暴露
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「長くしゃべったから喉が渇いた」
瑞月の要望により、コニシ酒店の自販機で陽介は「やそぜんざい」を、瑞月は好物である「胡椒博士NEO」を購入した。当たりによって2つに増えたそれを刺激しないよう、瑞月は慎重に抱えている。いつも平坦な頬がわずかに上を向いている。どうやらご機嫌のようだ。
ときとして、瑞月は表情筋の変化が乏しい。が、長い時間を共にするうちに、陽介は微かなサインからも瑞月 の感情が分かるようになってきた。
「嬉しそーだな」
「ああ、缶コーヒーも『やそぜんざい』良いが、私はやはりコレが好きだ! 独特の清涼感と複雑に絡まったスパイスの芳しさが強い甘さと絡まって、えもいわれない喉越しとなって喉を潤す。まさに21世紀における甘露! たまらない!」
「お前食レポすげーな……さっきイッキした熱々の缶コーヒーに比べたら、どんなもんだってウマいだろ」
「私は猫舌ではない」
「感度じゃなくって、人体の耐久性の問題だっつの……」
瑞月の食レポは本当に美味しそうだ。とはいえ、1月の寒い日に飲むなら陽介はやはり温かい『やそぜんざい』がいいけれど。彼女は基本的に美味しい食べ物が好きだ。好物を目にすると若干瞳が丸くなって口角が上がる。特に今日は、いつもより意気揚々としている。
「まぁ、私の身体は丈夫だから気にするな。日ごろの鍛錬の成果ゆえな」
「日ごろの鍛錬でかってぇスチール缶が膝蹴りで折れるようになるかよ……」
「里中さんだって飲料缶を蹴って凹ませられるだろう? 気にするな」
「いま誤魔化したけど、里中が蹴ったのはアルミ缶だからなッ!? 薄いヤツ! 俺だって手で潰せるっての!!」
「むぅ……誤魔化されないか……鋭いな。まぁコツがあるのだ。コツが」
主婦たちが来る前の、水入らずの心地よい空気が2人の間に満ちてゆく。しばらく開けた道を歩いて、瑞月に導かれるままになっていると、陽介たちは静かな児童公園に行きついた。
なんの変哲もない、柵に囲まれた小さな公園だ。利用者は2人以外にはなく、閑散としている。砂場やブランコ、ジャングルジムや鉄棒を通り抜けて、二人は奥にある粗末なベンチに隣あって腰かけた。
カシュッと小気味のいい音を立てて、2人同時にプルタブを引き上げた。陽介はそれを口元に持っていく。妙に癖になるトロっとした甘さが口の中に広がった。瑞月はちびちびと缶の中身を楽しんでいる。
「あ~~~、仕事終わりのいっぱいはうめーなー」
「この年でもうそんな楽しみを……! やるな花村」
「ただのソフトドリンクだろーがっ、まぁ、俺の隣にはコーヒーキメると貞子になる人もいるみだいですしーー?」
「聞き捨てならないなドコが貞子か」
気安いやり取りが続いた後、話題が途切れた。気まずく思った陽介は瑞月から目を逸らして話題を必死に探す。意味のない言葉ばかりが陽介の口をついた。焦燥が、陽介の内側を占めてゆく。何か喋らなければ、嫌なことを思い出してしまうという焦燥が。
すると、陽介の背中をやわらかな感触がかすめてゆく。
「花村、もう大丈夫だ」
瑞月の声は落ち着いていた。胡椒博士NEOを抱えたときの気持ちの高ぶりは影もなく、ただただ真剣な瞳で陽介を気にかけている。
「な、にが」
「無理を、しなくていいと言ってるんだ。君は辛いことがあると、ことさら明るく、多弁にふるまおうする癖があるから」
陽介はびくりと肩を跳ねた。瑞月は全部、気が付いていたのだ。陽介が商店街で出会った主婦たちの言動に陽介が堪えていたことも。それがずっと引っかかって、無理に明るく振舞っていたことも。
「別に、そんなじゃねぇって」
「ううむ、誤魔化されるのは寂しいものだな。私は君に何度も助けられているというのに。元気のない友人を励ませないくらいに、私は頼りないし、信用ならないだろうか?」
違うのだ。瑞月を頼りないと思ったことはないし、信頼にも足る人物ではある。しかし瑞月に話したからといって、陽介の問題は解決するものではなかった。
むしろ、瑞月を自身の問題に巻き込んで、不快感や、傷を与えるのが陽介は怖い。とはいえ、瑞月が真摯に訪ねてくるので話題を変えることもできない。
「──やはり、先ほどの私の行動がいけなかったか」
ん? と陽介は疑問を抱く。瑞月のいう『先ほど』とは、三文芝居で失礼な主婦たちを追い払った出来事についてだろうか──? などと、陽介が言葉の意味を思案していると隣のベンチから気配が消える。
はて? 彼女はどこにいくのか。と俯いた顔を上げると、陽介の目の前には眉間を悔いぎみに歪めた瑞月が立っている。どうしたのかと、陽介が問いかけようとした、そのときだった。
「──────すまなかった」
「え…………」
瑞月は深々と頭を下げた。陽介は驚きに腰を浮かす。どうして唐突に彼女が謝る必要があるのか。呆然とする陽介に向かって、瑞月は腰を折ったまま、ポツリポツリと悔い気味に言葉をこぼす。
「さっき、花村に怖い思いをさせた。事前の忠告はしたとはいえ、折った缶を叩きつけて騒音を出し、あの主婦たちに詰め寄る私の様子は、暴力的で、怖いもの、だったと思う」
陽介はハッとする。瑞月は陽介が落ち込んだ理由を、瑞月の脅迫じみた行動に怯えたと読み取ったのだ。たしかに、あの行動は冷静沈着な瑞月 らしくない。
『どこにだって根も葉もない噂を流す人間はいる。構うだけ無駄だ』
そう言って、文化祭の準備期間──自身に降りかかる心ない発言を、瑞月は聞く耳も持たずにはね退けたのだから。だから、陽介にとって彼女があれほど──相手を騒音で威嚇するほどに怒ったのは不可解だった。
(それに……)
『ごめん、瀬名』
そう謝った陽介に見せた、瑞月の──まるで凛と大人びた仮面がひび割れたような──幼く痛ましい表情が陽介は忘れられなかった。
「なんで、あんなコトしたんだ……?」
言ってしまって、陽介は慌てて口を塞ぐ。これでは瑞月の行動を責めているようだ。心なしか、瑞月の肩がピクリと跳ねた気がする。急いで、陽介は言葉を継ぎ足した。
「ごめん、違うんだ。瀬名を責めるつもりなんて全然なくて……あの、ってか顔あげてくれ」
そうじゃなきゃ、なに思ってんのか分かんないだろ?
陽介の言葉に、瑞月がおずおずと顔を上げる。瑞月は情けなさそうに眉尻を下げていた。なんだか見ていると自然と陽介も申し訳ない気持ちになる。加えて、陽介の気のせいかもしれないけれど、ほんの少しだけ、怯えの色が滲んでいる。
だから陽介は意識して頬を持ち上げた。瑞月が安心するよう、何とか笑顔を形づくる。
「瀬名には助けられたって思ってる。そりゃあ、ちょっとやり方が奇抜だったのはあるけどさ……」
たしかに、スチール缶をぶち曲げる瑞月の行動には目を剥いた。けれど、怖いとは思わなかった。なぜなら──
「────『耳塞げ』って俺のこと、庇ってくれただろ。怖い思いさせないようにさ」
行動に出る前、瑞月は『逃げろ』と『耳を塞いでくれ』と忠告してくれた。自分が今から取る行動に、陽介を巻き込まないよう──巻き込んだとしても恐怖を軽くできるよう最低限の配慮をしてくれた。
それだけではなかった。陽介は続ける。
「貞子じみたカッコもさ、主婦 らの目を自分にだけ集めるためだろーし。全部終わったあと、警察沙汰にしないために、こんな遠くまで連れてきてくれてさ」
確実に、瑞月は陽介を庇おうとしてくれていた。それが分かっているから。だから──
「────だから、俺は、お前のこと、怖いって思わなかったよ」
ぽんと、軽く陽介は瑞月の肩を叩く。
陽介にできる精一杯のメッセージだ。怖い相手に、触れられるはずがない。言葉ではどうしても伝わらない想いを、陽介は精一杯、手のひらに込める。
「俺が知りたいのは、なんでお前が傷ついた顔して、そんな──子供みたいに怯えてんのかなって」
言っていて、すとんと腑に落ちる。怯える瑞月はどこかあどけなかった。
まるで帰り道を、家を見失っている子供のように、ゆらゆらと瞳を揺らしていた。
怖がらせたと陽介に言いながら、その実、
瑞月が一番、怖がっているように陽介は見えたのだ。
その原因が何なのか、陽介は知りたかった。
瞬間、瑞月の肩がこわばる。石のように固まった彼女の肩を陽介はそっと撫でた。大丈夫だと、お前が大切なんだと、瑞月が陽介にしてくれる手つきに似せる。
瑞月の要望により、コニシ酒店の自販機で陽介は「やそぜんざい」を、瑞月は好物である「胡椒博士NEO」を購入した。当たりによって2つに増えたそれを刺激しないよう、瑞月は慎重に抱えている。いつも平坦な頬がわずかに上を向いている。どうやらご機嫌のようだ。
ときとして、瑞月は表情筋の変化が乏しい。が、長い時間を共にするうちに、陽介は微かなサインからも瑞月 の感情が分かるようになってきた。
「嬉しそーだな」
「ああ、缶コーヒーも『やそぜんざい』良いが、私はやはりコレが好きだ! 独特の清涼感と複雑に絡まったスパイスの芳しさが強い甘さと絡まって、えもいわれない喉越しとなって喉を潤す。まさに21世紀における甘露! たまらない!」
「お前食レポすげーな……さっきイッキした熱々の缶コーヒーに比べたら、どんなもんだってウマいだろ」
「私は猫舌ではない」
「感度じゃなくって、人体の耐久性の問題だっつの……」
瑞月の食レポは本当に美味しそうだ。とはいえ、1月の寒い日に飲むなら陽介はやはり温かい『やそぜんざい』がいいけれど。彼女は基本的に美味しい食べ物が好きだ。好物を目にすると若干瞳が丸くなって口角が上がる。特に今日は、いつもより意気揚々としている。
「まぁ、私の身体は丈夫だから気にするな。日ごろの鍛錬の成果ゆえな」
「日ごろの鍛錬でかってぇスチール缶が膝蹴りで折れるようになるかよ……」
「里中さんだって飲料缶を蹴って凹ませられるだろう? 気にするな」
「いま誤魔化したけど、里中が蹴ったのはアルミ缶だからなッ!? 薄いヤツ! 俺だって手で潰せるっての!!」
「むぅ……誤魔化されないか……鋭いな。まぁコツがあるのだ。コツが」
主婦たちが来る前の、水入らずの心地よい空気が2人の間に満ちてゆく。しばらく開けた道を歩いて、瑞月に導かれるままになっていると、陽介たちは静かな児童公園に行きついた。
なんの変哲もない、柵に囲まれた小さな公園だ。利用者は2人以外にはなく、閑散としている。砂場やブランコ、ジャングルジムや鉄棒を通り抜けて、二人は奥にある粗末なベンチに隣あって腰かけた。
カシュッと小気味のいい音を立てて、2人同時にプルタブを引き上げた。陽介はそれを口元に持っていく。妙に癖になるトロっとした甘さが口の中に広がった。瑞月はちびちびと缶の中身を楽しんでいる。
「あ~~~、仕事終わりのいっぱいはうめーなー」
「この年でもうそんな楽しみを……! やるな花村」
「ただのソフトドリンクだろーがっ、まぁ、俺の隣にはコーヒーキメると貞子になる人もいるみだいですしーー?」
「聞き捨てならないなドコが貞子か」
気安いやり取りが続いた後、話題が途切れた。気まずく思った陽介は瑞月から目を逸らして話題を必死に探す。意味のない言葉ばかりが陽介の口をついた。焦燥が、陽介の内側を占めてゆく。何か喋らなければ、嫌なことを思い出してしまうという焦燥が。
すると、陽介の背中をやわらかな感触がかすめてゆく。
「花村、もう大丈夫だ」
瑞月の声は落ち着いていた。胡椒博士NEOを抱えたときの気持ちの高ぶりは影もなく、ただただ真剣な瞳で陽介を気にかけている。
「な、にが」
「無理を、しなくていいと言ってるんだ。君は辛いことがあると、ことさら明るく、多弁にふるまおうする癖があるから」
陽介はびくりと肩を跳ねた。瑞月は全部、気が付いていたのだ。陽介が商店街で出会った主婦たちの言動に陽介が堪えていたことも。それがずっと引っかかって、無理に明るく振舞っていたことも。
「別に、そんなじゃねぇって」
「ううむ、誤魔化されるのは寂しいものだな。私は君に何度も助けられているというのに。元気のない友人を励ませないくらいに、私は頼りないし、信用ならないだろうか?」
違うのだ。瑞月を頼りないと思ったことはないし、信頼にも足る人物ではある。しかし瑞月に話したからといって、陽介の問題は解決するものではなかった。
むしろ、瑞月を自身の問題に巻き込んで、不快感や、傷を与えるのが陽介は怖い。とはいえ、瑞月が真摯に訪ねてくるので話題を変えることもできない。
「──やはり、先ほどの私の行動がいけなかったか」
ん? と陽介は疑問を抱く。瑞月のいう『先ほど』とは、三文芝居で失礼な主婦たちを追い払った出来事についてだろうか──? などと、陽介が言葉の意味を思案していると隣のベンチから気配が消える。
はて? 彼女はどこにいくのか。と俯いた顔を上げると、陽介の目の前には眉間を悔いぎみに歪めた瑞月が立っている。どうしたのかと、陽介が問いかけようとした、そのときだった。
「──────すまなかった」
「え…………」
瑞月は深々と頭を下げた。陽介は驚きに腰を浮かす。どうして唐突に彼女が謝る必要があるのか。呆然とする陽介に向かって、瑞月は腰を折ったまま、ポツリポツリと悔い気味に言葉をこぼす。
「さっき、花村に怖い思いをさせた。事前の忠告はしたとはいえ、折った缶を叩きつけて騒音を出し、あの主婦たちに詰め寄る私の様子は、暴力的で、怖いもの、だったと思う」
陽介はハッとする。瑞月は陽介が落ち込んだ理由を、瑞月の脅迫じみた行動に怯えたと読み取ったのだ。たしかに、あの行動は冷静沈着な瑞月 らしくない。
『どこにだって根も葉もない噂を流す人間はいる。構うだけ無駄だ』
そう言って、文化祭の準備期間──自身に降りかかる心ない発言を、瑞月は聞く耳も持たずにはね退けたのだから。だから、陽介にとって彼女があれほど──相手を騒音で威嚇するほどに怒ったのは不可解だった。
(それに……)
『ごめん、瀬名』
そう謝った陽介に見せた、瑞月の──まるで凛と大人びた仮面がひび割れたような──幼く痛ましい表情が陽介は忘れられなかった。
「なんで、あんなコトしたんだ……?」
言ってしまって、陽介は慌てて口を塞ぐ。これでは瑞月の行動を責めているようだ。心なしか、瑞月の肩がピクリと跳ねた気がする。急いで、陽介は言葉を継ぎ足した。
「ごめん、違うんだ。瀬名を責めるつもりなんて全然なくて……あの、ってか顔あげてくれ」
そうじゃなきゃ、なに思ってんのか分かんないだろ?
陽介の言葉に、瑞月がおずおずと顔を上げる。瑞月は情けなさそうに眉尻を下げていた。なんだか見ていると自然と陽介も申し訳ない気持ちになる。加えて、陽介の気のせいかもしれないけれど、ほんの少しだけ、怯えの色が滲んでいる。
だから陽介は意識して頬を持ち上げた。瑞月が安心するよう、何とか笑顔を形づくる。
「瀬名には助けられたって思ってる。そりゃあ、ちょっとやり方が奇抜だったのはあるけどさ……」
たしかに、スチール缶をぶち曲げる瑞月の行動には目を剥いた。けれど、怖いとは思わなかった。なぜなら──
「────『耳塞げ』って俺のこと、庇ってくれただろ。怖い思いさせないようにさ」
行動に出る前、瑞月は『逃げろ』と『耳を塞いでくれ』と忠告してくれた。自分が今から取る行動に、陽介を巻き込まないよう──巻き込んだとしても恐怖を軽くできるよう最低限の配慮をしてくれた。
それだけではなかった。陽介は続ける。
「貞子じみたカッコもさ、
確実に、瑞月は陽介を庇おうとしてくれていた。それが分かっているから。だから──
「────だから、俺は、お前のこと、怖いって思わなかったよ」
ぽんと、軽く陽介は瑞月の肩を叩く。
陽介にできる精一杯のメッセージだ。怖い相手に、触れられるはずがない。言葉ではどうしても伝わらない想いを、陽介は精一杯、手のひらに込める。
「俺が知りたいのは、なんでお前が傷ついた顔して、そんな──子供みたいに怯えてんのかなって」
言っていて、すとんと腑に落ちる。怯える瑞月はどこかあどけなかった。
まるで帰り道を、家を見失っている子供のように、ゆらゆらと瞳を揺らしていた。
怖がらせたと陽介に言いながら、その実、
瑞月が一番、怖がっているように陽介は見えたのだ。
その原因が何なのか、陽介は知りたかった。
瞬間、瑞月の肩がこわばる。石のように固まった彼女の肩を陽介はそっと撫でた。大丈夫だと、お前が大切なんだと、瑞月が陽介にしてくれる手つきに似せる。