friendship
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パンと、乾いた音が狭い教室内で反響する。鮮烈な痛みに脳が揺さぶられて、息がつまる。陽介の頬がジンジンと熱を持った。
弾かれたように、瑞月が顔を上げた。陽介を見て、彼女は唖然と口を開く。暴力を嫌う瑞月ならそうなるだろう。
なにせ陽介は、自分から頬を張ったのだから。
「いっ…………てー…………」
「は、花村? きみは、何を……」
のどを震わせながら、瑞月が問う。あっけにとられたような彼女の視線が、痛みを持った陽介の頬に集中した。視線は熱を持って、陽介の頬をあぶるかのようだ。
「ごめんな、瀬名。お前の忠告聞いたばっかなのに、それ破るようなアホやっちまって。でも『けじめ』として、どうしてもこうしなきゃなんなかったんだよ」
「…………自傷行為の、なにが『けじめ』だ」
不可解だという言葉のかわりに、瑞月が思いきり睨んできた。釣り目がちな瞳が、今や刃の鋭さを持って迫る。沈んでいたはずの肩が隆起して今にも飛びかかりそうな怒りが滲んでいた。ヒクリと陽介の頬が吊る。たぶん返答次第ではメチャクチャ怒られるヤツであった。
だが、陽介の答えはとうに決まっている。
「俺だってお前が傷つけられたら、そうした相手をブン殴るだろうさ」
ハッと、瑞月は雷に打たれたように硬直する。どうやら彼女は陽介の行動の意図に気がついたらしい。
花村陽介という人間は。
もし、親友である瀬名瑞月を傷つけた人間がいるのなら、激怒し、恐らく何がなんでも止めるだろう。怒鳴ってでも。相手の手首にアザを残したとしても。それで陽介自身が傷ついたとしても。
それは『誰であろうと』だ。たとえ瑞月自身であっても────陽介自身であっても、許さない。
「だから、お前を傷つけた弱い俺を、いま俺がすっ飛ばした」
陽介を謗 った者たちを、瑞月が手厳しく追い払ったように。
陽介もまた、瑞月を傷つける弱い自分を、一人はね除けた。
「ごめんな、瀬名。冗談だろうと、もうお前との仲を理由なく疑ったり、踏みにじったりするようなコトはしない」
瑞月が、瞳を閉じる。視覚の情報を遮断し、陽介の言葉をその声ごと聞きもらさないようにするかのように。
「……なら、君にとって私はなんだ」
「……大切な、親友だ」
どもりそうになる己を叱責し、陽介は言い切る。瑞月が、長い睫毛に縁取られた瞳を開く。するりと、彼女の両手が陽介の右腕から離れる。右腕が陽介へと伸ばされた。
そうして、陽介が打った、熱を持つ頬に触れる。ひりつく痛みを取り去るように、瑞月の白い手が指の背で陽介の輪郭を撫でた。空いた肩は彼女の片腕でしっかり抑えられている。
そして、当然だが──陽介は瑞月から目を反らせなくなった。
瑞月は瞳が、凪いだ水面のように、歪みなく陽介を写し出す。陽介は身を固くした。もし、わずかでも曇りがあれば、瑞月の碧眼は鮮明にそれを映し出して濁るだろう。
「この頬の痛みに誓えるか。今の言葉を」
「……ああ、嘘なんてつかない」
つけるわけがなかった。瑞月に、ひいては彼女の瞳が映し出した陽介自身に。
陽介は瑞月と親友でいたい。
「俺はお前の────親友だよ」
祈るように、誓うように、まるで告白するように、
陽介は、厳かに瑞月へと告げた。
じっと、瑞月と陽介は真正面からお互いを見つめあう。その間、永遠に時が止まったかのような沈黙があった。口も手も、埃っぽい教室の空気さえもが停止したなか、視線だけで二人は永く語り合う。
なにを? それは友愛について。言葉もない、原始的なコミュニケーションでお互いはお互いを語り合った。いや、もはやそれは手を出さない殴りあいだった。
睨みつけるように、推し量るように、2人は視線でお互いの強さを確かめあう。両者ともども一歩だって引きはしない。
そして、沈黙は突如として打ち破られる。
「そうか」
瑞月が、笑った。氷のかんばせに、彼女のぬくもりに相応しい、春に綻ぶあわい花の色を浮かべて、涙をたえるように唇を震わせながらも、瑞月はふわりとやわく微笑む。
「嬉しいよ、花村。君が私の親友で、恥じることなど、なに一つとしてない。たとえ君は間違ったとしても、それを正そうとする心意気のある人間だからな」
「私も、そういう人間でありたいと思っている。だから……たとえ間違えたとしても、失敗を糧にして前に進もうとする強さを持つあなたの……花村の親友で────私は、とても嬉しくて、誇らしい」
それがすべてだと、陽介には否応なく分かった。瑞月の瞳は一点の曇りもなく、晴れやかな大空に似て澄んだ紺碧が輝いている。陽介の親友であると、瑞月はなんのためらいもなく認めてくれた。
陽介の身体が震えた。瑞月への想いを否定しようとしたときの、ゾワゾワとした嫌なモヤは、もう胸のなかにない。瑞月の、紺碧の中に吸い込まれて、春風に霧が掻き消されるかのように消えてしまった。かわりにホワホワとした温水 のような喜びが、空っぽの胸を満たしていく。
するりと、頬に添えられた瑞月の右腕が離れていく。彼女は手のひらを握った。それから華奢な小指をそっと立てて、陽介に示す。
「だから、改めて約束してくれ。私が親しく想う君を、無暗にないがしろにする真似はしないと」
すがるように、願うように、瑞月が目を細めた。固く引き結ばれた唇とは裏腹に、瑞月の表情は儚い雪のような脆さをまとった。不安を表す、瑞月特有の表情。それが陽介はどうも苦手だった。
今にも、瑞月が溶けて消えてしまいそうに思えるから。
だから、陽介は迷わなかった。普段は逃げてばかりのくせに。束縛を嫌うはずのなのに。
躊躇なく右手の小指を、瑞月の小指へと絡める。無骨な陽介の指に比べて、瑞月の小指は柔く、ぬくい。
太さも、肌の色も、感触も、体温も、何もかもが違う2つの指がかたくかたく結ばれた。
「うん、約束する。少なくとも、お前との関係をけなすような真似は、絶対しない」
『絶対』の2文字が熱を帯びる。瑞月がふっと、頬を緩めた。花のように可憐に瑞月は微笑む。
「約束、したからな」
「ああ、約束された」
「約束だからな」
彼女は何度も繰り返す。
別れを惜しんで、友を繋ぎ止めようとするあどけない子供のように。陽介が忘れないように、刻みこもうとするみたいに。
まるで、瑞月がいなくなっても、ずっと覚えさせようとするみたいに。
何度も、何度も、『約束』という言葉を。
弾かれたように、瑞月が顔を上げた。陽介を見て、彼女は唖然と口を開く。暴力を嫌う瑞月ならそうなるだろう。
なにせ陽介は、自分から頬を張ったのだから。
「いっ…………てー…………」
「は、花村? きみは、何を……」
のどを震わせながら、瑞月が問う。あっけにとられたような彼女の視線が、痛みを持った陽介の頬に集中した。視線は熱を持って、陽介の頬をあぶるかのようだ。
「ごめんな、瀬名。お前の忠告聞いたばっかなのに、それ破るようなアホやっちまって。でも『けじめ』として、どうしてもこうしなきゃなんなかったんだよ」
「…………自傷行為の、なにが『けじめ』だ」
不可解だという言葉のかわりに、瑞月が思いきり睨んできた。釣り目がちな瞳が、今や刃の鋭さを持って迫る。沈んでいたはずの肩が隆起して今にも飛びかかりそうな怒りが滲んでいた。ヒクリと陽介の頬が吊る。たぶん返答次第ではメチャクチャ怒られるヤツであった。
だが、陽介の答えはとうに決まっている。
「俺だってお前が傷つけられたら、そうした相手をブン殴るだろうさ」
ハッと、瑞月は雷に打たれたように硬直する。どうやら彼女は陽介の行動の意図に気がついたらしい。
花村陽介という人間は。
もし、親友である瀬名瑞月を傷つけた人間がいるのなら、激怒し、恐らく何がなんでも止めるだろう。怒鳴ってでも。相手の手首にアザを残したとしても。それで陽介自身が傷ついたとしても。
それは『誰であろうと』だ。たとえ瑞月自身であっても────陽介自身であっても、許さない。
「だから、お前を傷つけた弱い俺を、いま俺がすっ飛ばした」
陽介を
陽介もまた、瑞月を傷つける弱い自分を、一人はね除けた。
「ごめんな、瀬名。冗談だろうと、もうお前との仲を理由なく疑ったり、踏みにじったりするようなコトはしない」
瑞月が、瞳を閉じる。視覚の情報を遮断し、陽介の言葉をその声ごと聞きもらさないようにするかのように。
「……なら、君にとって私はなんだ」
「……大切な、親友だ」
どもりそうになる己を叱責し、陽介は言い切る。瑞月が、長い睫毛に縁取られた瞳を開く。するりと、彼女の両手が陽介の右腕から離れる。右腕が陽介へと伸ばされた。
そうして、陽介が打った、熱を持つ頬に触れる。ひりつく痛みを取り去るように、瑞月の白い手が指の背で陽介の輪郭を撫でた。空いた肩は彼女の片腕でしっかり抑えられている。
そして、当然だが──陽介は瑞月から目を反らせなくなった。
瑞月は瞳が、凪いだ水面のように、歪みなく陽介を写し出す。陽介は身を固くした。もし、わずかでも曇りがあれば、瑞月の碧眼は鮮明にそれを映し出して濁るだろう。
「この頬の痛みに誓えるか。今の言葉を」
「……ああ、嘘なんてつかない」
つけるわけがなかった。瑞月に、ひいては彼女の瞳が映し出した陽介自身に。
陽介は瑞月と親友でいたい。
「俺はお前の────親友だよ」
祈るように、誓うように、まるで告白するように、
陽介は、厳かに瑞月へと告げた。
じっと、瑞月と陽介は真正面からお互いを見つめあう。その間、永遠に時が止まったかのような沈黙があった。口も手も、埃っぽい教室の空気さえもが停止したなか、視線だけで二人は永く語り合う。
なにを? それは友愛について。言葉もない、原始的なコミュニケーションでお互いはお互いを語り合った。いや、もはやそれは手を出さない殴りあいだった。
睨みつけるように、推し量るように、2人は視線でお互いの強さを確かめあう。両者ともども一歩だって引きはしない。
そして、沈黙は突如として打ち破られる。
「そうか」
瑞月が、笑った。氷のかんばせに、彼女のぬくもりに相応しい、春に綻ぶあわい花の色を浮かべて、涙をたえるように唇を震わせながらも、瑞月はふわりとやわく微笑む。
「嬉しいよ、花村。君が私の親友で、恥じることなど、なに一つとしてない。たとえ君は間違ったとしても、それを正そうとする心意気のある人間だからな」
「私も、そういう人間でありたいと思っている。だから……たとえ間違えたとしても、失敗を糧にして前に進もうとする強さを持つあなたの……花村の親友で────私は、とても嬉しくて、誇らしい」
それがすべてだと、陽介には否応なく分かった。瑞月の瞳は一点の曇りもなく、晴れやかな大空に似て澄んだ紺碧が輝いている。陽介の親友であると、瑞月はなんのためらいもなく認めてくれた。
陽介の身体が震えた。瑞月への想いを否定しようとしたときの、ゾワゾワとした嫌なモヤは、もう胸のなかにない。瑞月の、紺碧の中に吸い込まれて、春風に霧が掻き消されるかのように消えてしまった。かわりにホワホワとした
するりと、頬に添えられた瑞月の右腕が離れていく。彼女は手のひらを握った。それから華奢な小指をそっと立てて、陽介に示す。
「だから、改めて約束してくれ。私が親しく想う君を、無暗にないがしろにする真似はしないと」
すがるように、願うように、瑞月が目を細めた。固く引き結ばれた唇とは裏腹に、瑞月の表情は儚い雪のような脆さをまとった。不安を表す、瑞月特有の表情。それが陽介はどうも苦手だった。
今にも、瑞月が溶けて消えてしまいそうに思えるから。
だから、陽介は迷わなかった。普段は逃げてばかりのくせに。束縛を嫌うはずのなのに。
躊躇なく右手の小指を、瑞月の小指へと絡める。無骨な陽介の指に比べて、瑞月の小指は柔く、ぬくい。
太さも、肌の色も、感触も、体温も、何もかもが違う2つの指がかたくかたく結ばれた。
「うん、約束する。少なくとも、お前との関係をけなすような真似は、絶対しない」
『絶対』の2文字が熱を帯びる。瑞月がふっと、頬を緩めた。花のように可憐に瑞月は微笑む。
「約束、したからな」
「ああ、約束された」
「約束だからな」
彼女は何度も繰り返す。
別れを惜しんで、友を繋ぎ止めようとするあどけない子供のように。陽介が忘れないように、刻みこもうとするみたいに。
まるで、瑞月がいなくなっても、ずっと覚えさせようとするみたいに。
何度も、何度も、『約束』という言葉を。