friendship
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「花ちゃん、お疲れ」
「小西先輩! お疲れっス!」
シフトが終わって帰宅する直前、従業員出入口にて陽介は小西先輩に話しかけられた。彼女は温そうなウールのマフラーに小さな顔をうずめている。
好きな人が話しかけてくれた。それだけの事実に、溜まっていたはずの疲労が陽介の身体からパッと抜ける。しかし、小西先輩の表情をみると、陽介は胡散臭そうな半目になった。
「なーに、俺の顔見て笑ってんスか、先輩」
「いや、だって、今日いきなり大声で客寄せし始めたんだもの。思い出すとおかしくて笑っちゃった」
陽介を見るなり、小西先輩はクスクスと笑い出したのだ。漏れ出る笑いを片手で覆い隠しているが、止める気は無いらしい。何かやらかして思い出し笑いを他人から受ける気恥ずかしさと、片恋の相手と話している浮き立った気持ちが混じり合って陽介の心境は複雑だ。
「いや、だってあの人らジュネスについて色々言ってたからさ。一応親の関わってる店だし、悪口好き放題言われたら嫌になるじゃん?」
小西先輩の悪口を言っていた事情は意図的に伏せた。わざわざ知らなくていい事実まで告げて、先輩が少しでも傷つく必要なんてないのである。
すると、小西先輩は驚きに小さな眉を引き上げた。そうして、まじまじと陽介を見つめている。
「なんすか先輩、俺の顔そんな風に見つめて」
「いや、花ちゃん。なんか変わったなぁって思ってさ」
「は? 俺の? いったいゼンタイどこが?」
怪訝そうに、陽介は首を捻る。すると小西先輩は不思議な瞳を陽介に向けた。まるで、羨ましそうな、寂しそうな、雪のなかで遠くの街明かりを眺めるような、複雑な瞳で。
「……わじょうりょうしゅ」
「……は?」
「ううん。何でもない。『水』が良くなったのかなって」
「みずぅ?」
よく分からない物言いで、コニシ先輩は煙に巻く。別に陽介は、飲む水なんて変えていない。普段飲むのはフツーに蛇口から捻って出た水道水だ。
ああでも、と陽介は思う。都会にいた頃はミネラルウォーターばかり飲んでいたけど、八十稲羽に来てからは水道水も美味しくて、ちょくちょく飲むようになっていたことを。
「……つまり、先輩は俺の肌ツヤが良くなったって、遠回しにいってると?」
「んー、分かんないかぁ。まぁ、そういうことでもいいんじゃん? 花ちゃん身体細いし」
「遠回しに不健康そうみたいに言うのヤメテッ!? 結構気にしてんのに!」
見事に、小西先輩の手のひらで転がされてしまう。結局、彼女の真意はよく分からないまま、陽介は「あーあ」とため息をついた。コニシ先輩は相変わらず食えない微笑を浮かべている。
「……ふふっ、でも、まぁ、そんな遠回りなやり方で反論するなんて、花ちゃんのクセにマセてるかも」
「うわっ、その言い方はムカッと来ますよーー。普段のオレがガキみたいじゃん」
「実際そうじゃん。私たち、バイトやってるって言っても高校生なんだからさ。それにこれは私なりの誉め言葉なんだよ?」
ふっと、コニシ先輩が笑った。普段のこざっぱりした快活な笑みとは違う、弱々しい陰りさえ宿ったような微笑みで。
「なんだかちょっと、大人っぽいなって思ったんだよ」
どこか寂しささえ滲んだ声音に、陽介は言葉を失った。誉め言葉のはずなのに、瑞月のように、てらいのない明るさはない。
そして、何よりも陽介にとって衝撃的だったのは、いつも大人びた先輩が、自分と同年代の、それこそ同い年の女子に見えたのだ。いつも憧れている小西『先輩』はそこにいなかった。
なんと声をかけていいのか、陽介は一瞬ためらう。けれど、すぐおどけたようにカラカラと笑った。
「なんスか~~。先輩、俺がカッコよかったってコト?」
なるべく軽薄に、陽介は対応する。いくら小西先輩の声音が寂しそうだったとはいえ、好きな人が誉めてくれたのだ。素直に喜んで、内心では大騒ぎする自分もいる。そちらを意図的に増幅させ、陽介は賑やかに振る舞った。
そうやって暗い空気を吹き飛ばす言動が、弱さを見ないフリをする振る舞いが、最善だと思ったのだ。
「……ううん。見直しただけ。あんまチョーシ乗るなよ? 雪のなかで転ぶかも」
「また転んでたまるか! リアリティーのある例えやめてクダサイっ!」
「またって……なに花ちゃんってばもう雪のなかで転んだの? 小学生?」
「先輩と同じ高校生っすよ! 小学生がバイトなんてできるかい!」
陽介が騒ぐと、小西先輩はいつものこざっぱりとした笑みに戻る。良かった。と陽介は内心で胸を下ろす。好きな人が落ち込んでる姿など、陽介は放っておけないし、見たくないのだ。
「そうだ、これ、花ちゃんに渡しておくね」
不意に小西先輩がトートバッグから箱を取り出した。深緑の包装紙と赤いリボンで彩られた小さなプレゼントボックスだ。一瞬、陽介の心臓が大きく跳ねる。だがなんとか、なんでもない風を装って、陽介はソレを小西先輩から受け取った。
「え、なにコレ? 義理チョコ? ひょっとして本命かな~~。なんつって」
「うーん、同情かな? 似た者同士に」
同情、とは。
バレンタインには聞きなれない言葉に陽介は首をかしげる。小西先輩は思わせぶりに、人差し指を自身の唇に押し当てた。静かに、質問は受け付けないとの意思表示だ。
「じゃあ、私は帰るから。ソレ、賞味期限短いから、早く食べなね」
とんと、小西先輩は爪先で床を小突く。雪用だろう、防寒ブーツで彼女は歩き出した。
「今日雪だから、花ちゃんも気を付けなよ」
「あ、先輩、表の仕事が辛くなったら、すぐに言ってよ。俺もできる限り、裏方にしてもらえるように掛け合ってみるから」
「……—————」
陽介の呼び掛けに、小西先輩が振り返る。そのまま、手を振って、なにやらパクパクと口を開いた。陽介は目を凝らすけれど、コニシ先輩の唇はウールのやわらかなマフラーに埋まって、音も口の動きも分からない。
小西先輩はそのまま、陽介へと小さく手を振って、雪の降る宵闇へと背を向けた。しばらくは見送っていた陽介だが、小西先輩の姿はあっけなく、雪の緞帳と夜のとばりの先に掻き消えた。
「小西先輩! お疲れっス!」
シフトが終わって帰宅する直前、従業員出入口にて陽介は小西先輩に話しかけられた。彼女は温そうなウールのマフラーに小さな顔をうずめている。
好きな人が話しかけてくれた。それだけの事実に、溜まっていたはずの疲労が陽介の身体からパッと抜ける。しかし、小西先輩の表情をみると、陽介は胡散臭そうな半目になった。
「なーに、俺の顔見て笑ってんスか、先輩」
「いや、だって、今日いきなり大声で客寄せし始めたんだもの。思い出すとおかしくて笑っちゃった」
陽介を見るなり、小西先輩はクスクスと笑い出したのだ。漏れ出る笑いを片手で覆い隠しているが、止める気は無いらしい。何かやらかして思い出し笑いを他人から受ける気恥ずかしさと、片恋の相手と話している浮き立った気持ちが混じり合って陽介の心境は複雑だ。
「いや、だってあの人らジュネスについて色々言ってたからさ。一応親の関わってる店だし、悪口好き放題言われたら嫌になるじゃん?」
小西先輩の悪口を言っていた事情は意図的に伏せた。わざわざ知らなくていい事実まで告げて、先輩が少しでも傷つく必要なんてないのである。
すると、小西先輩は驚きに小さな眉を引き上げた。そうして、まじまじと陽介を見つめている。
「なんすか先輩、俺の顔そんな風に見つめて」
「いや、花ちゃん。なんか変わったなぁって思ってさ」
「は? 俺の? いったいゼンタイどこが?」
怪訝そうに、陽介は首を捻る。すると小西先輩は不思議な瞳を陽介に向けた。まるで、羨ましそうな、寂しそうな、雪のなかで遠くの街明かりを眺めるような、複雑な瞳で。
「……わじょうりょうしゅ」
「……は?」
「ううん。何でもない。『水』が良くなったのかなって」
「みずぅ?」
よく分からない物言いで、コニシ先輩は煙に巻く。別に陽介は、飲む水なんて変えていない。普段飲むのはフツーに蛇口から捻って出た水道水だ。
ああでも、と陽介は思う。都会にいた頃はミネラルウォーターばかり飲んでいたけど、八十稲羽に来てからは水道水も美味しくて、ちょくちょく飲むようになっていたことを。
「……つまり、先輩は俺の肌ツヤが良くなったって、遠回しにいってると?」
「んー、分かんないかぁ。まぁ、そういうことでもいいんじゃん? 花ちゃん身体細いし」
「遠回しに不健康そうみたいに言うのヤメテッ!? 結構気にしてんのに!」
見事に、小西先輩の手のひらで転がされてしまう。結局、彼女の真意はよく分からないまま、陽介は「あーあ」とため息をついた。コニシ先輩は相変わらず食えない微笑を浮かべている。
「……ふふっ、でも、まぁ、そんな遠回りなやり方で反論するなんて、花ちゃんのクセにマセてるかも」
「うわっ、その言い方はムカッと来ますよーー。普段のオレがガキみたいじゃん」
「実際そうじゃん。私たち、バイトやってるって言っても高校生なんだからさ。それにこれは私なりの誉め言葉なんだよ?」
ふっと、コニシ先輩が笑った。普段のこざっぱりした快活な笑みとは違う、弱々しい陰りさえ宿ったような微笑みで。
「なんだかちょっと、大人っぽいなって思ったんだよ」
どこか寂しささえ滲んだ声音に、陽介は言葉を失った。誉め言葉のはずなのに、瑞月のように、てらいのない明るさはない。
そして、何よりも陽介にとって衝撃的だったのは、いつも大人びた先輩が、自分と同年代の、それこそ同い年の女子に見えたのだ。いつも憧れている小西『先輩』はそこにいなかった。
なんと声をかけていいのか、陽介は一瞬ためらう。けれど、すぐおどけたようにカラカラと笑った。
「なんスか~~。先輩、俺がカッコよかったってコト?」
なるべく軽薄に、陽介は対応する。いくら小西先輩の声音が寂しそうだったとはいえ、好きな人が誉めてくれたのだ。素直に喜んで、内心では大騒ぎする自分もいる。そちらを意図的に増幅させ、陽介は賑やかに振る舞った。
そうやって暗い空気を吹き飛ばす言動が、弱さを見ないフリをする振る舞いが、最善だと思ったのだ。
「……ううん。見直しただけ。あんまチョーシ乗るなよ? 雪のなかで転ぶかも」
「また転んでたまるか! リアリティーのある例えやめてクダサイっ!」
「またって……なに花ちゃんってばもう雪のなかで転んだの? 小学生?」
「先輩と同じ高校生っすよ! 小学生がバイトなんてできるかい!」
陽介が騒ぐと、小西先輩はいつものこざっぱりとした笑みに戻る。良かった。と陽介は内心で胸を下ろす。好きな人が落ち込んでる姿など、陽介は放っておけないし、見たくないのだ。
「そうだ、これ、花ちゃんに渡しておくね」
不意に小西先輩がトートバッグから箱を取り出した。深緑の包装紙と赤いリボンで彩られた小さなプレゼントボックスだ。一瞬、陽介の心臓が大きく跳ねる。だがなんとか、なんでもない風を装って、陽介はソレを小西先輩から受け取った。
「え、なにコレ? 義理チョコ? ひょっとして本命かな~~。なんつって」
「うーん、同情かな? 似た者同士に」
同情、とは。
バレンタインには聞きなれない言葉に陽介は首をかしげる。小西先輩は思わせぶりに、人差し指を自身の唇に押し当てた。静かに、質問は受け付けないとの意思表示だ。
「じゃあ、私は帰るから。ソレ、賞味期限短いから、早く食べなね」
とんと、小西先輩は爪先で床を小突く。雪用だろう、防寒ブーツで彼女は歩き出した。
「今日雪だから、花ちゃんも気を付けなよ」
「あ、先輩、表の仕事が辛くなったら、すぐに言ってよ。俺もできる限り、裏方にしてもらえるように掛け合ってみるから」
「……—————」
陽介の呼び掛けに、小西先輩が振り返る。そのまま、手を振って、なにやらパクパクと口を開いた。陽介は目を凝らすけれど、コニシ先輩の唇はウールのやわらかなマフラーに埋まって、音も口の動きも分からない。
小西先輩はそのまま、陽介へと小さく手を振って、雪の降る宵闇へと背を向けた。しばらくは見送っていた陽介だが、小西先輩の姿はあっけなく、雪の緞帳と夜のとばりの先に掻き消えた。