暴露
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瑞月は視線を反らして、また陽介を見た。そしてまた目を反らす。わたわたと落ち着きない瑞月の仕草にも、陽介は何も言わない。茶化しもしない。ただ、瑞月が陽介にしてくれるように、話してくれると信じて待つ。
しばらくして、瑞月は折っていた背を凛と正した。しかし、顔はうつむき、肩もしょんぼりと力なく下向きに落とされている。
「幻滅……されたくなかった」
「幻滅? 俺が、お前に?」
おずおずと、瑞月が口にした言葉を陽介は繰り返す。別に言葉の意味がわからないワケではない。『幻滅』。すなわち、抱いていたイメージを裏切られて、落胆すること。外面だけが良いガッカリ王子こと陽介には(悲しいことに)言われ慣れた言葉だ。
だが、その言葉ほど瑞月に相応しくない言葉はない。少なくとも、陽介にとっては。瑞月はいつだって、強くて優しいから。幻滅なんてするはずがない。
すると、言葉の繋がりを飲み込めない陽介の耳に、元気のない声で瑞月は答える。
「私は、自分の心が乱されない『平穏』を好む。それだけなら、別に他の人間となんら変わりはないのだろう。だた、私は利己的で、自身のためなら手段を選ばない人間だ。
相手を黙らせるために、脅迫も──ときには武力行使も辞さない。先ほどの輩を騒音で脅したように、な。それに……」
「それに?」
自嘲ぎみに、瑞月は頬を歪める。
「カッとなったんだ。きみへの陰口を聞いたとき。あの瞬間、私は頭が沸騰した。それは、大切な友人である花村を馬鹿にされたという理由もある」
「えっ」
「どうした」
予期しない誉め言葉が陽介を襲った。ドギマギと身を固めるが、瑞月の話を遮ってはいけない。固まった喉から何とか「あ、あぁ、ごめん。続けて」と絞り出す。こくりと不思議そうに頷くと、瑞月は続ける。
「大切な友人であるきみが馬鹿にされたという理由もある。が──なによりも、私はきみに違うものを重ねたんだ」
「…………それは、何を?」
「昔の、八十稲羽に来たばかりの、私を」
弱々しく、瑞月は吐き出す。丸くした瞳に陽介は瑞月 を映した。瑞月は苦しそうに固く固く手のひらを握りしめる。瑞月は養子だ。出生地は別にあって、8歳の頃に瀬名家へ引き取られたらしい。つまり、八十稲羽の生まれではない。たしかに、その点は陽介と共通している。
「私はきみの境遇を、昔の私と重ねているところがある。無意識にね。小西先輩の件について、私が口を挟んだのも、その経験ゆえだ。
あの主婦たちの陰口にきみが沈黙を貫こうとしたとき、昔、口をつぐむしかなかった私を思い出した。そんな愚かしい事態が、目の前で繰り返されることが許せなかった」
彼女は言葉を区切る。そして、重く重く、血を吐くように告げた。
「無辜 の──無実の人間が、存在だけで虐げられるのは最も忌むべき理不尽だ」
陽介は目を見開く。瑞月の言葉は、骨身で作られた槍のようにざらりと突き刺さった。その鋭さは忘れられない経験を基に研ぎ澄まされた信念に似た質感をともなう。
瑞月は苦しそうに、今にも泣きそうに、眉根を寄せる。主婦たちの行いは、彼女の信念を、そして彼女自身をひどく傷つけるものだったのだ。
「だから花村は、無意味に傷つけられていい存在ではない。それでカッとなって主婦たちに詰め寄った」
「瀬名は……俺に同じ思いをしてほしくなかったってコトか?」
「そんなにキレイなものではないよ」
ならば、なんだと言うのか。不可解に思う陽介に、瑞月 は弱々しく微笑む。その笑顔は、雪のように儚く、消えてしまいそうだ。
「私はね、かつての私と、似た境遇にあるきみを助けることで、自分が『救われたい』んだよ。もっと言えば、『花村の不幸を食い物にしている』。……これに気がついたのは、きみと小西先輩の件で揉めたときだ」
「…………」
吐き出す声は低く、どこか苦しそうだ。軽口で流していいものではなくて、陽介は言葉を失う。眉間をしかめながらも、彼女は続ける。
「君は私を『周りに振り回されない人間』だと言ってくれたね。けれど、そんな立派な人間じゃないんだ。私は誰よりも、私に振り回されている」
大儀そうに彼女は息を吸う。そうして一息に腹のうちを吐き出した。
「私は極めて、利己的な人間だ。自分に関係のない人間にはとことん無関心に切り捨てるし、反抗する相手には意志がなくなるよう徹底的に潰しにかかる。
他人を思いやった行動に見えるものも──ほとんどは自分へのリターンを望んだからか、私がかつて体験した後悔を目の前で繰り返したくないからだ。
我を通すためなら、他人を傷つけることも、利用することも厭わない。それが私だ。
その一面が先ほどの出来事には顕著に現れてしまったように思う。そして、友人である君にそんな厭らしい面を見せてしまって、幻滅されて、距離をおかれてしまうことが、怖かった」
瑞月 は口を引き結び、悲しげに目を伏せる。つまりそうした、利己的な一面を陽介に見せてしまった事態が、瑞月にとっては忍びないことなのだろう。性格の悪さが露見してしまって、陽介を傷つけてしまったと瑞月は捉えている。
たしかに衝撃的な告白だ。自分自身の嫌われるかもしれない一面を瑞月は赤裸々に語ったのだから。だからこそ、陽介は疑問を抱いた。
「なんで、それを話してくれたんだ?」
嫌われるかもしれない、自分の負の一面を。なぜ瑞月 は、陽介に明かしたのか。
瑞月は目を伏せる。再び開いた瞼の奥の、紺碧の瞳が不安定に揺れた。
「許して、ほしかったんだ。こんな傲慢な自分を隠して、花村の隣にいた私を。そして、できれば、友人でいてほしいと願っている。今も私はワガママだ」
悲しげに、瞳の碧が深まる。口の端を下に向けて、情けなく目尻を下げる彼女は、まるで子供のようだった。
置いていかないでと、親にすがる子供。
陽介は思う。瑞月は自身を利己的な人間だと評した。他人を傷つける手段さえ、厭わない人間だと。
利己的な人間というのは、他人を平気で傷つける人間は、たしかに嫌われるのだろう。けれど──
「俺は、瀬名をそんなヤツだとは思わないよ」
──陽介にはどうしても、瑞月が利己的な人間だとは思えなかった。
しばらくして、瑞月は折っていた背を凛と正した。しかし、顔はうつむき、肩もしょんぼりと力なく下向きに落とされている。
「幻滅……されたくなかった」
「幻滅? 俺が、お前に?」
おずおずと、瑞月が口にした言葉を陽介は繰り返す。別に言葉の意味がわからないワケではない。『幻滅』。すなわち、抱いていたイメージを裏切られて、落胆すること。外面だけが良いガッカリ王子こと陽介には(悲しいことに)言われ慣れた言葉だ。
だが、その言葉ほど瑞月に相応しくない言葉はない。少なくとも、陽介にとっては。瑞月はいつだって、強くて優しいから。幻滅なんてするはずがない。
すると、言葉の繋がりを飲み込めない陽介の耳に、元気のない声で瑞月は答える。
「私は、自分の心が乱されない『平穏』を好む。それだけなら、別に他の人間となんら変わりはないのだろう。だた、私は利己的で、自身のためなら手段を選ばない人間だ。
相手を黙らせるために、脅迫も──ときには武力行使も辞さない。先ほどの輩を騒音で脅したように、な。それに……」
「それに?」
自嘲ぎみに、瑞月は頬を歪める。
「カッとなったんだ。きみへの陰口を聞いたとき。あの瞬間、私は頭が沸騰した。それは、大切な友人である花村を馬鹿にされたという理由もある」
「えっ」
「どうした」
予期しない誉め言葉が陽介を襲った。ドギマギと身を固めるが、瑞月の話を遮ってはいけない。固まった喉から何とか「あ、あぁ、ごめん。続けて」と絞り出す。こくりと不思議そうに頷くと、瑞月は続ける。
「大切な友人であるきみが馬鹿にされたという理由もある。が──なによりも、私はきみに違うものを重ねたんだ」
「…………それは、何を?」
「昔の、八十稲羽に来たばかりの、私を」
弱々しく、瑞月は吐き出す。丸くした瞳に陽介は瑞月 を映した。瑞月は苦しそうに固く固く手のひらを握りしめる。瑞月は養子だ。出生地は別にあって、8歳の頃に瀬名家へ引き取られたらしい。つまり、八十稲羽の生まれではない。たしかに、その点は陽介と共通している。
「私はきみの境遇を、昔の私と重ねているところがある。無意識にね。小西先輩の件について、私が口を挟んだのも、その経験ゆえだ。
あの主婦たちの陰口にきみが沈黙を貫こうとしたとき、昔、口をつぐむしかなかった私を思い出した。そんな愚かしい事態が、目の前で繰り返されることが許せなかった」
彼女は言葉を区切る。そして、重く重く、血を吐くように告げた。
「
陽介は目を見開く。瑞月の言葉は、骨身で作られた槍のようにざらりと突き刺さった。その鋭さは忘れられない経験を基に研ぎ澄まされた信念に似た質感をともなう。
瑞月は苦しそうに、今にも泣きそうに、眉根を寄せる。主婦たちの行いは、彼女の信念を、そして彼女自身をひどく傷つけるものだったのだ。
「だから花村は、無意味に傷つけられていい存在ではない。それでカッとなって主婦たちに詰め寄った」
「瀬名は……俺に同じ思いをしてほしくなかったってコトか?」
「そんなにキレイなものではないよ」
ならば、なんだと言うのか。不可解に思う陽介に、瑞月 は弱々しく微笑む。その笑顔は、雪のように儚く、消えてしまいそうだ。
「私はね、かつての私と、似た境遇にあるきみを助けることで、自分が『救われたい』んだよ。もっと言えば、『花村の不幸を食い物にしている』。……これに気がついたのは、きみと小西先輩の件で揉めたときだ」
「…………」
吐き出す声は低く、どこか苦しそうだ。軽口で流していいものではなくて、陽介は言葉を失う。眉間をしかめながらも、彼女は続ける。
「君は私を『周りに振り回されない人間』だと言ってくれたね。けれど、そんな立派な人間じゃないんだ。私は誰よりも、私に振り回されている」
大儀そうに彼女は息を吸う。そうして一息に腹のうちを吐き出した。
「私は極めて、利己的な人間だ。自分に関係のない人間にはとことん無関心に切り捨てるし、反抗する相手には意志がなくなるよう徹底的に潰しにかかる。
他人を思いやった行動に見えるものも──ほとんどは自分へのリターンを望んだからか、私がかつて体験した後悔を目の前で繰り返したくないからだ。
我を通すためなら、他人を傷つけることも、利用することも厭わない。それが私だ。
その一面が先ほどの出来事には顕著に現れてしまったように思う。そして、友人である君にそんな厭らしい面を見せてしまって、幻滅されて、距離をおかれてしまうことが、怖かった」
瑞月 は口を引き結び、悲しげに目を伏せる。つまりそうした、利己的な一面を陽介に見せてしまった事態が、瑞月にとっては忍びないことなのだろう。性格の悪さが露見してしまって、陽介を傷つけてしまったと瑞月は捉えている。
たしかに衝撃的な告白だ。自分自身の嫌われるかもしれない一面を瑞月は赤裸々に語ったのだから。だからこそ、陽介は疑問を抱いた。
「なんで、それを話してくれたんだ?」
嫌われるかもしれない、自分の負の一面を。なぜ瑞月 は、陽介に明かしたのか。
瑞月は目を伏せる。再び開いた瞼の奥の、紺碧の瞳が不安定に揺れた。
「許して、ほしかったんだ。こんな傲慢な自分を隠して、花村の隣にいた私を。そして、できれば、友人でいてほしいと願っている。今も私はワガママだ」
悲しげに、瞳の碧が深まる。口の端を下に向けて、情けなく目尻を下げる彼女は、まるで子供のようだった。
置いていかないでと、親にすがる子供。
陽介は思う。瑞月は自身を利己的な人間だと評した。他人を傷つける手段さえ、厭わない人間だと。
利己的な人間というのは、他人を平気で傷つける人間は、たしかに嫌われるのだろう。けれど──
「俺は、瀬名をそんなヤツだとは思わないよ」
──陽介にはどうしても、瑞月が利己的な人間だとは思えなかった。