friendship
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唖然とする陽介に、瑞月がズンズンと歩いてくる。そうして、ショッパーを持った陽介の右手を両手で包みこんだ。彼女の華奢な手は、春が宿ったように温かい。いのちを、健やかに育ちゆくものたちを庇護する温度。
だが温もりに反して、瑞月は強く、陽介の手を握った。まるで鎖で引かれるような強引さと乱暴さに、陽介は息を飲む。
「ッ」
「一つだけ、私は君を本気で怒らなければならない。怒声とともに一つ、きみに刻まなければいけないことがある」
そうして、彼女はクワッと瞳をかっ開く。刃のように鋭い瑞月の声が、陽介の鼓膜に突き刺さる。
「きみが、きみ自身の手にしたものと、きみの周りにいて力になってくれるものを否定するな! それはきみ自身の力のひとつ──自分を形づくるひとつでもあるというのに」
ビリビリと、感電したような感覚が身体中を駆け抜けた。瑞月は本気で怒っていた。固まる陽介に対し、怒りに震える瑞月の勢いは止まることを知らない。
「ゆえに自分を否定すれば、きみを大切に思ってくれる人たちを否定する。逆もまたしかりだ。きみを蔑ろにする言動は、君を大切にしてくれている家族や友人を、そして────私を蔑ろにする、非道だ」
二人の間で、瑞月が贈ったショッパーが揺れる。そのとき、瑞月の表情が歪んだ。その中のある感情に陽介は気がつく。眉尻が下がったそれは、幼く、痛ましい悲しみの色を示している。
「バレンタインは大切な人に感謝を込めて贈り物する日なのだろう? ならば、私が君に『友チョコ』を贈った理由は明白だ」
そうして彼女は叫んだ。子供のように感情をむきだしに、陽介に向かって言い放つ。
「君が大切な親友だからに決まっているだろう!? 否定することなんて、何もない。花村の言葉は、私にとっても……真実だ」
そうして彼女は俯いた。肩は小さく震え、あんなにも強く陽介を掴んでいた両手は、弱々しく緩められている。振り払うこともできるだろう。けれど、できなかった。
この手を離してしまったら、瑞月とのすべてが終わってしまうような気がしたのだ。
それだけは、絶対に嫌だった。
「花村が……自分に自信を持てない現状は、私も承知している。だが、それを理由に私との交友を否定する言動は二度としないでほしい。相手に敬意を示す言動と、自分を卑下する言動は似ているようで全くの別物だ」
瑞月が顔を上げる。紺碧の瞳は悲しみの色を増して、乱された湖面のように激しく波打った。
「そして何より、私の大切な親友である花村を、花村自身がナイフで傷つけるような言動は、私が悲しくなる。私の情が虚しいものに思えてくる。冗談のように軽んじられれば……なおさらだ」
瑞月は再びうなだれた。先ほどの刃の鋭さからは打ってかわって、清水のような声は雪のような脆さをともなう。陽介の耳朶を打ったとたん、悲しみがひやりと溶けて頭に染み入ってくる。
「きみの立場や性格を鑑みて、骨身を砕いてでも苦労を負うのは仕方がないのかも知れない。しかし、無闇に自分を軽んじる言動はどうか慎んでほしい」
どうかと、震える声で彼女は懇願する。その声に、陽介はハッとした。
瑞月が怒りをあらわにするのは、家族や友人といった彼女の『平穏』に含まれる人間を傷つけられた場合に限る。逆に彼女は『平穏』に含まれた相手には過保護で、傷つけないよう細心の注意を払う。怒るなど持ってのほかだ。
そして陽介は瑞月にとって『平穏』に含まれる人間だ。
ならばなぜ、本来怒りを向けないはずの陽介に、瑞月は怒ったのか。声を荒げて、陽介を傷つけるリスクをとってまで、瑞月の信念を踏みつけてまで、怒ったか。簡単な理由だ。陽介は思い至る。
(俺が、俺を傷つけようとしたからだ)
瑞月との交友を否定して、瑞月の友である陽介を傷つけようとした。陽介にとっては、一番の友達である瑞月をナイフで傷つけられたようなものだ。その光景を想像し、陽介の喉がヒュッと鳴る。そうして、悟った。
(んなことになったら────)
確実に、陽介も激怒する。
瑞月を傷つけた相手が、誰であっても。たとえ本人である瑞月であっても。
そして、恐らく何がなんでも止めるだろう。
怒鳴ってでも。華奢で、白い手首にアザを残したとしても。それで陽介自身が傷ついたとしても。
陽介は唇を噛み締める。自身の言動の軽率さを悔いた。
瑞月は項垂れたままだった。まるでこっぴどく主に叱られた猫のように、彼女はシュンとしている。普段は堂々と開かれているはずの肩も、落ち込んで丸まってしまっていた。
凛とした姿勢に、隠されていた身体の小ささを陽介は思い知る。きっと、瑞月は傷ついていた。1月の──主婦たちの1件から、存外脆い心を抱えている瑞月を、陽介は知っていた。
強く動じないように見えて、瑞月は以外と繊細な女の子だ。そのあり方は氷細工に似ている。冷たく、凍れる迫力と不動の美しさを持っているけれど、触れれば溶け、簡単にひび割れてしまう。
そして、そんな瑞月を傷つけたのは陽介だ。
だが、このまま彼女を傷つけたままで終わらせたくない。
息をつめて、陽介は空いた左手を持ち上げた。
だが温もりに反して、瑞月は強く、陽介の手を握った。まるで鎖で引かれるような強引さと乱暴さに、陽介は息を飲む。
「ッ」
「一つだけ、私は君を本気で怒らなければならない。怒声とともに一つ、きみに刻まなければいけないことがある」
そうして、彼女はクワッと瞳をかっ開く。刃のように鋭い瑞月の声が、陽介の鼓膜に突き刺さる。
「きみが、きみ自身の手にしたものと、きみの周りにいて力になってくれるものを否定するな! それはきみ自身の力のひとつ──自分を形づくるひとつでもあるというのに」
ビリビリと、感電したような感覚が身体中を駆け抜けた。瑞月は本気で怒っていた。固まる陽介に対し、怒りに震える瑞月の勢いは止まることを知らない。
「ゆえに自分を否定すれば、きみを大切に思ってくれる人たちを否定する。逆もまたしかりだ。きみを蔑ろにする言動は、君を大切にしてくれている家族や友人を、そして────私を蔑ろにする、非道だ」
二人の間で、瑞月が贈ったショッパーが揺れる。そのとき、瑞月の表情が歪んだ。その中のある感情に陽介は気がつく。眉尻が下がったそれは、幼く、痛ましい悲しみの色を示している。
「バレンタインは大切な人に感謝を込めて贈り物する日なのだろう? ならば、私が君に『友チョコ』を贈った理由は明白だ」
そうして彼女は叫んだ。子供のように感情をむきだしに、陽介に向かって言い放つ。
「君が大切な親友だからに決まっているだろう!? 否定することなんて、何もない。花村の言葉は、私にとっても……真実だ」
そうして彼女は俯いた。肩は小さく震え、あんなにも強く陽介を掴んでいた両手は、弱々しく緩められている。振り払うこともできるだろう。けれど、できなかった。
この手を離してしまったら、瑞月とのすべてが終わってしまうような気がしたのだ。
それだけは、絶対に嫌だった。
「花村が……自分に自信を持てない現状は、私も承知している。だが、それを理由に私との交友を否定する言動は二度としないでほしい。相手に敬意を示す言動と、自分を卑下する言動は似ているようで全くの別物だ」
瑞月が顔を上げる。紺碧の瞳は悲しみの色を増して、乱された湖面のように激しく波打った。
「そして何より、私の大切な親友である花村を、花村自身がナイフで傷つけるような言動は、私が悲しくなる。私の情が虚しいものに思えてくる。冗談のように軽んじられれば……なおさらだ」
瑞月は再びうなだれた。先ほどの刃の鋭さからは打ってかわって、清水のような声は雪のような脆さをともなう。陽介の耳朶を打ったとたん、悲しみがひやりと溶けて頭に染み入ってくる。
「きみの立場や性格を鑑みて、骨身を砕いてでも苦労を負うのは仕方がないのかも知れない。しかし、無闇に自分を軽んじる言動はどうか慎んでほしい」
どうかと、震える声で彼女は懇願する。その声に、陽介はハッとした。
瑞月が怒りをあらわにするのは、家族や友人といった彼女の『平穏』に含まれる人間を傷つけられた場合に限る。逆に彼女は『平穏』に含まれた相手には過保護で、傷つけないよう細心の注意を払う。怒るなど持ってのほかだ。
そして陽介は瑞月にとって『平穏』に含まれる人間だ。
ならばなぜ、本来怒りを向けないはずの陽介に、瑞月は怒ったのか。声を荒げて、陽介を傷つけるリスクをとってまで、瑞月の信念を踏みつけてまで、怒ったか。簡単な理由だ。陽介は思い至る。
(俺が、俺を傷つけようとしたからだ)
瑞月との交友を否定して、瑞月の友である陽介を傷つけようとした。陽介にとっては、一番の友達である瑞月をナイフで傷つけられたようなものだ。その光景を想像し、陽介の喉がヒュッと鳴る。そうして、悟った。
(んなことになったら────)
確実に、陽介も激怒する。
瑞月を傷つけた相手が、誰であっても。たとえ本人である瑞月であっても。
そして、恐らく何がなんでも止めるだろう。
怒鳴ってでも。華奢で、白い手首にアザを残したとしても。それで陽介自身が傷ついたとしても。
陽介は唇を噛み締める。自身の言動の軽率さを悔いた。
瑞月は項垂れたままだった。まるでこっぴどく主に叱られた猫のように、彼女はシュンとしている。普段は堂々と開かれているはずの肩も、落ち込んで丸まってしまっていた。
凛とした姿勢に、隠されていた身体の小ささを陽介は思い知る。きっと、瑞月は傷ついていた。1月の──主婦たちの1件から、存外脆い心を抱えている瑞月を、陽介は知っていた。
強く動じないように見えて、瑞月は以外と繊細な女の子だ。そのあり方は氷細工に似ている。冷たく、凍れる迫力と不動の美しさを持っているけれど、触れれば溶け、簡単にひび割れてしまう。
そして、そんな瑞月を傷つけたのは陽介だ。
だが、このまま彼女を傷つけたままで終わらせたくない。
息をつめて、陽介は空いた左手を持ち上げた。