絶対音感は風邪ひくとつらいよ
新生バンド「a hollow in the world」のメンバー四人は、狭い貸しスタジオで練習しているところだ。ひと月ほど前にライブハウスでのデビューライブを成功させ、また違うライブハウスでのライブを三日後に控えている彼らは、晴歌が制作した新曲を中心に、最後の確認を行なっている。ドラム担当のユイはメンバー最年少でまだ大学生だが、社会人である晴歌やギター担当の暁時にスカウトされたほどの腕を持っている。一定のリズムを刻み続けるドラムの性質か、メンバーのちょっとした変化にいち早く気が付くのはユイだった。
「リーダー、具合悪いんじゃないですか」
曲の途中にも関わらず、ユイは声を上げた。晴歌はメンバーを見渡せる位置に立ってマイクを構えていたが、演奏を止めた他のメンバーとともに、ユイに視線を向けた。ライブや宣材写真などでは人を煽るように睨みつける晴歌だが、それ以外では穏やかな好青年然としている。つい数秒前までは攻撃的な歌詞を叩きつけるように歌っていた彼は、柔らかな口調で答えた。
「いや、何ともないよ」
他のメンバーは顔を見合わせ、楽器を置いた。晴歌のすぐ隣に立っているギター担当の
「本当に何ともないって。それよりライブは三日後だ、手を止めてる時間はない」
「そうは言っても。リーダー、さっきからちょっとずつテンポずれてますもん。そんなんじゃ練習したって仕方ないっす」
冷静なユイの言葉に、晴歌は黙ってマイクを持つ手を下げた。ベース担当の
「実は、今朝からちょっと風邪気味なんだ」
「じゃあ練習はここまでにして、今日はもう帰って休もう。な?」
暁時の提案に、晴歌は渋い顔を崩さない。
「でも、三日後だぜ」
「三日後だからです! ライブは万全の体制で行わないと。せっかく聴きにきてくれるお客さんに完璧な演奏を披露できないんじゃ本末転倒ですよ」
正論だった。晴歌を除いて全員が、深く頷く。
「ユイの言うとおりだ、ハル。栄養あるもん食べて、ゆっくり寝て、ああそうだバイトも休んで、ライブで最高の演奏してやろうぜ」
暁時は愛用のギターをケースに仕舞い始めた。ハルはまだ納得行かなげに立っていたが、メンバーに促されてスタジオから出た。
「まだスタジオのレンタル時間が残っているし、俺を抜かして練習してくれて構わないんだが……」
「いや、ハル抜きで練習したって仕方ないだろ。個々の演奏はもう十分練習してるわけだし。あとは各自で最終練習しておこう」
「そうです、そうしましょう」
暁時とユイが口々に言う。碧波が挙手をした。
「俺、看病なら得意だよ」
「ナオさん、お気持ちだけありがたく受け取っておきます……」
スタジオから出て、彼らは解散した。