カセットテープってどんなの?
「これがラジカセってやつですか」
「初めて見ました」
「正確にはCDラジカセだよ。ほら、ここにCDを入れられるんだ」
碧波が天面を軽く押すと、そこが円形に開いた。中には確かに、CDがセットされている。
「へえ。俺、CDもあんまし見たことなかったです。こうやって聴くんですね」
ユイが物珍しげにCDを眺めるのを見て、同じように机を囲んでいた
「現役大学生はCDも見たことないのか……」
「俺とハルの家では、親がCD聴いてること多かったしな……。二、三歳下ってだけでこんなに違うもんか?」
ユイは二人の会話に恥ずかしそうな笑いを浮かべ「俺の家族はあんまり音楽聴かないから……」と言った。
「それで、ナオさん。カセットテープはどこに入れるんですか」
ユイの質問に、碧波は機械の前面を指で押した。長方形に開いたその部分にも、やはりカセットテープがセットされていた。
「わあ、これが噂に聞く! ……手に取ってみてもいいですか」
「いいよ。はい、どうぞ」
ユイは受け取ったカセットテープを裏返したり光に透かしたりして、しげしげと見つめた。
「本当にテープが巻いてあるんですねえ」
「カセットテープだからねえ」
ユイと碧波がのんびりとした会話を交わす間に、晴歌と暁時はラジカセの後ろ部分に入力ポートがあることを確認していた。所持者である碧波に事前に確認してもらってはいたが、いかんせん天然なところがある彼の言葉を信頼しきれていなかったのだ。
「オッケー。これならパソコンから録音できる」
晴歌が言うと、ユイはガッツポーズをした。
「これでライブ物販の時に売り出せますね!」
昨今の若者の間でカセットテープが人気である、物販の際にグッズの一つとするのはどうか、と言い出したのはユイだった。彼らのバンド『a hollow in the world』における広報を担当しているユイの言葉には、メンバー全員が賛成した。デジタル全盛の現代で録音にも再生にも手間のかかるアナログ機械の価値がむしろ見直されている、という説明には説得力があった。
録音自体はパソコン経由でできるが、肝心のラジカセを所有しているのが碧波だけだったため、今日は彼に持ってきてもらったのだ。
「昔はできなかったみたいですが、今はカセットテープに全面印刷できるらしいんですよ。かなりお洒落に仕上げられるみたいで。可愛いガジェット好きな女子にもウケること間違いなしです!」
ユイはすぐに女子ウケに走るが、カセットテープは若者だけでなく年輩にも受け入れられやすいかもしれない。リーダーの晴歌はそう考えて、提案を採用したのだった。
「まあパッケージとかは試作してから考えるとして。ナオさん、俺たちもあまりカセットって聴いたことなくて……ちょっと再生試してもいいですか」
晴歌の言葉に、碧波はにこやかに頷いた。
「そう言うと思って、テープをセットしてきたんだよ。ふふふ、皆は音源を当てられるかな」
「音源……?」
誰の何という曲か、というクイズなら、よほどマイナーなものでない限り当てられる自信が晴歌にはあるが、音源という言い方は引っかかる。カセットテープでの録音が流行した当時は様々なものの音やラジオ番組等を録音して楽しんだと聞くが、碧波が持ってきた物もそうなのだろうか。しかし、碧波もメンバーでは最年長とはいえまだ二十代だ。自分たちの親やそれ以上の世代とは違うだろう。
できれば普通に有名な音楽を録音したものを聴きたかったが……。
「それじゃあ再生するね」
碧波はカセットテープの再生ボタンを押した。メンバーの耳目が一斉にそちらに集中する。
『にゃー』
「にゃー!?」
暁時が思わず復唱した。
『にゃあ、にゃあ、にゃーっ』
「これ、猫……」
暁時が困惑げに碧波を見る。碧波は満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「そう! 猫ちゃんの鳴き声だよ! 当時住んでいたアパートの近くに猫の集会所があってね、そこに通い詰めて録音したんだ」
碧波以外のメンバーは目配せを交わし合った。これは雲行きが怪しいぞ。
「それじゃあ次の音源はわかるかな」
碧波だけはウキウキだ。女性ファンが見たら喜びそうな笑みを浮かべたまま、慣れた手つきで早送りボタンを押し、目当ての箇所で止めて再生した。
『…………ッ…………ごぼッ……』
「ごぼ!?」
暁時が聞こえたままを口にした。碧波はますます楽しそうに目を細める。
「な、何だよ、ごぼって……。水の音っぽかったけど……」
「うーん……。海とか、川、とか……」
「これひょっとして、生き物繋がりですか……?」
ユイが自信なさげ、と言うよりも恐る恐る質問する。碧波は「よくわかるね」と頷き、彼以外の三人はお互いを見やった。こんな調子では、肝心の音質など確認しようもない。
「金魚、ですか」
「違うよ」
「金魚以外の魚?」
「ぶぶー」
碧波は子供のようにクイズを楽しんでいる。喋らなければ道を歩くだけで女性が振り返るほどの美形の彼が、ライブやその他のシーンで口を開かないように頼み込まれているのには、しっかり理由があるのだった。
「ちょっと難しかったかな。これはね、実家の庭に植えてある松の木が水を吸い上げてる音です!」
晴歌は額を抑え、暁時は天井を仰ぎ、ユイは唸った。
「録音が大変だったんだよ、これ。聴診器をマイクにつけたりして……」
碧波だけは弾む声で説明を続け、その後も同様のクイズを十問出題した。晴歌たちはカセットテープで聴く音楽がどのようなものなのかよくわからないままにその場を終え、後日改めて集まり、別の曲を聞き直してグッズ制作に取り掛かったという。