ブレイク・タイム
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時間はしっかりと過ぎていた。ベンディングマシンとの一戦を終えた2人は電車へと駆けこむ。行きの電車と比べると、帰りの電車はずいぶんと空いている。夕暮れが窓を突き抜ける車内の中、2人は空席に隣り合って腰かけた。
充実した休日を過ごした後の、心地よい疲れが陽介の身体を占めている。それは瑞月も同じらしく、凛と張った背中が発する空気は、どこか柔らかいものになっていた。
「なぁ、花村」
おもむろに、瑞月が口を開いた。
「今日は、本当に楽しかった。映画も観たのも、ゲームセンターで大騒ぎしたのも、初めての経験で……とても楽しくて充実した休日だったよ。ありがとう」
そう言って、瑞月は陽介に向かって柔らかく微笑む。陽介は照れて、瑞月から視線をそらした。だが、瑞月が楽しかったといっているのに感想を返さないのは野暮だ。だから、いっそう声を弾ませて告げる。
「俺も、楽しかったぜ。映画も思った以上に楽しかったしな! ……あと、以外に瀬名のガキっぽいトコが見れて面白かったかも」
「なっ!?」
瑞月が絶句して固まる。その隙に陽介はゲームセンターの戦利品であるキャンディをサイドバックから取り出して、瑞月の膝の上に差し出した。
「さっきのゲーセンでとったヤツな。5本はお前の取り分。チケット出した分、3本は俺がもらうわ」
「配当が逆だろう!? 貰えるとしても、私が3本で、花村が5本だ。私はボタンを押しただけなのだから」
「いいから貰っとけ! 初挑戦のゲームに果敢に挑戦したで賞! それと……」
「それと……なんだ?」
「これからも俺と遊んでくれよって賄賂」
瑞月が息を飲んだ。構うことなく、陽介は言葉を続ける。
「技術とかが必要なゲームは苦手かもしれないけど、運が関わるヤツなら強いのかもよ? だからまた、別のもやってみようぜ。他のだって今はド下手だけど、練習すれば上手くなるかもしれないし……」
「……ド下手は余計だ」
「そうだな、こっから上手くなるかも知れねーからな」
キャンディを見つめていた瑞月が、にわかに陽介へと注目する。まるで思わぬプレゼントを貰った子供みたいに、瑞月は素直に驚きと喜びをあらわにした。
「それにさ、映画だってまた一緒に見よーぜ。それ以外にも、色んなコトして遊ぼう。俺といるときは、肩肘張らなくて全然いいからさ!」
とびきり明るく、陽介は瑞月へと笑いかける。
陽介は今日、瑞月の隠れた一面を知ることができて嬉しかった。映画にはしゃぐ様子も、苦手なゲームに悔しがって口をへの字の曲げた負けず嫌いなところも、何より────初めての出来事に目を輝かせる好奇心旺盛な一面も。
どれもが、瑞月が家族以外、陽介だけに見せてくれたものだ。いや、もしかすると家族にだって見せたことは無いのかもしれない。陽介だけが知っている、八十稲羽の何にも囚われない、瑞月の隠された一面。
陽介と向き合った瑞月が笑う。それはまた、陽介が知らなかった瑞月の表情だった。
彼女の笑顔は、いつもの凛とした冷たさはなく、澄んだ紺碧の瞳をあどけなくを細めて、暗がりを照らす夕日に似つかわしい、無垢な温かさで笑う。
陽介の力であらわになった、瑞月の好ましい、無垢な笑顔。
それを見た瞬間、陽介はふっと身体が軽くなるように感じた。瑞月と共にいる間は、楽しくて、どこまでも行けそうなほどに軽かった。けれど、今の感覚はそれよりももっと強い。まるで空を飛べるような、しかし心細さなんてない、たしかな翼を得たような感覚。
(ああ、きっと……)
テスト勉強の疲れも、八十稲羽のしがらみも、陽介が内側に抱える無力ささえも、
瑞月の笑顔が、いっとき忘れさせてくれたのだ。
(肩肘を張るな。なんて、俺はお前に言ったけど……)
本当に、肩肘から力を抜くことができたのは、きっと陽介の方だった。
「そうだな。私もまた、花村と出掛けたい」
だから、と 瑞月は受け渡されたキャンディをひとつ摘まむ。そうして、陽介の掌にころりと置いた。きょとんとする陽介にむかって、彼女は澄んだ瞳で笑った。
「私からも、賄賂だ。これからも遊んでくれという、な」
きゅうと、陽介の胸が切なく締まる。思わずにやけそうな頬を必死にこらえる。同時に、4本に増えた──うち1本は瑞月からもらった──キャンディを落とさないように握りしめた。
「お、おう。そだな。俺もまた、なんか面白い映画あったらチェックしとくわ、アハハハ」
「今のは笑うところなのか?」
キャンディの受け渡しを終えて、陽介はくるりと瑞月から背を向ける。瑞月は不思議がっていたが、陽介が「疲れたから、寝る」というとそっとしておいてくれた。目を閉じると、心地よいまどろみが陽介に降りかかる。
(今度もまた、遊びに誘ってみようかな……。沖奈でも、どこでもいいから)
心を許せる瑞月のとなりで、そんなことを考える。
意識が遠くなっても、胸の中にじんわりした温さを抱きながら陽介は人心地の眠りについた。
充実した休日を過ごした後の、心地よい疲れが陽介の身体を占めている。それは瑞月も同じらしく、凛と張った背中が発する空気は、どこか柔らかいものになっていた。
「なぁ、花村」
おもむろに、瑞月が口を開いた。
「今日は、本当に楽しかった。映画も観たのも、ゲームセンターで大騒ぎしたのも、初めての経験で……とても楽しくて充実した休日だったよ。ありがとう」
そう言って、瑞月は陽介に向かって柔らかく微笑む。陽介は照れて、瑞月から視線をそらした。だが、瑞月が楽しかったといっているのに感想を返さないのは野暮だ。だから、いっそう声を弾ませて告げる。
「俺も、楽しかったぜ。映画も思った以上に楽しかったしな! ……あと、以外に瀬名のガキっぽいトコが見れて面白かったかも」
「なっ!?」
瑞月が絶句して固まる。その隙に陽介はゲームセンターの戦利品であるキャンディをサイドバックから取り出して、瑞月の膝の上に差し出した。
「さっきのゲーセンでとったヤツな。5本はお前の取り分。チケット出した分、3本は俺がもらうわ」
「配当が逆だろう!? 貰えるとしても、私が3本で、花村が5本だ。私はボタンを押しただけなのだから」
「いいから貰っとけ! 初挑戦のゲームに果敢に挑戦したで賞! それと……」
「それと……なんだ?」
「これからも俺と遊んでくれよって賄賂」
瑞月が息を飲んだ。構うことなく、陽介は言葉を続ける。
「技術とかが必要なゲームは苦手かもしれないけど、運が関わるヤツなら強いのかもよ? だからまた、別のもやってみようぜ。他のだって今はド下手だけど、練習すれば上手くなるかもしれないし……」
「……ド下手は余計だ」
「そうだな、こっから上手くなるかも知れねーからな」
キャンディを見つめていた瑞月が、にわかに陽介へと注目する。まるで思わぬプレゼントを貰った子供みたいに、瑞月は素直に驚きと喜びをあらわにした。
「それにさ、映画だってまた一緒に見よーぜ。それ以外にも、色んなコトして遊ぼう。俺といるときは、肩肘張らなくて全然いいからさ!」
とびきり明るく、陽介は瑞月へと笑いかける。
陽介は今日、瑞月の隠れた一面を知ることができて嬉しかった。映画にはしゃぐ様子も、苦手なゲームに悔しがって口をへの字の曲げた負けず嫌いなところも、何より────初めての出来事に目を輝かせる好奇心旺盛な一面も。
どれもが、瑞月が家族以外、陽介だけに見せてくれたものだ。いや、もしかすると家族にだって見せたことは無いのかもしれない。陽介だけが知っている、八十稲羽の何にも囚われない、瑞月の隠された一面。
陽介と向き合った瑞月が笑う。それはまた、陽介が知らなかった瑞月の表情だった。
彼女の笑顔は、いつもの凛とした冷たさはなく、澄んだ紺碧の瞳をあどけなくを細めて、暗がりを照らす夕日に似つかわしい、無垢な温かさで笑う。
陽介の力であらわになった、瑞月の好ましい、無垢な笑顔。
それを見た瞬間、陽介はふっと身体が軽くなるように感じた。瑞月と共にいる間は、楽しくて、どこまでも行けそうなほどに軽かった。けれど、今の感覚はそれよりももっと強い。まるで空を飛べるような、しかし心細さなんてない、たしかな翼を得たような感覚。
(ああ、きっと……)
テスト勉強の疲れも、八十稲羽のしがらみも、陽介が内側に抱える無力ささえも、
瑞月の笑顔が、いっとき忘れさせてくれたのだ。
(肩肘を張るな。なんて、俺はお前に言ったけど……)
本当に、肩肘から力を抜くことができたのは、きっと陽介の方だった。
「そうだな。私もまた、花村と出掛けたい」
だから、と 瑞月は受け渡されたキャンディをひとつ摘まむ。そうして、陽介の掌にころりと置いた。きょとんとする陽介にむかって、彼女は澄んだ瞳で笑った。
「私からも、賄賂だ。これからも遊んでくれという、な」
きゅうと、陽介の胸が切なく締まる。思わずにやけそうな頬を必死にこらえる。同時に、4本に増えた──うち1本は瑞月からもらった──キャンディを落とさないように握りしめた。
「お、おう。そだな。俺もまた、なんか面白い映画あったらチェックしとくわ、アハハハ」
「今のは笑うところなのか?」
キャンディの受け渡しを終えて、陽介はくるりと瑞月から背を向ける。瑞月は不思議がっていたが、陽介が「疲れたから、寝る」というとそっとしておいてくれた。目を閉じると、心地よいまどろみが陽介に降りかかる。
(今度もまた、遊びに誘ってみようかな……。沖奈でも、どこでもいいから)
心を許せる瑞月のとなりで、そんなことを考える。
意識が遠くなっても、胸の中にじんわりした温さを抱きながら陽介は人心地の眠りについた。