう」と思うだけでは、人の注意を惹くよう巧妙に設計されたアプリに敵うはずがない。
私は具体的な対策もせず、TLをスクロールする日々に戻っていった。
ジョニー・オデル「何もしない」(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。
出版社の作品ページへのリンク
ちょうど10年ほど続けてきた仕事を辞めたタイミングで、自分の状況に合致するタイトルに惹かれ、深いことは考えずに読み始めた。
そこで初めて(それまで意識せずにいただけかもしれないが)「アテンション・エコノミー」という言葉に出会ったのだった。
「アテンション・エコノミー」について、総務省のサイトでは以下のように説明している。
興味や関心、注目 (=アテンション) をひくような情報によって、クリックを促し、より多くの広告をみたり、サービスを使ってもらおうとするネット上のしくみ(=経済モデル)のことをいいます。
(総務省 知っておきたい16のキーワード「アテンション・エコノミー」より)
「何もしない」を読んだのは2年ほど前のことだ。内容を簡単に紹介できるほど、もう覚えていない(再読したい)。
タイトルが面白いので気になる人も多いと思う。書籍カバー裏の紹介文を引用するので、どんな本なのか何となく感じてほしい。
SNSなど、人々の関心を売買する「アテンションエコノミー」が跋扈する現代。そこから抜け出すために必要なのは効率主義から離れてみることーー「何もしない」ことだ。つながりを避けては生きられない時代に、自らにふさわしいあり方を見つけ出すヒントを、哲学者、鳥たち、街頭を行き交う人人が教えてくれる。アーティスト・作家である著者が芸術と思想の知見を駆使して綴る新たなスタイルの自己啓発書。解説/小川公代
(ジョニー・オデル「何もしない」カバー裏より)
それまでも、例えばアンデシュ・ハンセン「スマホ脳」(新潮選書)のような、スマホ依存に警鐘を鳴らす書籍は読んでいた。しかし「何もしない」を読んで初めて「アテンション・エコノミー」というものが世界を侵食していることを知り、それに抵抗しなくてはいけないと思った。
少なくとも無意識的にSNSに奪われている時間は、取り返さなくてはいけない。
ただ、この時点ではそういう経済モデルが人々の注意を搾取しているのだな、という漠然とした理解しかできていなかった。
XのTLを、特に読みたいとも思っていないのにぼーっとスクロールしてしまうのはアテンション・エコノミーの最たる例だということはわかったし、それによって本来もっと違う方向に使われるはずだった時間を無駄にしていることもわかった。
でもこの時点では「時間を無駄に使わないよう気をつけないとなあ」止まりだった。
「気をつけよう」と思うだけでは、人の注意を惹くよう巧妙に設計されたアプリに敵うはずがない。
私は具体的な対策もせず、TLをスクロールする日々に戻っていった。