暴露
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「え?」
間の抜けた声が上がる。瑞月はポカンとした様子で口を開けた。構わずに陽介は、続ける。
「そもそもなぁ、お前、難しく考えすぎだろ」
虚を突かれたといわんばかりに、瑞月は固まる。彼女に対して、陽介はため息を吐き出した。ガシガシと頭を掻き、陽介はかつてから今まで利己的だと思った人間を思い出す。
「お前そんな利己的なヤツじゃねぇよ。ホントに利己的な、自分勝手な人間はマジで自分のコトしか考えねぇぞ。バイトでシフトを押し付けて現場混乱さすし、掃除をいい加減に終わらせてヒトが足滑らせそうな水溜まり残したりとか、周りのメーワクとか、そんなのゼンッゼン知らんぷりだからな」
利己的な人間というのは、本気で視野が狭い。ジュネスでバイトに励み、苦情係のようなものを自然と仰せつかってしまった陽介は、嫌というほどそういう人間を見ていた。
だからこそ言える。瑞月は決して利己的な人間ではないと。
「お前は周りのことよく見てるよ。お前が大事にする『平穏』ってのは『周りの人間と、お前自身が幸せ』なコトなんだな。────それってさ、お前自身が周りをすげー大事にする、とてつもなく優しいヤツってコトだろ」
「でっ、でも、私は……花村の不幸を」
「『食い物にしてる』だったっけ? 自分がした辛い思いをさせたくないって、俺だって辛い目にあったら他のヤツにそんな目にあって欲しくないって、そう考えるぞ。
全然おかしくなんてねーだろ」
ん。と陽介はベンチの隣を顎で示す。座れよ。という言葉のない誘いに、瑞月が躊躇いがちに腰かける。陽介はそれを認めると、ポンと軽く彼女の肩に手をのせた。
「それにさ、お前ってわざと人を傷つけようだなんてしないだろ。脅しかけるのも、だいたい相手がケンカふっかけてきたときくらいだしな。正当防衛ってやつ」
そうして、まっすぐに陽介は瑞月 を見据える。見開かれた紺碧の瞳に、柄にもなく真剣な陽介自身が歪みなく映った。躊躇いのない口調で陽介は言いきる。
「誰が何を言おうと、瀬名は優しいよ。どんな理由だったって、誰かのために頑張れるヤツは優しいヤツだ。そんなお前に、俺は何回も助けられてんだよ。幻滅なんて、するわけねーだろ」
自分が大切だと思った他人を、手を尽くして守ろうとする彼女は、
陽介にとって間違いなく、強くて優しい人だった。
「で、では先ほど花村が辛そうにしていたのは一体……」
「あぁ、それな……」
陽介は言葉をつっかえる。正直、話したくない。話さないことも、ごまかすこともきっとできる。
けれど、陽介は瑞月に誠実でいたかった。自分の見せたくないところを晒してまで、それでも陽介と友達でいたいと言ってくれた彼女に。
「怖かったんだ。瀬名を、俺の弱さに巻き込んだことが」
こてりと、不思議そうに瑞月は首をかしげる。たしかに、今の説明では理解できないだろう。陽介は苦く笑って、言葉を続ける。
「俺、逃げてばっかなんだよ。自分が悪く言われたからってさ、何を言い返すでもない。下手に言い返してさ、無視されたり、ハブられたりして、自分の居場所が無くなんのがこえーの」
思考を整理しながら、ぽつりぽつりと言葉をつくる。瑞月に嫌われる恐れから陽介は言葉を濁してしまって言葉が多くなってしまう。自分の臆病さからくる多弁がつくづく陽介は憎らしかった。
「さっきだって、瀬名を悪く言われたくせに黙ってただろ。友達のことすら庇えねー、意気地無しなの。口答えするより、我慢してやり過ごした方が面倒すくねーし……失うモンも、ない」
ない。と告げて、陽介は思う。そもそも自分に何があっただろうか? 高校生、いちショッピングセンターのアルバイトで、趣味もいたって平々凡々。陽介はいたって平凡な人間だ。なにか取り柄があるわけでもなく、取り替えが効く部品みたいな人間。決して"特別"ではない人間。
「でも、ホントはさ、あのとき言い返すべきだったんだよ。ダチのコト悪く言われたんなら、何か言うべきだった。……それなのに俺は、なんも言えなかった」
苦しげに陽介は吐き捨てる。理不尽な目に遇ったとして、戦う勇気もなかった。
ない、ない。自分には何もない。
それはとても寂しいことだ。
「これが俺の弱さなんだよ。傷つけられても、ヘラヘラするか、逃げるばっかで、流されてさ、立ち向かう勇気なんてなくて、何も……ねーんだ。空っぽ、なんだよ」
そして、そんな意気地無しで、何も持ちえない自分が、陽介は一番嫌いだった。
言葉とともに、息を吐ききる。呼吸を再開すると、空っぽの肺に1月の冷たい空気が満ちていって、寒々しい。陽介は俯く。瑞月が自分をどんな目で見ているのか知るのが怖くて。
こんなところでも、勇気の無さをさらけ出しているようで陽介は情けなく思う。
「────花村、こっちを見よ」
不意に、両肩をやわく挟まれた。人肌の温もりが、陽介の輪郭を浮き彫りにする。命令形だというのに、包みこむように優しい声が鼓膜を震わせる。思わず、陽介は顔をあげた。
瑞月の一対の瞳が、陽介をひたと捉えている。澄んだ紺碧の瞳が、鏡面のように陽介を歪みなく映しだした。
「花村は、『空っぽ』なんかじゃない」
躊躇いもなく、彼女は言いきる。その声はどこまでも誠実で、切実だ。ぐっと陽介の肩に触れた手のひらを強く押しつける。
「花村は、私に、たくさんのものを与えてくれた、かけがえのない、優しい人だよ」
瑞月の手が離れていく。そうして、彼女は自身のショルダーバッグからあるものを取り出した。ブックカバーだ。瑠璃色の夜空に雪が輝くそれを陽介が見間違えるはずがない。誕生日プレゼントとして、陽介が瑞月 に贈ったものなのだから。瑞月はそれを、大切に大切に、片腕で胸に抱えてみせる。
「初めて会った日も、文化祭で私を手伝ってくれた日々も、晴れた日に屋上で話をした日々も、千枝さんや雪子さんと友達になった日も、互いに喧嘩をした日も、沖奈に一緒に出かけた日も、羽根突きで遊んだ後に、君からこのブックカバーをもらったことも────全部ぜんぶ、私は覚えてる」
余った片手を瑞月は伸ばした。そうして、むき出しになった陽介の手のひらを包みこむ。雪にも似て白い彼女の手のひらは、驚くほどに温かい。
「一緒に過ごした時間を、なかったなんて言わせない。少なくとも、私はなかったことになんてしない。友達と過ごす時間が楽しいと知れたのだって、テレビや映画やマンガが楽しいものだって分かったのだって、私が……お義母 さんやお義父 さんと少しずつ会話の時間が増えてきているのだって──」
すぅっと彼女が息を継ぐ。そして凛と言い放った。
「────全部ぜんぶ、きみが背中を押してくれたからだ」
さびれた公園に、瑞月の声が凛とこだます。握られた手がいっそう強く包みこまれた。
「だから、『空っぽ』なんて私が君に言わせない。きみが私に与えてくれた、たくさんのものを、私は大切にするよ。もちろん、私を支えてくれた、きみのことだって」
そういって、瑞月は笑う。花束を受け取った少女のように無邪気で綺麗な、そのくせ、姉のような温かい瞳で。
陽介の喉を熱いものがこみ上げてくる。それは目の奥を同じように熱く満たした。溢れそうになるそれを陽介は必死で留める。
「こんな……なっさけなくて、逃げてバッカの……カッコ悪いヤツ、なのに……?」
「先ほどのきみの言葉と似たモノを返そう。『本当にカッコ悪い人間は、自分がカッコ悪いという自覚はない』。カッコ悪いという自覚があるなら、治そうと努力することもできるだろう。────それにきみは、きみが思うほど逃げグセのある人間ではないよ?」
「え……?」
震え声で、陽介は問う。瑞月 は優しく笑んではっきりと陽介を諭す。
「転校してきて日が浅いのに、文化祭で奮闘していた姿を知っている。きみはまだ、クラスに馴染んでいる最中だったのにね。年始に参加した臨時バイトの、人を揉むような忙しさの中で、きみが必死で働いていた姿を知ってるよ。無断欠勤者もいたというのに。
きみはずっとずっと、誰かのために闘っていた」
────誰かのために頑張れる人は、優しい人なんだろう?
鼓動がめぐる。温かな血潮が陽介の全身を満たした。冬の寒さなんて気にならないほど、身体が熱く満たされていく。
「だから、私から言わせれば、きみは困難に立ち向かえる勇気のある人なんだよ。ただ、色々なトラブルを背負ってしまいやすい」
陽介は目を見開く。そんな風に瑞月は思ってくれていたのかと。ただ、泥臭くもがいてばかりの陽介に、瑞月は尊敬の眼差しを向けてくれる。
「だから、私の力が及ぶ範囲であれば助けになりたい。もともと、私は自分に向けられた悪意をやり過ごす方法も、対処法も心得ている。細やかだけれど、きみが困難を乗りこえる力のひとつとしてほしい。
花村が困難に巻き込まれたとしても──この街にいる限り──私が君から離れることはない。何かあったら、私が力になるよ。
君は私にとって大切な──親友なんだから」
一息に、彼女は陽介へと友愛を告げた。てらいのない言葉に、陽介の心臓が震える。
「また……ああいうヤなことに巻き込むかもしれないのに?」
「花村が、一人で辛い思いを背負うよりマシだ」
鼻声で、陽介は問う。間も置かず、瑞月 は答えた。
瞬間、陽介の息がつまった。堪えきれず、ぼろりと大粒の滴が溢れる。なんとか緩まる涙腺を抑え込んで、喉を引き締める。だけれど、とめどなく雫 が──熱い涙が溢れる。
陽介は八十稲羽が嫌いだ。都会に比べて何もなくて、不便で、退屈で、息の詰まりそうな、悪意さえ平然と向けてくる、八十稲羽 が。
(だけど、きっと……)
陽介は思う。瑞月と、出会えた。こんな重苦しい閉塞感で押し潰されそうな場所でも、強く、優しく生きている、瑞月に。
そして、そんな素敵な子に『優しい』と『大切だ』といってもらえた。
この言葉だけは間違いなく、色褪せない宝物だ。
泥のなかで輝く、宝石のような宝物だ。
瑞月との出会いは、きっと何物にも変えがたいかけがえのない大切な出会いだ。いくつになっても忘れることなんてないのだろうと、思えるほどに。
陽介は、顔を抑えて屈みこむ。不自然な体勢になった陽介に対して、繋がれた手にボロボロと落ちる雫について、瑞月は何も言わない。ただ、陽介の背中に、ポンポンと温かい手のひらを優しく添わせた。
まるで、あなたは一人ではないのだと、告げるみたいに。
間の抜けた声が上がる。瑞月はポカンとした様子で口を開けた。構わずに陽介は、続ける。
「そもそもなぁ、お前、難しく考えすぎだろ」
虚を突かれたといわんばかりに、瑞月は固まる。彼女に対して、陽介はため息を吐き出した。ガシガシと頭を掻き、陽介はかつてから今まで利己的だと思った人間を思い出す。
「お前そんな利己的なヤツじゃねぇよ。ホントに利己的な、自分勝手な人間はマジで自分のコトしか考えねぇぞ。バイトでシフトを押し付けて現場混乱さすし、掃除をいい加減に終わらせてヒトが足滑らせそうな水溜まり残したりとか、周りのメーワクとか、そんなのゼンッゼン知らんぷりだからな」
利己的な人間というのは、本気で視野が狭い。ジュネスでバイトに励み、苦情係のようなものを自然と仰せつかってしまった陽介は、嫌というほどそういう人間を見ていた。
だからこそ言える。瑞月は決して利己的な人間ではないと。
「お前は周りのことよく見てるよ。お前が大事にする『平穏』ってのは『周りの人間と、お前自身が幸せ』なコトなんだな。────それってさ、お前自身が周りをすげー大事にする、とてつもなく優しいヤツってコトだろ」
「でっ、でも、私は……花村の不幸を」
「『食い物にしてる』だったっけ? 自分がした辛い思いをさせたくないって、俺だって辛い目にあったら他のヤツにそんな目にあって欲しくないって、そう考えるぞ。
全然おかしくなんてねーだろ」
ん。と陽介はベンチの隣を顎で示す。座れよ。という言葉のない誘いに、瑞月が躊躇いがちに腰かける。陽介はそれを認めると、ポンと軽く彼女の肩に手をのせた。
「それにさ、お前ってわざと人を傷つけようだなんてしないだろ。脅しかけるのも、だいたい相手がケンカふっかけてきたときくらいだしな。正当防衛ってやつ」
そうして、まっすぐに陽介は瑞月 を見据える。見開かれた紺碧の瞳に、柄にもなく真剣な陽介自身が歪みなく映った。躊躇いのない口調で陽介は言いきる。
「誰が何を言おうと、瀬名は優しいよ。どんな理由だったって、誰かのために頑張れるヤツは優しいヤツだ。そんなお前に、俺は何回も助けられてんだよ。幻滅なんて、するわけねーだろ」
自分が大切だと思った他人を、手を尽くして守ろうとする彼女は、
陽介にとって間違いなく、強くて優しい人だった。
「で、では先ほど花村が辛そうにしていたのは一体……」
「あぁ、それな……」
陽介は言葉をつっかえる。正直、話したくない。話さないことも、ごまかすこともきっとできる。
けれど、陽介は瑞月に誠実でいたかった。自分の見せたくないところを晒してまで、それでも陽介と友達でいたいと言ってくれた彼女に。
「怖かったんだ。瀬名を、俺の弱さに巻き込んだことが」
こてりと、不思議そうに瑞月は首をかしげる。たしかに、今の説明では理解できないだろう。陽介は苦く笑って、言葉を続ける。
「俺、逃げてばっかなんだよ。自分が悪く言われたからってさ、何を言い返すでもない。下手に言い返してさ、無視されたり、ハブられたりして、自分の居場所が無くなんのがこえーの」
思考を整理しながら、ぽつりぽつりと言葉をつくる。瑞月に嫌われる恐れから陽介は言葉を濁してしまって言葉が多くなってしまう。自分の臆病さからくる多弁がつくづく陽介は憎らしかった。
「さっきだって、瀬名を悪く言われたくせに黙ってただろ。友達のことすら庇えねー、意気地無しなの。口答えするより、我慢してやり過ごした方が面倒すくねーし……失うモンも、ない」
ない。と告げて、陽介は思う。そもそも自分に何があっただろうか? 高校生、いちショッピングセンターのアルバイトで、趣味もいたって平々凡々。陽介はいたって平凡な人間だ。なにか取り柄があるわけでもなく、取り替えが効く部品みたいな人間。決して"特別"ではない人間。
「でも、ホントはさ、あのとき言い返すべきだったんだよ。ダチのコト悪く言われたんなら、何か言うべきだった。……それなのに俺は、なんも言えなかった」
苦しげに陽介は吐き捨てる。理不尽な目に遇ったとして、戦う勇気もなかった。
ない、ない。自分には何もない。
それはとても寂しいことだ。
「これが俺の弱さなんだよ。傷つけられても、ヘラヘラするか、逃げるばっかで、流されてさ、立ち向かう勇気なんてなくて、何も……ねーんだ。空っぽ、なんだよ」
そして、そんな意気地無しで、何も持ちえない自分が、陽介は一番嫌いだった。
言葉とともに、息を吐ききる。呼吸を再開すると、空っぽの肺に1月の冷たい空気が満ちていって、寒々しい。陽介は俯く。瑞月が自分をどんな目で見ているのか知るのが怖くて。
こんなところでも、勇気の無さをさらけ出しているようで陽介は情けなく思う。
「────花村、こっちを見よ」
不意に、両肩をやわく挟まれた。人肌の温もりが、陽介の輪郭を浮き彫りにする。命令形だというのに、包みこむように優しい声が鼓膜を震わせる。思わず、陽介は顔をあげた。
瑞月の一対の瞳が、陽介をひたと捉えている。澄んだ紺碧の瞳が、鏡面のように陽介を歪みなく映しだした。
「花村は、『空っぽ』なんかじゃない」
躊躇いもなく、彼女は言いきる。その声はどこまでも誠実で、切実だ。ぐっと陽介の肩に触れた手のひらを強く押しつける。
「花村は、私に、たくさんのものを与えてくれた、かけがえのない、優しい人だよ」
瑞月の手が離れていく。そうして、彼女は自身のショルダーバッグからあるものを取り出した。ブックカバーだ。瑠璃色の夜空に雪が輝くそれを陽介が見間違えるはずがない。誕生日プレゼントとして、陽介が瑞月 に贈ったものなのだから。瑞月はそれを、大切に大切に、片腕で胸に抱えてみせる。
「初めて会った日も、文化祭で私を手伝ってくれた日々も、晴れた日に屋上で話をした日々も、千枝さんや雪子さんと友達になった日も、互いに喧嘩をした日も、沖奈に一緒に出かけた日も、羽根突きで遊んだ後に、君からこのブックカバーをもらったことも────全部ぜんぶ、私は覚えてる」
余った片手を瑞月は伸ばした。そうして、むき出しになった陽介の手のひらを包みこむ。雪にも似て白い彼女の手のひらは、驚くほどに温かい。
「一緒に過ごした時間を、なかったなんて言わせない。少なくとも、私はなかったことになんてしない。友達と過ごす時間が楽しいと知れたのだって、テレビや映画やマンガが楽しいものだって分かったのだって、私が……お
すぅっと彼女が息を継ぐ。そして凛と言い放った。
「────全部ぜんぶ、きみが背中を押してくれたからだ」
さびれた公園に、瑞月の声が凛とこだます。握られた手がいっそう強く包みこまれた。
「だから、『空っぽ』なんて私が君に言わせない。きみが私に与えてくれた、たくさんのものを、私は大切にするよ。もちろん、私を支えてくれた、きみのことだって」
そういって、瑞月は笑う。花束を受け取った少女のように無邪気で綺麗な、そのくせ、姉のような温かい瞳で。
陽介の喉を熱いものがこみ上げてくる。それは目の奥を同じように熱く満たした。溢れそうになるそれを陽介は必死で留める。
「こんな……なっさけなくて、逃げてバッカの……カッコ悪いヤツ、なのに……?」
「先ほどのきみの言葉と似たモノを返そう。『本当にカッコ悪い人間は、自分がカッコ悪いという自覚はない』。カッコ悪いという自覚があるなら、治そうと努力することもできるだろう。────それにきみは、きみが思うほど逃げグセのある人間ではないよ?」
「え……?」
震え声で、陽介は問う。瑞月 は優しく笑んではっきりと陽介を諭す。
「転校してきて日が浅いのに、文化祭で奮闘していた姿を知っている。きみはまだ、クラスに馴染んでいる最中だったのにね。年始に参加した臨時バイトの、人を揉むような忙しさの中で、きみが必死で働いていた姿を知ってるよ。無断欠勤者もいたというのに。
きみはずっとずっと、誰かのために闘っていた」
────誰かのために頑張れる人は、優しい人なんだろう?
鼓動がめぐる。温かな血潮が陽介の全身を満たした。冬の寒さなんて気にならないほど、身体が熱く満たされていく。
「だから、私から言わせれば、きみは困難に立ち向かえる勇気のある人なんだよ。ただ、色々なトラブルを背負ってしまいやすい」
陽介は目を見開く。そんな風に瑞月は思ってくれていたのかと。ただ、泥臭くもがいてばかりの陽介に、瑞月は尊敬の眼差しを向けてくれる。
「だから、私の力が及ぶ範囲であれば助けになりたい。もともと、私は自分に向けられた悪意をやり過ごす方法も、対処法も心得ている。細やかだけれど、きみが困難を乗りこえる力のひとつとしてほしい。
花村が困難に巻き込まれたとしても──この街にいる限り──私が君から離れることはない。何かあったら、私が力になるよ。
君は私にとって大切な──親友なんだから」
一息に、彼女は陽介へと友愛を告げた。てらいのない言葉に、陽介の心臓が震える。
「また……ああいうヤなことに巻き込むかもしれないのに?」
「花村が、一人で辛い思いを背負うよりマシだ」
鼻声で、陽介は問う。間も置かず、瑞月 は答えた。
瞬間、陽介の息がつまった。堪えきれず、ぼろりと大粒の滴が溢れる。なんとか緩まる涙腺を抑え込んで、喉を引き締める。だけれど、とめどなく
陽介は八十稲羽が嫌いだ。都会に比べて何もなくて、不便で、退屈で、息の詰まりそうな、悪意さえ平然と向けてくる、
(だけど、きっと……)
陽介は思う。瑞月と、出会えた。こんな重苦しい閉塞感で押し潰されそうな場所でも、強く、優しく生きている、瑞月に。
そして、そんな素敵な子に『優しい』と『大切だ』といってもらえた。
この言葉だけは間違いなく、色褪せない宝物だ。
泥のなかで輝く、宝石のような宝物だ。
瑞月との出会いは、きっと何物にも変えがたいかけがえのない大切な出会いだ。いくつになっても忘れることなんてないのだろうと、思えるほどに。
陽介は、顔を抑えて屈みこむ。不自然な体勢になった陽介に対して、繋がれた手にボロボロと落ちる雫について、瑞月は何も言わない。ただ、陽介の背中に、ポンポンと温かい手のひらを優しく添わせた。
まるで、あなたは一人ではないのだと、告げるみたいに。