friendship
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バイトに直行すると、陽介はいつも通り陳列作業に勤しむ。
(結局、チョコ貰えたのは義理くらいか……)
賞味期限に従って商品を並べながら、陽介は内心で独り言ちた。休憩していたパートの女性たちからいくつか義理チョコを頂けたのだ。すべてジュネスで販売されていた市販品であったけれど。
気持ちはありがたいのだが、年ごろの男子高校生としては異性からの手作りの品を貰ってみたいので、すこし残念ではある。もはや、時刻が夕方なので諦めてはいるが。
品物が空になったワゴンを力なく押してバックヤードへと向かう。その途中で陽介は見知った人物を発見した。
小西早紀 先輩──陽介の片想い相手だ。
小西先輩の意識は目の前の商品棚へと注がれている。商品を入れ替える手つきは淀みない。素早く動いて包装のヘリまで揃った状態で、商品が整列していく光景は見ていて気持ちがよかったし、同じ仕事をしている陽介としては尊敬の念が湧いてくる。
小西先輩は真面目な人だ。床の掃除だって一つの埃も残さずに素早くこなすし、年配の女性では辛く思うような重い商品の陳列だって文句を吐きながらも必ずやり遂げる。その真面目さは陽介の父・陽一を含めたジュネスの社員の人々に評価されている。口は悪くても、必ず仕事はやり遂げる人なのだ、小西先輩という人は。
陳列を早く済ませたため、陽介は少し時間が余っている。思わず小西先輩に声をかけようとして、止めた。小西先輩の近くに、年配の女性利用客2人がいた。彼女たちは口元を手で覆い、何やらヒソヒソと話し合っていた。
「商店街……家が……」
「まぁ……ほら、いたわよ」
陽介は辟易した。偶然聞こえてしまったそれは、どうやらまた陽介への当てつけのようだ。いやーモテるなー俺、笑顔で複雑な想いを抑えつけながら、陽介はワゴンを押す。
しかし、それは陽介の思い込みに過ぎなかった。
「『コニシ酒店』のとこの娘さんでしょ?子どもがあれじゃあねぇ……」
「どういう神経してるんだろうねぇ……」
瞬間、陽介は凍り付く。固まった脳みそが客の言葉を否応なしに理解した。『コニシ酒店』といえば、八十稲羽商店街にある小西先輩の生家だ。彼女たちは、与太話の俎上に小西先輩を乗せたのである。しかも、小西先輩をズタズタに傷つけるような言の葉で。
同じ地元の人間だというのに、八十稲羽の人間は小西先輩まで中傷の標的にするというのか。信じられない思いと共に、強い怒りが脚にこもった。あわや小西先輩の下に飛び出そうとした、その時。
『────花村が抱いている想いは、いつか花村自身の重荷になるかもしれない。私を生んだ、周りの人間にいいようにされた、2人のようにな。少なくとも、稲羽 に身を置く以上はそうなるリスクが高い』
いつかの、親友の清廉な声が聞こえた。澄み切った泉から掬い上げた清水の冷たさをもって、陽介の中に湧き上がった衝動を鎮める。同時に、彼女が浮かべていた、心から案じる碧の瞳が、記憶のなかでじっと陽介を見つめている。
『────花村が、お父様を始めとする人たちのために、複雑な立場に縛られながらも、心を砕いているのは知っている。だが、小西先輩への想いを貫くなら、花村はいっそう複雑なしがらみに捕らわれるだろうと思ったんだ』
瑞月の言葉が、飛び出そうとする陽介の袖を引いた。いま、もし、衝動に任せて動けばどうなるか。実家が商店街にある小西先輩を、そして、町民から複雑な感情を向けられている『ジュネスの息子』である陽介が、手なんて引いたら、周りにどんな影響が及ぶのか。
何よりも、瑞月がどう思うのか?
『────そして何より、私の大切な親友である花村を、花村自身がナイフで傷つけるような言動は、私が悲しくなる。私の情が虚しいものに思えてくる。冗談のように軽んじられれば……なおさらだ』
『────きみの立場や性格を鑑みて、骨身を砕いてでも苦労を負うのは仕方がないのかも知れない。しかし、無闇に自分を軽んじる言動はどうか慎んでほしい』
どうか、と瑞月は懇願する。美しい碧 の瞳に幼く、痛ましい悲しみの色を示して。必死で陽介の腕を掴んだ、強くて脆い、氷細工のような女の子。
『────嬉しいよ、花村。君が私の親友で、恥じることなど、なに一つとしてない』
『────だから、改めて約束してくれ。私が親しく想う君を、無闇にないがしろにする真似はしないと』
右手の小指がうずく。陽介を親友だと、約束だと言って、いつだって陽介を守ろうとしてくれる人と交わした──赤い糸にも勝る──熱を帯びた誓いについて。
なら、どうすればいいのか。文化祭のクレーマーに一歩だって退かなかった、陽介を謗った主婦を前に堂々と挑んでいった彼女の凛と伸びた背を思い出す。そして、陽介は閃いた。
自分が今、自分と小西先輩への被害を押さえるためにできるのは、衝動に任せて動くことではない。
陽介は肺の中の空気を吐き出し、新しい空気を思いきり吸いこんだ。背中は凛と伸ばす。陽介よりも小さい身体で、堂々と響き渡る声を持った親友のように。
「そこの奥様方!」
朗らかに、はっきりと女性客に聞こえるように陽介は腹から声を出した。いつよりも数倍人の好さそうな笑顔を作る。
「お買い物中なら、今は惣菜類が安いっすよ。今から和え物とかにも割引の値札が張られると思うんで、良かったら見てってくれませんか?」
にっかりと笑顔を作る裏で、陽介は冷静に女性客たちの買い物かごを見ていた。カット野菜や肉のこま切れ肉など、調理の時に下ごしらえをしなくてよい商品が多かったのである。おそらく、調理を簡単に済ませたいのだろう。
そして、陽介の経験上、この手の客は惣菜コーナーを見に行くことが多かった。相手の興味の引く話題を出して、小西先輩の近くから去ってもらう作戦だ。
「あ、あら……そうなの。行ってみようかしら、ねぇトミコさん」
「そうね……ちょうど、お夕食に一品欲しかったところだもの、安いのがあるといいわね……」
「まいど、ありがとうございまーーーす!!」
女性客たちは突然声をかけてきた陽介に戸惑っていたが、話を続けることもなく総菜売り場へと歩いていった。ほっと陽介は息をつく。波風を立てることなく、事態を終息できたようだ。しかし、安堵したのもつかの間。割引の値札という自身の発言に、陽介は口許を押さえた。
(あ、やべ……、そろそろバックヤードに戻らないと)
続く作業に遅れてしまうと、陽介は急いでワゴンを押す。だが、違和感に気がついてふと足を止めた。誰かが、陽介を見ている気配がしたのだ。
思わずきょときょとと周りを見渡すと、小西先輩がキョトンとした様子で陽介を見ている。陽介の頬がカチンとひきつった。
見られていた、今の場面を、好きな人に。
ぶわりと、羞恥が込み上げてくるのを抑えて陽介はぎこちない笑みを返した。すると小西先輩は微かに笑って、陽介へと手をゆるりと振ってくれる。
陽介の内側で軽やかに音が弾けた。日光にかざしたシャボン玉がポンと割れて、虹を作るような、軽快なサウンド。陽介も軽く手を振り返し、車輪を勢いよく転がしてバックヤードまで直行した。
(結局、チョコ貰えたのは義理くらいか……)
賞味期限に従って商品を並べながら、陽介は内心で独り言ちた。休憩していたパートの女性たちからいくつか義理チョコを頂けたのだ。すべてジュネスで販売されていた市販品であったけれど。
気持ちはありがたいのだが、年ごろの男子高校生としては異性からの手作りの品を貰ってみたいので、すこし残念ではある。もはや、時刻が夕方なので諦めてはいるが。
品物が空になったワゴンを力なく押してバックヤードへと向かう。その途中で陽介は見知った人物を発見した。
小西
小西先輩の意識は目の前の商品棚へと注がれている。商品を入れ替える手つきは淀みない。素早く動いて包装のヘリまで揃った状態で、商品が整列していく光景は見ていて気持ちがよかったし、同じ仕事をしている陽介としては尊敬の念が湧いてくる。
小西先輩は真面目な人だ。床の掃除だって一つの埃も残さずに素早くこなすし、年配の女性では辛く思うような重い商品の陳列だって文句を吐きながらも必ずやり遂げる。その真面目さは陽介の父・陽一を含めたジュネスの社員の人々に評価されている。口は悪くても、必ず仕事はやり遂げる人なのだ、小西先輩という人は。
陳列を早く済ませたため、陽介は少し時間が余っている。思わず小西先輩に声をかけようとして、止めた。小西先輩の近くに、年配の女性利用客2人がいた。彼女たちは口元を手で覆い、何やらヒソヒソと話し合っていた。
「商店街……家が……」
「まぁ……ほら、いたわよ」
陽介は辟易した。偶然聞こえてしまったそれは、どうやらまた陽介への当てつけのようだ。いやーモテるなー俺、笑顔で複雑な想いを抑えつけながら、陽介はワゴンを押す。
しかし、それは陽介の思い込みに過ぎなかった。
「『コニシ酒店』のとこの娘さんでしょ?子どもがあれじゃあねぇ……」
「どういう神経してるんだろうねぇ……」
瞬間、陽介は凍り付く。固まった脳みそが客の言葉を否応なしに理解した。『コニシ酒店』といえば、八十稲羽商店街にある小西先輩の生家だ。彼女たちは、与太話の俎上に小西先輩を乗せたのである。しかも、小西先輩をズタズタに傷つけるような言の葉で。
同じ地元の人間だというのに、八十稲羽の人間は小西先輩まで中傷の標的にするというのか。信じられない思いと共に、強い怒りが脚にこもった。あわや小西先輩の下に飛び出そうとした、その時。
『────花村が抱いている想いは、いつか花村自身の重荷になるかもしれない。私を生んだ、周りの人間にいいようにされた、2人のようにな。少なくとも、
いつかの、親友の清廉な声が聞こえた。澄み切った泉から掬い上げた清水の冷たさをもって、陽介の中に湧き上がった衝動を鎮める。同時に、彼女が浮かべていた、心から案じる碧の瞳が、記憶のなかでじっと陽介を見つめている。
『────花村が、お父様を始めとする人たちのために、複雑な立場に縛られながらも、心を砕いているのは知っている。だが、小西先輩への想いを貫くなら、花村はいっそう複雑なしがらみに捕らわれるだろうと思ったんだ』
瑞月の言葉が、飛び出そうとする陽介の袖を引いた。いま、もし、衝動に任せて動けばどうなるか。実家が商店街にある小西先輩を、そして、町民から複雑な感情を向けられている『ジュネスの息子』である陽介が、手なんて引いたら、周りにどんな影響が及ぶのか。
何よりも、瑞月がどう思うのか?
『────そして何より、私の大切な親友である花村を、花村自身がナイフで傷つけるような言動は、私が悲しくなる。私の情が虚しいものに思えてくる。冗談のように軽んじられれば……なおさらだ』
『────きみの立場や性格を鑑みて、骨身を砕いてでも苦労を負うのは仕方がないのかも知れない。しかし、無闇に自分を軽んじる言動はどうか慎んでほしい』
どうか、と瑞月は懇願する。美しい
『────嬉しいよ、花村。君が私の親友で、恥じることなど、なに一つとしてない』
『────だから、改めて約束してくれ。私が親しく想う君を、無闇にないがしろにする真似はしないと』
右手の小指がうずく。陽介を親友だと、約束だと言って、いつだって陽介を守ろうとしてくれる人と交わした──赤い糸にも勝る──熱を帯びた誓いについて。
なら、どうすればいいのか。文化祭のクレーマーに一歩だって退かなかった、陽介を謗った主婦を前に堂々と挑んでいった彼女の凛と伸びた背を思い出す。そして、陽介は閃いた。
自分が今、自分と小西先輩への被害を押さえるためにできるのは、衝動に任せて動くことではない。
陽介は肺の中の空気を吐き出し、新しい空気を思いきり吸いこんだ。背中は凛と伸ばす。陽介よりも小さい身体で、堂々と響き渡る声を持った親友のように。
「そこの奥様方!」
朗らかに、はっきりと女性客に聞こえるように陽介は腹から声を出した。いつよりも数倍人の好さそうな笑顔を作る。
「お買い物中なら、今は惣菜類が安いっすよ。今から和え物とかにも割引の値札が張られると思うんで、良かったら見てってくれませんか?」
にっかりと笑顔を作る裏で、陽介は冷静に女性客たちの買い物かごを見ていた。カット野菜や肉のこま切れ肉など、調理の時に下ごしらえをしなくてよい商品が多かったのである。おそらく、調理を簡単に済ませたいのだろう。
そして、陽介の経験上、この手の客は惣菜コーナーを見に行くことが多かった。相手の興味の引く話題を出して、小西先輩の近くから去ってもらう作戦だ。
「あ、あら……そうなの。行ってみようかしら、ねぇトミコさん」
「そうね……ちょうど、お夕食に一品欲しかったところだもの、安いのがあるといいわね……」
「まいど、ありがとうございまーーーす!!」
女性客たちは突然声をかけてきた陽介に戸惑っていたが、話を続けることもなく総菜売り場へと歩いていった。ほっと陽介は息をつく。波風を立てることなく、事態を終息できたようだ。しかし、安堵したのもつかの間。割引の値札という自身の発言に、陽介は口許を押さえた。
(あ、やべ……、そろそろバックヤードに戻らないと)
続く作業に遅れてしまうと、陽介は急いでワゴンを押す。だが、違和感に気がついてふと足を止めた。誰かが、陽介を見ている気配がしたのだ。
思わずきょときょとと周りを見渡すと、小西先輩がキョトンとした様子で陽介を見ている。陽介の頬がカチンとひきつった。
見られていた、今の場面を、好きな人に。
ぶわりと、羞恥が込み上げてくるのを抑えて陽介はぎこちない笑みを返した。すると小西先輩は微かに笑って、陽介へと手をゆるりと振ってくれる。
陽介の内側で軽やかに音が弾けた。日光にかざしたシャボン玉がポンと割れて、虹を作るような、軽快なサウンド。陽介も軽く手を振り返し、車輪を勢いよく転がしてバックヤードまで直行した。