寒桜
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しばらくすると、瑞月はバスルームからそろりと出てきた。濡れていた髪は完全に乾いて、用意されていた浴衣に身を通している。
「おまえさま。待たせてすまなかった」
「い、いや、全然、待ってねーよ」
ここまでの会話は、陽介の考えでは想定範囲だ。
しかし、
(なんて誘ったらいいのか、あんなにシミュレーションしたのに一個も思い出せねー!!)
そう、瑞月と夜を過ごすにあたって、陽介はいくつか誘い方をネットサイトなどを参考に考えていたはずであったが、いざ本番を目の前にしてすべての想定が頭から忘却されたのである。
このポンコツ!チェリー野郎!ガッカリ王子!と己を罵倒しながらなんとか言葉を作ろうと試みるが、一向にいいセリフが浮かばない。
「それよりお前、風呂とかダイジョブだったか?ちゃんとあったまったか?」
「あ、ああ。長く時間を貰ったから。湯冷めはしていないよ」
短いやり取りののち、沈黙が長引く。気まずさ余って陽介は顔を上げられずにいた。いったい、リードさえまともにできない恋人を、瑞月はどんな心持ちで見ているかと泣きそうになった、その時。
「あ……」
瑞月の唇から静かな驚きがこぼれ落ちる。陽介が怯えていた、失望といった感情は聞き取れない。まるで、雑踏の中から親しい人を偶然見つけかのような、懐かしさと愛しさが染みだした音だ。
「どした?瑞月」
「陽介。ええと」
瑞月はある方向へと指を向けた。すらりとした指先が示すのは、飾り棚に置かれた桜の造花。
「造花?たしかに、きれいだけどさ……」
陽介は首をかしげた。造花にしては精巧に作られているけれど、陽介にとっては部屋に花を添える(文字通りの意味でも)小道具にしか見えない。
なぜ、瑞月は感嘆の息を漏らしたのだろうか。
瑞月は陽介の意図を汲んだのだろう。ふるふると首を横に動かす。
「い、いや、懐かしくなったというか、感慨深くなったんだ」
「造花に?そりゃ何を?」
「陽介と出会ってから、もう3回目の春を迎えるのだなぁと」
陽介は息を飲む。
たしかに、今は桜の季節であった。陽介が彼女と出会ったのは高校1年の秋。彼女の言葉どおり、陽介は瑞月と3度目の春を迎えようとしている。
瑞月はゆっくりと瞼を閉じた。
「桜を通じて、いままで陽介と過ごしてきた時間を思い出したんだ。
楽しいことも、苦しいこともあったけれど、おまえさまと過ごしてきた時間は、私にとってどれも掛け替えのないもので……、何もかもが懐かしく、愛おしい時間たちだ」
閉じた瞼の裏に、きっと瑞月はたくさんの思い出を浮かべているのだろう。
季節が3回もめぐるほどに、時が経っていたのだ。
不意に瑞月が瞳を開いた。紺碧の瞳の中に、無数の小さな光が散らされている。
桜が光を弾いて輝いた空を宝石にして固めたようだ。そして、桜の正体は瑞月が過ごし、彼女の中に降り積もった思い出そのものだった。
瑞月は笑った。厳しい冬を乗り越えたからこそ得られる花の色のように、揺るぎない意志の強さを称えた笑みを、瑞月は陽介へと向ける。
「陽介。私と出会ってくれて、ありがとう」
陽介は思う。陽介は何度も瑞月に支えられてここまで来た。迷惑をかけたことだって、数知れない。けれども、彼女はそれすらも含めて、陽介との出会いは愛おしいものであったと躊躇 いもなく言い切るのだ。
「おまえさま。待たせてすまなかった」
「い、いや、全然、待ってねーよ」
ここまでの会話は、陽介の考えでは想定範囲だ。
しかし、
(なんて誘ったらいいのか、あんなにシミュレーションしたのに一個も思い出せねー!!)
そう、瑞月と夜を過ごすにあたって、陽介はいくつか誘い方をネットサイトなどを参考に考えていたはずであったが、いざ本番を目の前にしてすべての想定が頭から忘却されたのである。
このポンコツ!チェリー野郎!ガッカリ王子!と己を罵倒しながらなんとか言葉を作ろうと試みるが、一向にいいセリフが浮かばない。
「それよりお前、風呂とかダイジョブだったか?ちゃんとあったまったか?」
「あ、ああ。長く時間を貰ったから。湯冷めはしていないよ」
短いやり取りののち、沈黙が長引く。気まずさ余って陽介は顔を上げられずにいた。いったい、リードさえまともにできない恋人を、瑞月はどんな心持ちで見ているかと泣きそうになった、その時。
「あ……」
瑞月の唇から静かな驚きがこぼれ落ちる。陽介が怯えていた、失望といった感情は聞き取れない。まるで、雑踏の中から親しい人を偶然見つけかのような、懐かしさと愛しさが染みだした音だ。
「どした?瑞月」
「陽介。ええと」
瑞月はある方向へと指を向けた。すらりとした指先が示すのは、飾り棚に置かれた桜の造花。
「造花?たしかに、きれいだけどさ……」
陽介は首をかしげた。造花にしては精巧に作られているけれど、陽介にとっては部屋に花を添える(文字通りの意味でも)小道具にしか見えない。
なぜ、瑞月は感嘆の息を漏らしたのだろうか。
瑞月は陽介の意図を汲んだのだろう。ふるふると首を横に動かす。
「い、いや、懐かしくなったというか、感慨深くなったんだ」
「造花に?そりゃ何を?」
「陽介と出会ってから、もう3回目の春を迎えるのだなぁと」
陽介は息を飲む。
たしかに、今は桜の季節であった。陽介が彼女と出会ったのは高校1年の秋。彼女の言葉どおり、陽介は瑞月と3度目の春を迎えようとしている。
瑞月はゆっくりと瞼を閉じた。
「桜を通じて、いままで陽介と過ごしてきた時間を思い出したんだ。
楽しいことも、苦しいこともあったけれど、おまえさまと過ごしてきた時間は、私にとってどれも掛け替えのないもので……、何もかもが懐かしく、愛おしい時間たちだ」
閉じた瞼の裏に、きっと瑞月はたくさんの思い出を浮かべているのだろう。
季節が3回もめぐるほどに、時が経っていたのだ。
不意に瑞月が瞳を開いた。紺碧の瞳の中に、無数の小さな光が散らされている。
桜が光を弾いて輝いた空を宝石にして固めたようだ。そして、桜の正体は瑞月が過ごし、彼女の中に降り積もった思い出そのものだった。
瑞月は笑った。厳しい冬を乗り越えたからこそ得られる花の色のように、揺るぎない意志の強さを称えた笑みを、瑞月は陽介へと向ける。
「陽介。私と出会ってくれて、ありがとう」
陽介は思う。陽介は何度も瑞月に支えられてここまで来た。迷惑をかけたことだって、数知れない。けれども、彼女はそれすらも含めて、陽介との出会いは愛おしいものであったと