friendship
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
2月14日 月曜日
バレンタイン──それは学校が、一年のうちで最もソワソワと浮き立つ日だ。
男子は全員が、女子は恋する子が甘い期待を胸に落ち着きを失くす。花村陽介も男子の例にもれず、期待に胸を弾ませて、少し早めに登校していた。雪の日であるにも関わらず、微笑ましい努力である。もっとも、それが報われるかはわからないが。
(文化祭での活躍もあったし、もしかすると俺目当てにチョコを持ってきている子もいるかもしれん……!)
などと、自然に心が浮足立って、雪道にも関わらず歩調を早める。そして陽介は脚を軽やかに振り上げ着地────した地面が凍結していた。
「うわぁ!?」
ツルリと、陽介は後方に足を滑らせる。転倒方向にはうず高く積もった雪山を発見。ウソだろ!? と叫ぶ間もなく、バランスを崩して尻もちを────
「────ッ!」
「────へッ?」
──つかなかった。グイッと右腕の付け根を強引に引っ張られ、上へと強制的に引きあげられ、陽介は誰かに寄りかかるかたちで、見事に体勢を建て直していた。一体、陽介は誰に助けられたのか。疑問に答えるかのように、凛とした響きが後方から鼓膜を突いた。
「大事ないか。花村」
「うぉわッ! 瀬名サン!?」
思わず振り向いて、驚きで陽介は叫んだ。助けてくれた友人には申し訳ないが、陽介にとっては無理もなかった。なにせ、顔の間近に、友人の綺麗な顔があったからだ。
キメの細かい白雪の肌。氷を切り出し、慎重に研磨したかのような冷たさと鋭さを持つ滑らかな輪郭。それらの中央に収まった──長い睫に縁取られた、清浄な泉を思わせる紺碧の大きな瞳。
ただ、冷たさが印象的な面差しは、実に人間らしい表情を浮かべていた。心配そうに細い眉が下がっている。
人の顔がそばにあるだけでも驚くのに、珠のように輝くかんばせにパニックすら起こした陽介は、思わず前方に体を倒しかける。だが、倒れはしない。友人がびくともせずに、暴れる陽介をとらえているからだ。
「花村、暴れて雪山に突っ込みたいか。今離すから、大人しくしてくれ」
「仕方ないだろっ。美形がちっけーんだよ!! 目が潰れる!」
「潰れないし安心してほしい。何もしない。友人を転ばせたくないだけだ」
「なにこのコ俺よりイケメン!」
陽介が落ち着いた合間に、彼を助けた友人──瀬名瑞月は手を放す。陽介はバクバクとうるさい心臓を押さえて身を翻し、瑞月と相対した。友人の陽介を救助したというのに、間近に顔を近づけあったというのに、瑞月は素知らぬ顔で陽介を見返す。
「花村、雪の日に考え事をしながら歩くのは危険だ。転倒して骨でも折ったら、洒落にならない」
「お、おっしゃる通りでごぜーます……」
やはり瑞月は平常運転であった。バレンタインの甘い空気も、異性の人間と顔を近づけあったハプニングも、彼女には関心がないらしい。瑞月の清廉な雰囲気に、浮き立った気持ちが落ち着いていく。というよりは、異性の友達に情けない一面を見られた事実に心が急速冷凍された。
バツが悪そうに陽介は頭をガシガシと掻く。その様子を瑞月は大きな目で観察していた。彼女の視線に気がついた陽介は問う。
「ん、どした? 瀬名」
「いや、その……」
瑞月はちょっと呆れたように、けれど、安心したように目尻を丸め、柔らかく頬を緩めた。
「花村が無事で、何よりだ」
そういって、瑞月が足早に歩きだす。陽介は再び急速凝固する。だが、遠ざかっていく瑞月に置いていかれまいと、慌てて陽介は瑞月を追った。
「おーい、おふたりさーん、おはよーっ」
すると唐突に、後ろからはつらつと元気な呼び声がかかる。
「千枝さん、おはよう」
「あ……里中。はよー」
振り向けば、同級生の里中千枝が陽介たちに手を振っている。きっと雪の日だから、早めに家を出たのだろう。雪道だというのに足取り軽く陽介のもとによるなり、ニヤニヤと笑う。陽介は嫌な予感がした。
「見てたよー、花村。尻もちつきかけて瑞月ちゃんに助けてもらうトコ。で、異性に助けてもらった感想はどう? ときめいた?」
「からかうなって! ときめく前に心臓がヒヤッとしたわっ、跳ねるどころか凍り付いたわ!!」
「同感だ。胸どころか、雪に突っ込んで全身凍るところだったのだから。悪天候の日に転ぶのはもう勘弁してくれ……」
「『もう』勘弁……? 前にもなんかがあったの?」
「あー、あー、カットカット! ここから先は極秘事項となっておりまーーす!!」
瑞月の遠い目に、千枝がキョトンとする。天性の勘の良さを持つ彼女は、瑞月の些細な発言が引っかかったらしい。陽介はアワアワと手を振りかざした。
けちーっ、と千枝が不満げに頬を膨らませた。もともとの顔立ちがいいから、リスのように可愛らしい。しかし、陽介は絆されない。千枝は生粋の肉食獣だ。狙った獲物は肉であろうと噂話だろうと逃がさないとくる。だが、陽介の沈黙は意味のないものとなる。
「雨の日に花村が自転車で転びかけたというだけだ。……あれから、転倒していないのだろうな」
「うわー、花村その年になって転ぶ?」
「瀬名さんっナンで言っちゃうのぉ!?」
淡々と、瑞月が千枝に答えてしまったのだ。薄情とも言える彼女に陽介は嚙みついた。千枝はあきれた表情を陽介に向ける。瑞月が重要なところを伏せてくれたとはいえ、羞恥で陽介の頬が熱に染まる。瑞月は堂々と切り返した。
「隠すとやましいことがあると思われるだろうから、早めに言った方がよい。ところで、あれから雨の日は自転車で転んでいないだろうな」
「……まぁ、何とか」
と言いつつ、陽介は目線を意味ありげに逸らした。実を言うと、レインコートを着ていても危うくハンドルを取られて転倒しかけたことが、何回もあったのである。
「……絶対なんか引っかかってんじゃん」
「……花村、きみはもう悪天候の日に自転車を漕ぐな……。命に関わる」
「……ウス」
千枝は胡乱に呟き、察した瑞月はあきれ返る。陽介は居たたまれない思いで頷いた。
バレンタイン──それは学校が、一年のうちで最もソワソワと浮き立つ日だ。
男子は全員が、女子は恋する子が甘い期待を胸に落ち着きを失くす。花村陽介も男子の例にもれず、期待に胸を弾ませて、少し早めに登校していた。雪の日であるにも関わらず、微笑ましい努力である。もっとも、それが報われるかはわからないが。
(文化祭での活躍もあったし、もしかすると俺目当てにチョコを持ってきている子もいるかもしれん……!)
などと、自然に心が浮足立って、雪道にも関わらず歩調を早める。そして陽介は脚を軽やかに振り上げ着地────した地面が凍結していた。
「うわぁ!?」
ツルリと、陽介は後方に足を滑らせる。転倒方向にはうず高く積もった雪山を発見。ウソだろ!? と叫ぶ間もなく、バランスを崩して尻もちを────
「────ッ!」
「────へッ?」
──つかなかった。グイッと右腕の付け根を強引に引っ張られ、上へと強制的に引きあげられ、陽介は誰かに寄りかかるかたちで、見事に体勢を建て直していた。一体、陽介は誰に助けられたのか。疑問に答えるかのように、凛とした響きが後方から鼓膜を突いた。
「大事ないか。花村」
「うぉわッ! 瀬名サン!?」
思わず振り向いて、驚きで陽介は叫んだ。助けてくれた友人には申し訳ないが、陽介にとっては無理もなかった。なにせ、顔の間近に、友人の綺麗な顔があったからだ。
キメの細かい白雪の肌。氷を切り出し、慎重に研磨したかのような冷たさと鋭さを持つ滑らかな輪郭。それらの中央に収まった──長い睫に縁取られた、清浄な泉を思わせる紺碧の大きな瞳。
ただ、冷たさが印象的な面差しは、実に人間らしい表情を浮かべていた。心配そうに細い眉が下がっている。
人の顔がそばにあるだけでも驚くのに、珠のように輝くかんばせにパニックすら起こした陽介は、思わず前方に体を倒しかける。だが、倒れはしない。友人がびくともせずに、暴れる陽介をとらえているからだ。
「花村、暴れて雪山に突っ込みたいか。今離すから、大人しくしてくれ」
「仕方ないだろっ。美形がちっけーんだよ!! 目が潰れる!」
「潰れないし安心してほしい。何もしない。友人を転ばせたくないだけだ」
「なにこのコ俺よりイケメン!」
陽介が落ち着いた合間に、彼を助けた友人──瀬名瑞月は手を放す。陽介はバクバクとうるさい心臓を押さえて身を翻し、瑞月と相対した。友人の陽介を救助したというのに、間近に顔を近づけあったというのに、瑞月は素知らぬ顔で陽介を見返す。
「花村、雪の日に考え事をしながら歩くのは危険だ。転倒して骨でも折ったら、洒落にならない」
「お、おっしゃる通りでごぜーます……」
やはり瑞月は平常運転であった。バレンタインの甘い空気も、異性の人間と顔を近づけあったハプニングも、彼女には関心がないらしい。瑞月の清廉な雰囲気に、浮き立った気持ちが落ち着いていく。というよりは、異性の友達に情けない一面を見られた事実に心が急速冷凍された。
バツが悪そうに陽介は頭をガシガシと掻く。その様子を瑞月は大きな目で観察していた。彼女の視線に気がついた陽介は問う。
「ん、どした? 瀬名」
「いや、その……」
瑞月はちょっと呆れたように、けれど、安心したように目尻を丸め、柔らかく頬を緩めた。
「花村が無事で、何よりだ」
そういって、瑞月が足早に歩きだす。陽介は再び急速凝固する。だが、遠ざかっていく瑞月に置いていかれまいと、慌てて陽介は瑞月を追った。
「おーい、おふたりさーん、おはよーっ」
すると唐突に、後ろからはつらつと元気な呼び声がかかる。
「千枝さん、おはよう」
「あ……里中。はよー」
振り向けば、同級生の里中千枝が陽介たちに手を振っている。きっと雪の日だから、早めに家を出たのだろう。雪道だというのに足取り軽く陽介のもとによるなり、ニヤニヤと笑う。陽介は嫌な予感がした。
「見てたよー、花村。尻もちつきかけて瑞月ちゃんに助けてもらうトコ。で、異性に助けてもらった感想はどう? ときめいた?」
「からかうなって! ときめく前に心臓がヒヤッとしたわっ、跳ねるどころか凍り付いたわ!!」
「同感だ。胸どころか、雪に突っ込んで全身凍るところだったのだから。悪天候の日に転ぶのはもう勘弁してくれ……」
「『もう』勘弁……? 前にもなんかがあったの?」
「あー、あー、カットカット! ここから先は極秘事項となっておりまーーす!!」
瑞月の遠い目に、千枝がキョトンとする。天性の勘の良さを持つ彼女は、瑞月の些細な発言が引っかかったらしい。陽介はアワアワと手を振りかざした。
けちーっ、と千枝が不満げに頬を膨らませた。もともとの顔立ちがいいから、リスのように可愛らしい。しかし、陽介は絆されない。千枝は生粋の肉食獣だ。狙った獲物は肉であろうと噂話だろうと逃がさないとくる。だが、陽介の沈黙は意味のないものとなる。
「雨の日に花村が自転車で転びかけたというだけだ。……あれから、転倒していないのだろうな」
「うわー、花村その年になって転ぶ?」
「瀬名さんっナンで言っちゃうのぉ!?」
淡々と、瑞月が千枝に答えてしまったのだ。薄情とも言える彼女に陽介は嚙みついた。千枝はあきれた表情を陽介に向ける。瑞月が重要なところを伏せてくれたとはいえ、羞恥で陽介の頬が熱に染まる。瑞月は堂々と切り返した。
「隠すとやましいことがあると思われるだろうから、早めに言った方がよい。ところで、あれから雨の日は自転車で転んでいないだろうな」
「……まぁ、何とか」
と言いつつ、陽介は目線を意味ありげに逸らした。実を言うと、レインコートを着ていても危うくハンドルを取られて転倒しかけたことが、何回もあったのである。
「……絶対なんか引っかかってんじゃん」
「……花村、きみはもう悪天候の日に自転車を漕ぐな……。命に関わる」
「……ウス」
千枝は胡乱に呟き、察した瑞月はあきれ返る。陽介は居たたまれない思いで頷いた。