friendship
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「……は? ……はぁぁああああああああああっ!?」
「大声で喉を酷使するなよ、花村。やはり人気のない実習棟にしておいて正解だったか」
肺の空気をすべて吐き出すかのような陽介の叫びを予期していたらしい。瑞月は耳元をくの字に折った前腕で押さえて、涼しい顔をしている。
「お、おま、そもそも、今日がバレンタインだってコト知ってたの?」
「花村、私は世間知らずかもしれないが、それくらいは知っている。ジュネスだって、広告を出していただろう」
「だって朝、おまえ朝、ぜんぜっん話に乗ってこなかったじゃん!!」
「乗らないようにしていたからな」
「な、なんで? オレあんなアピールしてたってのに!」
「教室で渡したくなかったんだ。うっかり話題に乗って、チョコを私が持っていると分かれば、教室から好奇の目で見られると思ってな。よこしまな噂が立っては、私もきみも困るだろう?」
「な、なんたる策士……」
「『平穏』を保つための策だ。で、花村は受け取るのか? 受け取らないのか?」
痺れを切らした瑞月が青いショッパー──ないし友チョコを陽介の目の前に引っ提げる。もちろん、陽介の答えは一つしかなかった。
ははーっと殿下から褒美を賜る臣下のごとく、恭しくそれを受け取った。見た目に反して意外と重い。
「ありがたく受け取らせていただきます」
「うむ。結構」
芝居がかった動きで、瑞月は深々と頷く。普段は真面目な瑞月がノリ良く対応する様子がおかしくて、フハッと陽介は噴き出した。ひとしきり笑い終えた陽介が顔をあげると、瑞月は柔らかく笑っている。雪解けを知らせる春の息吹を思わせる笑顔だ。
「喜んでもらえたのなら良かった。まあ煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「煮るなり焼くなりって……んなことすっかよ。せっかくのチョコが溶けちまうだろ? 今日の戦利品として大事に食いますー」
「……」
なぜか、瑞月が目を反らした。そうして、申し訳なさそうに眉を下げる。意味深な反応に陽介は首を傾げた。
「瀬名、どした? まさか……食い物じゃねーとか!?」
「いや、そこは安心してくれ。きちんと食べ物を選んだのだが……チョコではないのだ。軽く食品偽装のように思えて、いたたまれなくてな」
スンッ……と陽介の表情筋から力が抜ける。真面目な瑞月らしいとはいえ、正直、陽介にとっては心底どうでもいい心配だ。未だに力なく眉を下げた瑞月に向かって、陽介は呆れかえる。
「あのなぁ、瀬名。チョコだろうか、他のもんだろうが、こういうのは貰えりゃうれしーいの」
「そうなのか?」
「そそ」
うんうんと、大袈裟な仕草で陽介は頷く。
「バレンタインってのは、『恋人の日』ーとか言われてるけど、今は誕生日とかと意味合いとか同じなんだよ。ダチとか、家族とか、大切な人に感謝を込めて贈り物する日なの。だから、マブダチのお前がくれたってだけでオレは嬉しいわけ」
「マブダチ……?」
きょとんと、瑞月が首をかしげる。うっと、陽介は言葉につまる。あーうーとよく分からないうめきを発したあと、それでも陽介は彼女の目をまっすぐに見た。
「…………『親友』って、意味な」
瑞月が目を丸くする。とたん、陽介は頬が熱くなる感覚に襲われた。瑞月は平気で口にしていたけれど、陽介にしてみればとてもとても恥ずかしい。
表面上、陽介は社交的な人間だ。多弁でときどき地雷を踏むお調子者。しかし実際、それは世渡りのための仮面でしかない。
本当の陽介は、臆病で閉鎖的な人間だ。傷つきやすいから、他人を内側に入れたりしない。相手に踏み込まれないよう、自分から地雷に踏み込んで、近づかれないよう一定の距離感を保っている。ときたま言われる『地雷屋』とは────素の面もあるけれど、処世術の面が強い。
ゆえに、瑞月への『親友』宣言は非常に勇気のいるものだった。なぜなら瑞月が、陽介の臆病さや、みっともなさを抱えた内側に入り込める存在であると許したのと同義なのだから。
自分の弱さを見せられる相手と、瑞月を認めたようなものだ。
だが、瑞月は瞳を丸くしたまま何も言わない。陽介は急激に、胸が空くような虚しさを覚えた。もしかすると、瑞月にとって『ウザい』束縛にとれたかもしれない。しぼむ心を隠して、陽介は捲し立てる。
「あ、あはははは。なんつってな。オレらってば、なんやかんや一緒に過ごしてる時間多いからさ。親友っつってもいーんじゃないかと思ったけど、ジョークすよ、ジョーク」
言っていて、虚しく空いた胸のなかをゾワゾワとした嫌なモヤが蝕んでいく。違う、そうじゃない。こんな瑞月との関係を否定したい訳ではないのに、染み付いた処世術が、陽介が大切にしてる彼女との関係に罅を入れようとする。本当は、そんなこと、したくないのに。
キシキシと、よく回る舌が軋む。でも、止められない。陽介自身では止めることができなくて────
「男女で親友なんてなれるワケね────」
「────そんなことないッ!」
────ピシャリと清冽な声が響いた。冷えた清水をぶつけられたように、陽介は我に返った。瑞月は肩をいからせて、悔しそうに唇を噛み締めている。陽介は認識する、そしてビックリした。彼女が叫んだ事実を。瑞月が声を荒げるなど、滅多にない事態だ。
「大声で喉を酷使するなよ、花村。やはり人気のない実習棟にしておいて正解だったか」
肺の空気をすべて吐き出すかのような陽介の叫びを予期していたらしい。瑞月は耳元をくの字に折った前腕で押さえて、涼しい顔をしている。
「お、おま、そもそも、今日がバレンタインだってコト知ってたの?」
「花村、私は世間知らずかもしれないが、それくらいは知っている。ジュネスだって、広告を出していただろう」
「だって朝、おまえ朝、ぜんぜっん話に乗ってこなかったじゃん!!」
「乗らないようにしていたからな」
「な、なんで? オレあんなアピールしてたってのに!」
「教室で渡したくなかったんだ。うっかり話題に乗って、チョコを私が持っていると分かれば、教室から好奇の目で見られると思ってな。よこしまな噂が立っては、私もきみも困るだろう?」
「な、なんたる策士……」
「『平穏』を保つための策だ。で、花村は受け取るのか? 受け取らないのか?」
痺れを切らした瑞月が青いショッパー──ないし友チョコを陽介の目の前に引っ提げる。もちろん、陽介の答えは一つしかなかった。
ははーっと殿下から褒美を賜る臣下のごとく、恭しくそれを受け取った。見た目に反して意外と重い。
「ありがたく受け取らせていただきます」
「うむ。結構」
芝居がかった動きで、瑞月は深々と頷く。普段は真面目な瑞月がノリ良く対応する様子がおかしくて、フハッと陽介は噴き出した。ひとしきり笑い終えた陽介が顔をあげると、瑞月は柔らかく笑っている。雪解けを知らせる春の息吹を思わせる笑顔だ。
「喜んでもらえたのなら良かった。まあ煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「煮るなり焼くなりって……んなことすっかよ。せっかくのチョコが溶けちまうだろ? 今日の戦利品として大事に食いますー」
「……」
なぜか、瑞月が目を反らした。そうして、申し訳なさそうに眉を下げる。意味深な反応に陽介は首を傾げた。
「瀬名、どした? まさか……食い物じゃねーとか!?」
「いや、そこは安心してくれ。きちんと食べ物を選んだのだが……チョコではないのだ。軽く食品偽装のように思えて、いたたまれなくてな」
スンッ……と陽介の表情筋から力が抜ける。真面目な瑞月らしいとはいえ、正直、陽介にとっては心底どうでもいい心配だ。未だに力なく眉を下げた瑞月に向かって、陽介は呆れかえる。
「あのなぁ、瀬名。チョコだろうか、他のもんだろうが、こういうのは貰えりゃうれしーいの」
「そうなのか?」
「そそ」
うんうんと、大袈裟な仕草で陽介は頷く。
「バレンタインってのは、『恋人の日』ーとか言われてるけど、今は誕生日とかと意味合いとか同じなんだよ。ダチとか、家族とか、大切な人に感謝を込めて贈り物する日なの。だから、マブダチのお前がくれたってだけでオレは嬉しいわけ」
「マブダチ……?」
きょとんと、瑞月が首をかしげる。うっと、陽介は言葉につまる。あーうーとよく分からないうめきを発したあと、それでも陽介は彼女の目をまっすぐに見た。
「…………『親友』って、意味な」
瑞月が目を丸くする。とたん、陽介は頬が熱くなる感覚に襲われた。瑞月は平気で口にしていたけれど、陽介にしてみればとてもとても恥ずかしい。
表面上、陽介は社交的な人間だ。多弁でときどき地雷を踏むお調子者。しかし実際、それは世渡りのための仮面でしかない。
本当の陽介は、臆病で閉鎖的な人間だ。傷つきやすいから、他人を内側に入れたりしない。相手に踏み込まれないよう、自分から地雷に踏み込んで、近づかれないよう一定の距離感を保っている。ときたま言われる『地雷屋』とは────素の面もあるけれど、処世術の面が強い。
ゆえに、瑞月への『親友』宣言は非常に勇気のいるものだった。なぜなら瑞月が、陽介の臆病さや、みっともなさを抱えた内側に入り込める存在であると許したのと同義なのだから。
自分の弱さを見せられる相手と、瑞月を認めたようなものだ。
だが、瑞月は瞳を丸くしたまま何も言わない。陽介は急激に、胸が空くような虚しさを覚えた。もしかすると、瑞月にとって『ウザい』束縛にとれたかもしれない。しぼむ心を隠して、陽介は捲し立てる。
「あ、あはははは。なんつってな。オレらってば、なんやかんや一緒に過ごしてる時間多いからさ。親友っつってもいーんじゃないかと思ったけど、ジョークすよ、ジョーク」
言っていて、虚しく空いた胸のなかをゾワゾワとした嫌なモヤが蝕んでいく。違う、そうじゃない。こんな瑞月との関係を否定したい訳ではないのに、染み付いた処世術が、陽介が大切にしてる彼女との関係に罅を入れようとする。本当は、そんなこと、したくないのに。
キシキシと、よく回る舌が軋む。でも、止められない。陽介自身では止めることができなくて────
「男女で親友なんてなれるワケね────」
「────そんなことないッ!」
────ピシャリと清冽な声が響いた。冷えた清水をぶつけられたように、陽介は我に返った。瑞月は肩をいからせて、悔しそうに唇を噛み締めている。陽介は認識する、そしてビックリした。彼女が叫んだ事実を。瑞月が声を荒げるなど、滅多にない事態だ。