探偵殿の作戦
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浴室にて、瑞月は丹念に身体を清めた。下着をつけたのち、指通りがいいよう乾かした髪にしっかりブラシを通す。そして夜着ではなく、瑞月はあるボックスに手を伸ばした。普段は洗剤の詰め替えを入れておくそれに、直斗から提案された作戦に必要な品——コスプレ衣装——を隠しておいたのだ。
***
直斗は、夜に普段使いではない服——コスプレ衣装を使用する作戦を提示してきたのだ。初めに結論を示した彼女は、滑らかに根拠を語り出す。
『『メラビアンの法則』という心理学用語があります。人は『言語』・『聴覚』・『視覚』、3つの情報が相手に与える影響を表した研究と、その結果を示す用語です。
さて、瀬名先輩は言語・聴覚・視覚のうち、もっとも相手に影響を与える情報は何だと思いますか?』
「それなら知っている。『視覚』だろう。人間は『視覚』から得る情報を重視しているから、身だしなみに気を付ける警句として使われているな」
さすがです。と直斗が楽しげに瑞月を褒めた。司会者が、コメンテーターの発言から進行の筋道を得たときの、熱を帯びた口調だ。
『おっしゃる通りです。『見た目や服装が、人の印象に与える影響が大きい』とも要約できますね。——だからこそ、普段と異なる服装は、相手に大きな刺激となり得るとも言い換えられませんか?』
「! 確かに」
後輩の鋭い知性に、瑞月は面食らう。心理学の研究結果への本質的な理解に基づいた、論理的な作戦を提案してきた。瑞月は管を巻く。
もともとの利発さもそうだけれど、日々知識を蓄積しているから、恋愛の分野でも柔軟な発想ができるのだろう。努力を怠らない後輩を、瑞月は素直に尊敬する。
それにしても、直斗の口ぶりは自信に満ち溢れていた。慎重な彼女にしては珍しいと、瑞月はつい問いを投げる。
「直斗殿。その作戦にずいぶんと自信があるようだな。まるで、自分から実行した経験があるのだと思える」
『…………はい』
「なんと」
か細い声ののち、直斗は黙ってしまった。あっけにとられる瑞月だが、しばらく経つと納得する。
一見すれば直斗はクールでドライ、何事にも動じない人間に見える。しかし、そう振舞っているだけだ。
本当は、人一倍の寂しさを抱えた、いじらしい女性である。ゆえに執着心も強く、手放したくないもののためならば大胆な行動も辞さない。
「ありがとう、直斗殿。君の利発さと、それを維持するだけの努力、大切なものを手放さないために行動を起こす勇気を、いつも私は尊敬しているよ」
『か、からかわないでください』
「からかいなんて、軽い言葉を告げたつもりはないよ」
うっと、直斗は口ごもった。相変わらず、彼女は褒められ慣れていない。電話越しでまごついているであろう、かわいい後輩を見られないのは残念だ。
相談を引き受けてもらったお礼もかねて、今度食事に連れ出そうと瑞月は決めた。
道理だって前例まである直斗の提案はたしかに魅力的だ。意気揚々と、瑞月は直斗の作戦を反芻する。が、ある問題に気が付いてしまった。意気消沈と、瑞月は眉尻を下げる。
「だが、私に似合うコスプレ衣装なんてあるのだろうか。そういった方面には詳しくないから、正直……陽介を幻滅させないか不安だ」
『大丈夫。ささやかながら、僕もアドバイスを提示しましょう。それに——』
「それに?」
理知的な冷たさをもった直斗の声が、不意に温かな響きを持った。背中を柔らかく押すような、安心させるような、直斗の声が瑞月の耳朶に語り掛ける。
『花村先輩は、誰よりも瀬名先輩を大切にしていますから。あなたが花村先輩を想って起こした行動なら、花村先輩は絶対に受け止めてくれるでしょう』
今度は、瑞月が口ごもる番だった。陽介が瑞月を愛してくれているのは事実だ。
けれど、第三者からその事実を告げられると、また違った側面から陽介の愛情が浮き彫りになって、瑞月の心はかき乱されてしまう。
一つの絵に、新しい見方を見出したときの感動にも似た、心のうねりに似ている。観察眼に優れた直斗の発言ならば、説得力が突き抜けているので、なおさら。
そして瑞月は、直斗の作戦を受け入れた。直斗によるアドバイスや、瑞月自身の調査も経て、コスプレ衣装を用意したのであった。電話越しの直斗は、照れる瑞月を温かな微笑と共に見守ってくれた。
***
直斗は、夜に普段使いではない服——コスプレ衣装を使用する作戦を提示してきたのだ。初めに結論を示した彼女は、滑らかに根拠を語り出す。
『『メラビアンの法則』という心理学用語があります。人は『言語』・『聴覚』・『視覚』、3つの情報が相手に与える影響を表した研究と、その結果を示す用語です。
さて、瀬名先輩は言語・聴覚・視覚のうち、もっとも相手に影響を与える情報は何だと思いますか?』
「それなら知っている。『視覚』だろう。人間は『視覚』から得る情報を重視しているから、身だしなみに気を付ける警句として使われているな」
さすがです。と直斗が楽しげに瑞月を褒めた。司会者が、コメンテーターの発言から進行の筋道を得たときの、熱を帯びた口調だ。
『おっしゃる通りです。『見た目や服装が、人の印象に与える影響が大きい』とも要約できますね。——だからこそ、普段と異なる服装は、相手に大きな刺激となり得るとも言い換えられませんか?』
「! 確かに」
後輩の鋭い知性に、瑞月は面食らう。心理学の研究結果への本質的な理解に基づいた、論理的な作戦を提案してきた。瑞月は管を巻く。
もともとの利発さもそうだけれど、日々知識を蓄積しているから、恋愛の分野でも柔軟な発想ができるのだろう。努力を怠らない後輩を、瑞月は素直に尊敬する。
それにしても、直斗の口ぶりは自信に満ち溢れていた。慎重な彼女にしては珍しいと、瑞月はつい問いを投げる。
「直斗殿。その作戦にずいぶんと自信があるようだな。まるで、自分から実行した経験があるのだと思える」
『…………はい』
「なんと」
か細い声ののち、直斗は黙ってしまった。あっけにとられる瑞月だが、しばらく経つと納得する。
一見すれば直斗はクールでドライ、何事にも動じない人間に見える。しかし、そう振舞っているだけだ。
本当は、人一倍の寂しさを抱えた、いじらしい女性である。ゆえに執着心も強く、手放したくないもののためならば大胆な行動も辞さない。
「ありがとう、直斗殿。君の利発さと、それを維持するだけの努力、大切なものを手放さないために行動を起こす勇気を、いつも私は尊敬しているよ」
『か、からかわないでください』
「からかいなんて、軽い言葉を告げたつもりはないよ」
うっと、直斗は口ごもった。相変わらず、彼女は褒められ慣れていない。電話越しでまごついているであろう、かわいい後輩を見られないのは残念だ。
相談を引き受けてもらったお礼もかねて、今度食事に連れ出そうと瑞月は決めた。
道理だって前例まである直斗の提案はたしかに魅力的だ。意気揚々と、瑞月は直斗の作戦を反芻する。が、ある問題に気が付いてしまった。意気消沈と、瑞月は眉尻を下げる。
「だが、私に似合うコスプレ衣装なんてあるのだろうか。そういった方面には詳しくないから、正直……陽介を幻滅させないか不安だ」
『大丈夫。ささやかながら、僕もアドバイスを提示しましょう。それに——』
「それに?」
理知的な冷たさをもった直斗の声が、不意に温かな響きを持った。背中を柔らかく押すような、安心させるような、直斗の声が瑞月の耳朶に語り掛ける。
『花村先輩は、誰よりも瀬名先輩を大切にしていますから。あなたが花村先輩を想って起こした行動なら、花村先輩は絶対に受け止めてくれるでしょう』
今度は、瑞月が口ごもる番だった。陽介が瑞月を愛してくれているのは事実だ。
けれど、第三者からその事実を告げられると、また違った側面から陽介の愛情が浮き彫りになって、瑞月の心はかき乱されてしまう。
一つの絵に、新しい見方を見出したときの感動にも似た、心のうねりに似ている。観察眼に優れた直斗の発言ならば、説得力が突き抜けているので、なおさら。
そして瑞月は、直斗の作戦を受け入れた。直斗によるアドバイスや、瑞月自身の調査も経て、コスプレ衣装を用意したのであった。電話越しの直斗は、照れる瑞月を温かな微笑と共に見守ってくれた。