friendship
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ガラピシャンと、社会科準備室のドアが閉じられた。陽介は両手で抱えた、資料集やら小さな地図が積み込まれ──瑞月がくれた『友チョコ』が入った段ボールを担ぎなおす。それなりの重さがあるが、問題ない。
伊達にスーパーで品出しの仕事をこなしているわけではないのだ。男としての矜持もあるし、何よりも嬉しさが力に変わる。
ヘヘヘと、陽介は瑞月の『友チョコ』を眺めながら、笑った。そこに戸締まりを済ませた瑞月が訪れた。大きな地図を両手で抱えながら、彼女はこてりと首をかしげる。
「どうした。花村。とても嬉しそうな様子だが」
「イヤ、実際嬉しいんだなコレが」
そういって、陽介は満面の笑みを瑞月に向ける。
「だって俺、『友チョコ』なんて貰うの初めてだもん」
「あぁ、殿方にとっては貰う日だものな。女性にとっては、ありふれたものらしいが」
瑞月はなにやら納得する。が、それは実際に陽介が喜んだ理由とは違って、苦笑する。
義理のチョコならば、陽介とてこれまでの人生で何回か貰った記憶はある。何人かは、好意を持って、くれた人もあった。
けれど、陽介はそれらを素直に喜べなかった。それらは──そうでない子もいるのかもしれないし、そう思ってしまうのも失礼だが──賑やかな、明るい陽介に向けられたもので、本当の、弱さを抱えた陽介に対してくれたものではなかった。
けれど瑞月は、弱い陽介ごと受け入れた上で、それでも親愛を込めた『友チョコ』をくれた。弱い陽介にも情を向けてくれた。日にさらせば焼けてしまいそうな部分まで、月の、薄絹に似た光で包んであたためてくれた。
それが嬉しくて、ほわほわと満たされた喜びが溢れて、陽介は笑ってしまう。
「笑うのはいいが、授業が始まるまでに直しておかないと祖父江 先生に指名されてしまいそうだが」
「へへっ、バッチコーイ。今なら何でも答えられそう」
「では、この諺 の意味は? 『騎 る平家は久 しからず』」
「────うっ」
『思い上がった者は早く滅びる』という意味だ。陽介が言葉につまっていると、瑞月がすたすたと歩き出す。白のマウンテンパーカーが颯爽と翻った。
「さぁ、教材を運ばなければな。授業が始まってしまう。喜ぶのは、家に持ちかえって、中身を見たあとでも遅くないだろう」
「え、もうそんな時間? ──って、歩くのハヤッ!?」
待ってくれよ~と情けない声をあげて、陽介は瑞月に追いすがる。陽介が追いつくと、瑞月は歩調を緩めた。瞬間、陽介は思い出す。
「そういやさ、ありがとな」
「『友チョコ』のことか? どういたしまして」
「あ、えっとそのこともあんだけど……」
へへと、陽介は上機嫌に笑った。
「朝、助けてくれたお礼。まだ言ってなかったから」
「…………君のそういう、律儀なところは好ましく思っている」
「おっ、ま……、そういうことサラッと言ってんじゃねぇよ……。ナチュラル天然タラシ」
「……? 意味は分からんが、『ナチュラル』と『天然』は意味が重なっているから、不適切だ」
ぶわっと、陽介の顔が熱くなる。これは本当に、次の時間で指名されるかもしれない。そう陽介は危惧した。瑞月はというと、また少し早足になる。凛と背筋を伸ばして、彼女は陽介を先導した。
「なぁなぁ、ちなみにあれって俺だけにくれたヤツ?」
「『友チョコ』だと言ったはずだが? 千枝さんと雪子さんにもあとで渡すとも」
「なーんだ、瀬名から貰えるなんて激レアだと思ったのに」
「君は本命がいるのだろう。私の物珍しさになんて気を取られているのではなく、本命の人から貰えるように願ったらどうだ」
「ウグッ」
痛いところを突かれて陽介は唇を歪めた。いつの間にか、二人は実習棟と教室棟をつなぐ渡り廊下に差し掛かっている。陽介はなぜか落胆を覚えた。ズシンと、腕の中に抱えた段ボールが重くなる。瑞月から『友チョコ』を貰えるのは自分だけだと思っていたのだ。
「ってことは、天城や里中と同じもんってコトか……」
「それはどうかな」
瑞月が意味ありげに、どこかいたずらっぽく溢す。陽介はぎょっとした。
「え、ちょっ、なぁ、瀬名。ソレどういう意味?」
思わず陽介は問いかける。すると突然、彼女がくるんとターンを決めた。丈の長いマウンテンパーカーが軽やかに翻る。
「────言わない。花村がその目で確かめるといい」
艶やかな黒髪が、楽しげに踊った。いたずらっ子のように微笑んで、ナイショだよと囁くかわりに、桜色の唇に瑞月は華奢な人差し指を立てた。柔らかく丸まった瞳の奥で、紺碧の宝石がキラキラと白い花びらを散らしたように輝いた。
「──って、また置いてかれるーーー!!」
陽介が息を飲む間に、瑞月は渡り廊下を渡っていく。カンカンという賑やかな足音に陽介は我に返って、慌てて後を追いかけた。カンカン、カンカカンとリズミカルな足音が、しんしんと雪降る校舎にマーチのごとく響いた。
◇◇◇
ちなみに放課後、瑞月は宣言通りに雪子と千枝に『友チョコ』を渡していた。
チョコではなく、チョコチップを練り込んだ豆腐ドーナツだと言う。ココア味・抹茶味の2種類はとても美味しそうで、甘い香りは陽介の食欲も刺激する品だった。(豆腐嫌いの自分が心底恨めしく思った瞬間でもある)
受け取った親友コンビは、頬を赤らめ、はしゃいで瑞月に飛びついていた。女子2人にひっつかれて瑞月が固まっていたから、陽介は思わず吹き出してしまった。
「ハハハハ! 瀬名ってば見事に人間湯タンポだなぁ。めっちゃあったかそうだぞ」
「お、おい花村、笑ってないで助けてくれ!」
「わっ、瑞月ちゃんの身体あったか! やっぱ身体鍛えてるから? ぬくぬく~」
「瑞月ちゃんありがとうね。素敵なドーナツ、大切に大切にいただくから」
「う、う、うぅ~~~~」
仲良きことはよきことかな。そう陽介は笑って、真っ赤に茹だる瑞月の要請を断った。猫がお腹を押されたときのような、瑞月の呻きは聞かなかったことにして、そそくさとバイトへと急ぐ。
「は、はくじょうもの~~!」という悲鳴に「ほどほどにな~~」と手を振って、陽介は去る。瑞月も照れて置いてけぼりにされる気分を存分に味わうがいいのだ。
結局、陽介が校内で貰ったのは瑞月の『友チョコ』と、雪子がくれたあられ菓子(偶然持っていた小袋のヤツ)と千枝からノリで貰った肉ガムだけだ。なんだ肉ガムって。
伊達にスーパーで品出しの仕事をこなしているわけではないのだ。男としての矜持もあるし、何よりも嬉しさが力に変わる。
ヘヘヘと、陽介は瑞月の『友チョコ』を眺めながら、笑った。そこに戸締まりを済ませた瑞月が訪れた。大きな地図を両手で抱えながら、彼女はこてりと首をかしげる。
「どうした。花村。とても嬉しそうな様子だが」
「イヤ、実際嬉しいんだなコレが」
そういって、陽介は満面の笑みを瑞月に向ける。
「だって俺、『友チョコ』なんて貰うの初めてだもん」
「あぁ、殿方にとっては貰う日だものな。女性にとっては、ありふれたものらしいが」
瑞月はなにやら納得する。が、それは実際に陽介が喜んだ理由とは違って、苦笑する。
義理のチョコならば、陽介とてこれまでの人生で何回か貰った記憶はある。何人かは、好意を持って、くれた人もあった。
けれど、陽介はそれらを素直に喜べなかった。それらは──そうでない子もいるのかもしれないし、そう思ってしまうのも失礼だが──賑やかな、明るい陽介に向けられたもので、本当の、弱さを抱えた陽介に対してくれたものではなかった。
けれど瑞月は、弱い陽介ごと受け入れた上で、それでも親愛を込めた『友チョコ』をくれた。弱い陽介にも情を向けてくれた。日にさらせば焼けてしまいそうな部分まで、月の、薄絹に似た光で包んであたためてくれた。
それが嬉しくて、ほわほわと満たされた喜びが溢れて、陽介は笑ってしまう。
「笑うのはいいが、授業が始まるまでに直しておかないと
「へへっ、バッチコーイ。今なら何でも答えられそう」
「では、この
「────うっ」
『思い上がった者は早く滅びる』という意味だ。陽介が言葉につまっていると、瑞月がすたすたと歩き出す。白のマウンテンパーカーが颯爽と翻った。
「さぁ、教材を運ばなければな。授業が始まってしまう。喜ぶのは、家に持ちかえって、中身を見たあとでも遅くないだろう」
「え、もうそんな時間? ──って、歩くのハヤッ!?」
待ってくれよ~と情けない声をあげて、陽介は瑞月に追いすがる。陽介が追いつくと、瑞月は歩調を緩めた。瞬間、陽介は思い出す。
「そういやさ、ありがとな」
「『友チョコ』のことか? どういたしまして」
「あ、えっとそのこともあんだけど……」
へへと、陽介は上機嫌に笑った。
「朝、助けてくれたお礼。まだ言ってなかったから」
「…………君のそういう、律儀なところは好ましく思っている」
「おっ、ま……、そういうことサラッと言ってんじゃねぇよ……。ナチュラル天然タラシ」
「……? 意味は分からんが、『ナチュラル』と『天然』は意味が重なっているから、不適切だ」
ぶわっと、陽介の顔が熱くなる。これは本当に、次の時間で指名されるかもしれない。そう陽介は危惧した。瑞月はというと、また少し早足になる。凛と背筋を伸ばして、彼女は陽介を先導した。
「なぁなぁ、ちなみにあれって俺だけにくれたヤツ?」
「『友チョコ』だと言ったはずだが? 千枝さんと雪子さんにもあとで渡すとも」
「なーんだ、瀬名から貰えるなんて激レアだと思ったのに」
「君は本命がいるのだろう。私の物珍しさになんて気を取られているのではなく、本命の人から貰えるように願ったらどうだ」
「ウグッ」
痛いところを突かれて陽介は唇を歪めた。いつの間にか、二人は実習棟と教室棟をつなぐ渡り廊下に差し掛かっている。陽介はなぜか落胆を覚えた。ズシンと、腕の中に抱えた段ボールが重くなる。瑞月から『友チョコ』を貰えるのは自分だけだと思っていたのだ。
「ってことは、天城や里中と同じもんってコトか……」
「それはどうかな」
瑞月が意味ありげに、どこかいたずらっぽく溢す。陽介はぎょっとした。
「え、ちょっ、なぁ、瀬名。ソレどういう意味?」
思わず陽介は問いかける。すると突然、彼女がくるんとターンを決めた。丈の長いマウンテンパーカーが軽やかに翻る。
「────言わない。花村がその目で確かめるといい」
艶やかな黒髪が、楽しげに踊った。いたずらっ子のように微笑んで、ナイショだよと囁くかわりに、桜色の唇に瑞月は華奢な人差し指を立てた。柔らかく丸まった瞳の奥で、紺碧の宝石がキラキラと白い花びらを散らしたように輝いた。
「──って、また置いてかれるーーー!!」
陽介が息を飲む間に、瑞月は渡り廊下を渡っていく。カンカンという賑やかな足音に陽介は我に返って、慌てて後を追いかけた。カンカン、カンカカンとリズミカルな足音が、しんしんと雪降る校舎にマーチのごとく響いた。
◇◇◇
ちなみに放課後、瑞月は宣言通りに雪子と千枝に『友チョコ』を渡していた。
チョコではなく、チョコチップを練り込んだ豆腐ドーナツだと言う。ココア味・抹茶味の2種類はとても美味しそうで、甘い香りは陽介の食欲も刺激する品だった。(豆腐嫌いの自分が心底恨めしく思った瞬間でもある)
受け取った親友コンビは、頬を赤らめ、はしゃいで瑞月に飛びついていた。女子2人にひっつかれて瑞月が固まっていたから、陽介は思わず吹き出してしまった。
「ハハハハ! 瀬名ってば見事に人間湯タンポだなぁ。めっちゃあったかそうだぞ」
「お、おい花村、笑ってないで助けてくれ!」
「わっ、瑞月ちゃんの身体あったか! やっぱ身体鍛えてるから? ぬくぬく~」
「瑞月ちゃんありがとうね。素敵なドーナツ、大切に大切にいただくから」
「う、う、うぅ~~~~」
仲良きことはよきことかな。そう陽介は笑って、真っ赤に茹だる瑞月の要請を断った。猫がお腹を押されたときのような、瑞月の呻きは聞かなかったことにして、そそくさとバイトへと急ぐ。
「は、はくじょうもの~~!」という悲鳴に「ほどほどにな~~」と手を振って、陽介は去る。瑞月も照れて置いてけぼりにされる気分を存分に味わうがいいのだ。
結局、陽介が校内で貰ったのは瑞月の『友チョコ』と、雪子がくれたあられ菓子(偶然持っていた小袋のヤツ)と千枝からノリで貰った肉ガムだけだ。なんだ肉ガムって。