暴露
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落ち着いた陽介は、公園の蛇口で顔を洗った。涙が溢れるギリギリで抑えたといっても、やっぱり腫れてしまうものは腫れてしまうのだ。
瑞月はというと、陽介が顔を洗った理由について何も尋ねない。いつもと変わらず、凪いだ面差しで陽介をベンチにて待っていた。
顔を洗い終えて、陽介は瑞月の隣に座る。バイト用に持っていたタオルで顔を拭っていると、不意に隣の瑞月が尋ねてきた。
「それで、花村は私と友達でいてくれるのか?」
「それ、もう今さら確認することなのか?」
タオルから顔を上げた陽介はじとーっとした目を向ける。陽介としてはお互いの関係を改めて確認しあったと思っていただけに、わりとショックだ。すると、瑞月は気まずそうに視線をさ迷わせた。
「だって、こういう、お互いの気持ちを吐き出したときは、きちんと区切りを設けるべきではないか? 言葉にすることで、気持ちの整理がつくだろう」
「あー、なるほど。友情の儀式みたいな? 瀬名も意外とそういう青春ぽいこと好きなのな」
「おや。では、花村は嫌いなのか?」
「んなわけねーだろ! 正直、いや、ちょっと……だいぶ憧れてます。ハイ」
「奇遇だな。私もだ」
ころころと、瑞月が笑う。つられて陽介も笑った。気取った道化じみた笑いではない、心の底からの笑いが飛び出す。いつ以来だろうか、こんなに清々しい気持ちで笑ったのは。気負わない自身の笑い声を、陽介は数年ぶりに聞いた気がした。
「ならさ、握手ってのはどーよ。俺らって何だかんだ手ぇ握るコト多いじゃん。友達になったときとか、この前仲直りしたときとか」
「そういえばそうだな。なら、さっそく握るか」
ん。と瑞月が右手を差し出す。陽介もまた右手を差し出した。瑞月の華奢で白い──けれど温かな手に、陽介の手のひらが組み合わさる。陽介と瑞月、友情を確かめあう、2人だけの特別な儀式に、陽介の心はドキドキとはしゃいだ。瑞月も楽しそうに笑んで、繋がれた手を見つけている。
「ありがとう、花村。大切にするからな」
「は…………」
爆弾が、落ちた。大切にする。大切にす、る? 陽介の中でも瑞月の言葉がぐるぐると頭を巡ったすえ────ぶわりと、顔が沸騰した。
これではまるで、告白のようだと。
(そういえばさっき、コイツスゴいこと言ってなかったけ……?)
『細やかだけれど、きみが困難を乗りこえる力のひとつとしてほしい』『私が君から離れることはない』『花村が、一人で辛い思いを背負うよりマシだ』
などなどなど、ロマンティックなプロポーズも真っ青な殺し文句を次々と口にしていた。ぷしゅうと、陽介は湯気を吹き出す。
「……あの、さ、瀬名、サンキュな。俺のこと、すげー心配してくれて……でも、『大切だ』とか、『君から離れることはない』なんて、簡単に使っちゃダメだかんな……」
「事実だが。それにトラブルに巻き込まれた私が、君から離れていくと思っていただろう。だから気負わないように釘をさしたまでなのだが」
「うぐっ…………!」
瑞月はキョトンと首をかしげている。陽介は口をへの字に曲げた。瑞月の指摘は図星であった。陽介はたしかに、瑞月 が踏み込んできてくれなければ、瑞月から遠ざかっていたかもしれない。
だが、事実だからといってなんでも言っていいわけではないのである。これは重症だと陽介は頭を抱えた。彼女は自身の感情にストレートすぎて、言葉を選ぶことができないようだ。
「んなこと思ってねーてっ!! そーゆーのはオトコノコに言うと誤解されるの!! ダチの俺だからいいけど、いーな!? 絶対他のヤツに使うなよッ」
「使うほど親しい男性が他にいないゆえ、問題ない」
「あぁ、さいですか……。いや、そうだったな……」
あまりに純真な瑞月に、陽介の内側に保護者的な庇護欲が芽生えてくる。だめだコイツ、なんか放置しちゃいけない気がする。自覚ない天然タラシでタチの悪い男をひっかけてストーカー紛いの被害を受けそうな予感がすると、陽介は天を仰いだ。
(まぁ、なんだかんだで一件落着なんだろうな……)
思いがけないハプニングもあったけれど、陽介は今日を良い一日だったと言える心持ちだった。
瑞月が人には見せたくない一面を陽介に見せてくれた。
陽介もまた、自分の弱みをさらけ出せた。
そうして、瑞月は弱い陽介を受け止めて励ましてくれた。
どれもが、陽介にとっては大切な思い出だった。瑞月が認めてくれたから、陽介は自分を少し好きになれた気がする。
しばらくして、2人は名残惜しそうに繋いだ手をほどく。瑞月の体温が失われるのが寂しくて、陽介は何となく手のひらを握りしめた。
瑞月 はベンチから立ち上がった。曲がっていた腰を正すためか、彼女は大きく背伸びをする。
「さて、では帰ろうか。あまり外で身体を冷やすと風邪を引くのでな」
ふと陽介は疑問を覚える。瑞月は親しい人間が傷つく事態にやたらと忌避感を示す。それがなぜなのか陽介は気にかかった。
「……あのさ」
陽介は疑問を投げようとして、開いた口を固める。不思議そうに陽介を見つめる彼女はいつも通り凛と大人びている。
だが、陽介は知っていた。瑞月は大人びているように見えて、意外と子供っぽいところがある。変なところで直情的になったり、好奇心が旺盛だったり。大人びているのはフェイクで、背後に意外と未成熟な少女性がちらつく。ときおり見せる、無邪気な笑顔が何よりの証拠だ。
(でも、今日は……すっげー可哀想なカオしてたんだよなぁ)
陽介が失礼な主婦たちに傷つけられたときに──幼く痛ましい表情は何だったのだろうか。
瑞月は、過去に両親から捨てられたという。けれど、どうも、その経験だけで人が傷つく事態に過敏に反応する性格が形作られるとは考えにくかった。それに彼女の『他人を助けて、自分が救われたい』という言葉もひっかかった。加えて──
『無辜の──無実の人間が、存在だけで虐げられるのは最も忌むべき理不尽だ』
──おもくおもく、血を吐くように告げられた言葉が。苦しそうに眉根を寄せた瑞月が。
陽介は忘れられなかった。
(もしかして…………なんかまだ、言えないコトとか、あったりするんかな)
もしもそうならば、陽介は瑞月の力になりたいと思う。けれど──
「なんでもねぇ……」
──それを聞く勇気を陽介は持っていない。結局、曖昧に言葉を濁した。尋ねてしまって、瑞月との関係に罅を入れたくないのだ。
だから、いつか、瑞月が話してくれるまで待とうと、そう決めた。
公園を後にした2人は歩幅を合わせて、自宅までの短い道のりを他愛ない会話を交わしながら帰りゆく。分厚かった曇り空から太陽が見えた。橙色に輝く光が陽介たちの帰路を照らしていた。
後日、稲羽中央通り商店街にて曇天の日は幽霊が出るという噂がまことしやかに囁かれた。
瑞月はというと、陽介が顔を洗った理由について何も尋ねない。いつもと変わらず、凪いだ面差しで陽介をベンチにて待っていた。
顔を洗い終えて、陽介は瑞月の隣に座る。バイト用に持っていたタオルで顔を拭っていると、不意に隣の瑞月が尋ねてきた。
「それで、花村は私と友達でいてくれるのか?」
「それ、もう今さら確認することなのか?」
タオルから顔を上げた陽介はじとーっとした目を向ける。陽介としてはお互いの関係を改めて確認しあったと思っていただけに、わりとショックだ。すると、瑞月は気まずそうに視線をさ迷わせた。
「だって、こういう、お互いの気持ちを吐き出したときは、きちんと区切りを設けるべきではないか? 言葉にすることで、気持ちの整理がつくだろう」
「あー、なるほど。友情の儀式みたいな? 瀬名も意外とそういう青春ぽいこと好きなのな」
「おや。では、花村は嫌いなのか?」
「んなわけねーだろ! 正直、いや、ちょっと……だいぶ憧れてます。ハイ」
「奇遇だな。私もだ」
ころころと、瑞月が笑う。つられて陽介も笑った。気取った道化じみた笑いではない、心の底からの笑いが飛び出す。いつ以来だろうか、こんなに清々しい気持ちで笑ったのは。気負わない自身の笑い声を、陽介は数年ぶりに聞いた気がした。
「ならさ、握手ってのはどーよ。俺らって何だかんだ手ぇ握るコト多いじゃん。友達になったときとか、この前仲直りしたときとか」
「そういえばそうだな。なら、さっそく握るか」
ん。と瑞月が右手を差し出す。陽介もまた右手を差し出した。瑞月の華奢で白い──けれど温かな手に、陽介の手のひらが組み合わさる。陽介と瑞月、友情を確かめあう、2人だけの特別な儀式に、陽介の心はドキドキとはしゃいだ。瑞月も楽しそうに笑んで、繋がれた手を見つけている。
「ありがとう、花村。大切にするからな」
「は…………」
爆弾が、落ちた。大切にする。大切にす、る? 陽介の中でも瑞月の言葉がぐるぐると頭を巡ったすえ────ぶわりと、顔が沸騰した。
これではまるで、告白のようだと。
(そういえばさっき、コイツスゴいこと言ってなかったけ……?)
『細やかだけれど、きみが困難を乗りこえる力のひとつとしてほしい』『私が君から離れることはない』『花村が、一人で辛い思いを背負うよりマシだ』
などなどなど、ロマンティックなプロポーズも真っ青な殺し文句を次々と口にしていた。ぷしゅうと、陽介は湯気を吹き出す。
「……あの、さ、瀬名、サンキュな。俺のこと、すげー心配してくれて……でも、『大切だ』とか、『君から離れることはない』なんて、簡単に使っちゃダメだかんな……」
「事実だが。それにトラブルに巻き込まれた私が、君から離れていくと思っていただろう。だから気負わないように釘をさしたまでなのだが」
「うぐっ…………!」
瑞月はキョトンと首をかしげている。陽介は口をへの字に曲げた。瑞月の指摘は図星であった。陽介はたしかに、瑞月 が踏み込んできてくれなければ、瑞月から遠ざかっていたかもしれない。
だが、事実だからといってなんでも言っていいわけではないのである。これは重症だと陽介は頭を抱えた。彼女は自身の感情にストレートすぎて、言葉を選ぶことができないようだ。
「んなこと思ってねーてっ!! そーゆーのはオトコノコに言うと誤解されるの!! ダチの俺だからいいけど、いーな!? 絶対他のヤツに使うなよッ」
「使うほど親しい男性が他にいないゆえ、問題ない」
「あぁ、さいですか……。いや、そうだったな……」
あまりに純真な瑞月に、陽介の内側に保護者的な庇護欲が芽生えてくる。だめだコイツ、なんか放置しちゃいけない気がする。自覚ない天然タラシでタチの悪い男をひっかけてストーカー紛いの被害を受けそうな予感がすると、陽介は天を仰いだ。
(まぁ、なんだかんだで一件落着なんだろうな……)
思いがけないハプニングもあったけれど、陽介は今日を良い一日だったと言える心持ちだった。
瑞月が人には見せたくない一面を陽介に見せてくれた。
陽介もまた、自分の弱みをさらけ出せた。
そうして、瑞月は弱い陽介を受け止めて励ましてくれた。
どれもが、陽介にとっては大切な思い出だった。瑞月が認めてくれたから、陽介は自分を少し好きになれた気がする。
しばらくして、2人は名残惜しそうに繋いだ手をほどく。瑞月の体温が失われるのが寂しくて、陽介は何となく手のひらを握りしめた。
瑞月 はベンチから立ち上がった。曲がっていた腰を正すためか、彼女は大きく背伸びをする。
「さて、では帰ろうか。あまり外で身体を冷やすと風邪を引くのでな」
ふと陽介は疑問を覚える。瑞月は親しい人間が傷つく事態にやたらと忌避感を示す。それがなぜなのか陽介は気にかかった。
「……あのさ」
陽介は疑問を投げようとして、開いた口を固める。不思議そうに陽介を見つめる彼女はいつも通り凛と大人びている。
だが、陽介は知っていた。瑞月は大人びているように見えて、意外と子供っぽいところがある。変なところで直情的になったり、好奇心が旺盛だったり。大人びているのはフェイクで、背後に意外と未成熟な少女性がちらつく。ときおり見せる、無邪気な笑顔が何よりの証拠だ。
(でも、今日は……すっげー可哀想なカオしてたんだよなぁ)
陽介が失礼な主婦たちに傷つけられたときに──幼く痛ましい表情は何だったのだろうか。
瑞月は、過去に両親から捨てられたという。けれど、どうも、その経験だけで人が傷つく事態に過敏に反応する性格が形作られるとは考えにくかった。それに彼女の『他人を助けて、自分が救われたい』という言葉もひっかかった。加えて──
『無辜の──無実の人間が、存在だけで虐げられるのは最も忌むべき理不尽だ』
──おもくおもく、血を吐くように告げられた言葉が。苦しそうに眉根を寄せた瑞月が。
陽介は忘れられなかった。
(もしかして…………なんかまだ、言えないコトとか、あったりするんかな)
もしもそうならば、陽介は瑞月の力になりたいと思う。けれど──
「なんでもねぇ……」
──それを聞く勇気を陽介は持っていない。結局、曖昧に言葉を濁した。尋ねてしまって、瑞月との関係に罅を入れたくないのだ。
だから、いつか、瑞月が話してくれるまで待とうと、そう決めた。
公園を後にした2人は歩幅を合わせて、自宅までの短い道のりを他愛ない会話を交わしながら帰りゆく。分厚かった曇り空から太陽が見えた。橙色に輝く光が陽介たちの帰路を照らしていた。
後日、稲羽中央通り商店街にて曇天の日は幽霊が出るという噂がまことしやかに囁かれた。