ブレイク・タイム
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
映画館が終われば、12時過ぎ。つまりはランチタイムである。
陽介と瑞月は──映画館は陽介の希望だったため──瑞月馴染みの喫茶店へと向かった。沖奈駅の裏側にある純風のそこは、年季は入っているがよく整備されており、焦げ茶色の床はニスでは出せないツヤで光る。インテリアも埃一つなく清められていて、人とものの温かみが感じられるお店だった。
「面白かったなー。やっぱいいよな。ああいう王道ヒーローモノってさ」
「主人公に影響されてくたびれた先輩ヒーローが奮起させて、主人公の危機に先輩ヒーローが励ましてくれるストーリーが良かった……。誰かが与えた勇気が巡り巡って主人公に帰ってくるとは……。映画とテレビはまったく違うものなのだな。ああ、画面の大きさと音響の迫力であんなに心を揺さぶられるなんて知らなかった……、すごかった」
「お前すごい喋るな、いつもの寡黙キャラどこ行ったよ……」
陽介と瑞月は、向かい合わせで食事をしている。陽介はピザトースト、瑞月はホットサンドと親戚じみたメニューをチョイスしては「マネたな?」「花村こそ」などという他愛もないやり取りで笑った。
映画館でのポップコーンが尾を引いて、きっと似たものを選んでしまったのだろう。今は食べ終わり、セットでついてきたコーヒーを飲んでいる。
ミルクだけ加えたコーヒーを飲んでから、瑞月は懐かしそうに頬を緩める。
「それから、キャラメルポップコーンも美味しかった。カリカリサクサクで甘いから、コーヒーとも合いそうだ」
「アレとは味違うけど、たぶんウチの店にもあるぜ。あっ、でも……キャラメルはあったかなぁ……」
プレーン、バター味、カレー味と、陽介はざっと記憶を確認する。だが、キャラメル味のポップコーンがあったかは曖昧だ。陽介が唇を尖らせると、瑞月は必要ないとばかりに首を振る。
「キャラメルならば問題ない。作れるからな」
「マジ!? お前パティシエみたいだなー? キャラメルとか店で買うもんかと思ってた」
「いや、意外と簡単だよ。材料は砂糖と生クリーム・バターだけだからな。花村でも作れると思う。あ、しかし買うものが増えた」
「へへっ、ジュネスは毎日がお客様感謝デー。ご来店、お待ちしておりまーす!」
「ふふっ、さすがに似ているな。そしてまんまと、してやられた」
商売上手だ、と吹き出した口許を、瑞月は抑える。キャラメルポップコーン、映画と楽しい時間が続いたおかげなのか、彼女の表情筋も大変ご機嫌らしい。陽介の表情筋も自然と緩くなる。始まりは口が滑ったとはいえ、誘って良かった。瑞月は映画を好きになってくれたようだ。
「それにしてもすごかった。映画館というのはテレビで観たテーマパークのようだ」
「ふはっ、映画館一つで大げさすぎるだろ! おのぼりさんみたいだぞ」
「実質、おのぼりさんのようなものなのでな。何とでもいえ」
「それにしてもお前ってホント箱入り娘だよな。今までの休みとか何してたワケ?八十稲羽 じゃさして娯楽もねーだろうに。こーいう若向けのならナオサラにさ」
「たしかに、こうした場所はほとんど行ったことはないな。お金がかかることはしなかったんだ。お小遣いは……大切に使いたかったし」
瑞月が切なそうに目を細める。その表情に、陽介は見覚えがあった。神社にて、陽介がある人について話したときに見せた、申し訳なさそうな表情。しまったと、陽介はとっさに口をつぐむ。
(水奈子 さん……お袋さんのことか)
瑞月の母・瀬名水奈子と瑞月は、血が繋がっていない。陽介が先日、両者から直接聞かされた事実だ。養母である水奈子に不器用な接し方しかできない悩み──本人の言葉はなかったが──を瑞月が抱えているのも知っている。
彼女が小遣いについて気にしているのも、養母に気を遣ってだろう。付き合いがそれなりの陽介だから分かるが、瑞月は身内をかなり思いやるタイプだ。
(小遣いの件とかもあるけど、他にも理由あんだろうな……。遊びまわって心配かけたくないとか……)
身内への遠慮は、陽介も覚えがある。場合は違えど、陽介自身も両親を気遣った経験は何度かある(父の力になるためにジュネスバイトのヘルプに積極的に入ったり、両親が居ないときに簡単な家事を請け負ったり)。
瑞月はそれが極端なタイプだ。おそらく義両親にいろいろと負担をかけたくない彼女は、自然と自分をエンタメから切り離してしまった。
もったいないなと、陽介は思う。陽介が観ただけではただ「面白い」の一言で終わってしまう映画でも、瑞月ならば生き生きと溢れんばかりの感動を楽しめるのに。
「────でも、充実していたと思うよ」
「え?」
「休日は市内の図書館に行ったり、散歩をしたり……好きに過ごしていたし……お母さんやお父さんがよく、ピクニックに連れ出してくれた。鮫川だったり、高台だったり、おかげで八十稲羽にある景色のいい名所は大体回ったし、覚えてるよ」
「そっか……」
陽介はほっと、息を吐く。同時に気がついた。陽介は、映画を見てこなかった瑞月をもったいない。と思ったけれど、それは間違いだ。
瑞月は、陽介と違った体験をして生きてきただけだ。映画を見なかったかわりに、彼女は彼女で、陽介が経験しなかった出来事を経験している。
(瀬名は、何見てきたんだろうな)
陽介は思う。親友である彼女が、陽介の知らない場所で何を見て、何を感じて生きてきたのか。あの、陽介にとって始めての喧嘩を経て、瑞月を知りたいと強く望むようになった。
「うん。だからね────」
懐かしそうに、瑞月は笑った。長いまつげに彩られた瞼の奥で、紺碧の瞳がきらきらと輝く。まるで、空に舞う紙吹雪を閉じ込めたように。
「────いつか、花村も連れていきたいな。今日、君が映画に連れていってくれたみたいに」
呆然と、陽介はコーヒーの入ったカップを持つ。ジンと陽介の胸が熱くなった。まるで今日の映画みたいだ。巡り巡って帰ってきたのは、勇気ではなく、陽介が瑞月へと投げた親愛なのだけれど。
そして、その「いつか」が来るまで、瑞月はきっと陽介の傍にいてくれるのだろう。瑞月の持ちうる、決めた道を突き進む誠実さゆえに。
「そろそろ、お暇しようか」
「あ、ああ……」
だいぶ長く話し込んでいたようだ。コーヒーはすっかり人肌に冷めて、口に含んでも問題ない温度となっている。
────その後、コーヒーをイッキ飲みした陽介が噎せるというひと悶着を経て、陽介と瑞月は店を後にした。
陽介と瑞月は──映画館は陽介の希望だったため──瑞月馴染みの喫茶店へと向かった。沖奈駅の裏側にある純風のそこは、年季は入っているがよく整備されており、焦げ茶色の床はニスでは出せないツヤで光る。インテリアも埃一つなく清められていて、人とものの温かみが感じられるお店だった。
「面白かったなー。やっぱいいよな。ああいう王道ヒーローモノってさ」
「主人公に影響されてくたびれた先輩ヒーローが奮起させて、主人公の危機に先輩ヒーローが励ましてくれるストーリーが良かった……。誰かが与えた勇気が巡り巡って主人公に帰ってくるとは……。映画とテレビはまったく違うものなのだな。ああ、画面の大きさと音響の迫力であんなに心を揺さぶられるなんて知らなかった……、すごかった」
「お前すごい喋るな、いつもの寡黙キャラどこ行ったよ……」
陽介と瑞月は、向かい合わせで食事をしている。陽介はピザトースト、瑞月はホットサンドと親戚じみたメニューをチョイスしては「マネたな?」「花村こそ」などという他愛もないやり取りで笑った。
映画館でのポップコーンが尾を引いて、きっと似たものを選んでしまったのだろう。今は食べ終わり、セットでついてきたコーヒーを飲んでいる。
ミルクだけ加えたコーヒーを飲んでから、瑞月は懐かしそうに頬を緩める。
「それから、キャラメルポップコーンも美味しかった。カリカリサクサクで甘いから、コーヒーとも合いそうだ」
「アレとは味違うけど、たぶんウチの店にもあるぜ。あっ、でも……キャラメルはあったかなぁ……」
プレーン、バター味、カレー味と、陽介はざっと記憶を確認する。だが、キャラメル味のポップコーンがあったかは曖昧だ。陽介が唇を尖らせると、瑞月は必要ないとばかりに首を振る。
「キャラメルならば問題ない。作れるからな」
「マジ!? お前パティシエみたいだなー? キャラメルとか店で買うもんかと思ってた」
「いや、意外と簡単だよ。材料は砂糖と生クリーム・バターだけだからな。花村でも作れると思う。あ、しかし買うものが増えた」
「へへっ、ジュネスは毎日がお客様感謝デー。ご来店、お待ちしておりまーす!」
「ふふっ、さすがに似ているな。そしてまんまと、してやられた」
商売上手だ、と吹き出した口許を、瑞月は抑える。キャラメルポップコーン、映画と楽しい時間が続いたおかげなのか、彼女の表情筋も大変ご機嫌らしい。陽介の表情筋も自然と緩くなる。始まりは口が滑ったとはいえ、誘って良かった。瑞月は映画を好きになってくれたようだ。
「それにしてもすごかった。映画館というのはテレビで観たテーマパークのようだ」
「ふはっ、映画館一つで大げさすぎるだろ! おのぼりさんみたいだぞ」
「実質、おのぼりさんのようなものなのでな。何とでもいえ」
「それにしてもお前ってホント箱入り娘だよな。今までの休みとか何してたワケ?
「たしかに、こうした場所はほとんど行ったことはないな。お金がかかることはしなかったんだ。お小遣いは……大切に使いたかったし」
瑞月が切なそうに目を細める。その表情に、陽介は見覚えがあった。神社にて、陽介がある人について話したときに見せた、申し訳なさそうな表情。しまったと、陽介はとっさに口をつぐむ。
(
瑞月の母・瀬名水奈子と瑞月は、血が繋がっていない。陽介が先日、両者から直接聞かされた事実だ。養母である水奈子に不器用な接し方しかできない悩み──本人の言葉はなかったが──を瑞月が抱えているのも知っている。
彼女が小遣いについて気にしているのも、養母に気を遣ってだろう。付き合いがそれなりの陽介だから分かるが、瑞月は身内をかなり思いやるタイプだ。
(小遣いの件とかもあるけど、他にも理由あんだろうな……。遊びまわって心配かけたくないとか……)
身内への遠慮は、陽介も覚えがある。場合は違えど、陽介自身も両親を気遣った経験は何度かある(父の力になるためにジュネスバイトのヘルプに積極的に入ったり、両親が居ないときに簡単な家事を請け負ったり)。
瑞月はそれが極端なタイプだ。おそらく義両親にいろいろと負担をかけたくない彼女は、自然と自分をエンタメから切り離してしまった。
もったいないなと、陽介は思う。陽介が観ただけではただ「面白い」の一言で終わってしまう映画でも、瑞月ならば生き生きと溢れんばかりの感動を楽しめるのに。
「────でも、充実していたと思うよ」
「え?」
「休日は市内の図書館に行ったり、散歩をしたり……好きに過ごしていたし……お母さんやお父さんがよく、ピクニックに連れ出してくれた。鮫川だったり、高台だったり、おかげで八十稲羽にある景色のいい名所は大体回ったし、覚えてるよ」
「そっか……」
陽介はほっと、息を吐く。同時に気がついた。陽介は、映画を見てこなかった瑞月をもったいない。と思ったけれど、それは間違いだ。
瑞月は、陽介と違った体験をして生きてきただけだ。映画を見なかったかわりに、彼女は彼女で、陽介が経験しなかった出来事を経験している。
(瀬名は、何見てきたんだろうな)
陽介は思う。親友である彼女が、陽介の知らない場所で何を見て、何を感じて生きてきたのか。あの、陽介にとって始めての喧嘩を経て、瑞月を知りたいと強く望むようになった。
「うん。だからね────」
懐かしそうに、瑞月は笑った。長いまつげに彩られた瞼の奥で、紺碧の瞳がきらきらと輝く。まるで、空に舞う紙吹雪を閉じ込めたように。
「────いつか、花村も連れていきたいな。今日、君が映画に連れていってくれたみたいに」
呆然と、陽介はコーヒーの入ったカップを持つ。ジンと陽介の胸が熱くなった。まるで今日の映画みたいだ。巡り巡って帰ってきたのは、勇気ではなく、陽介が瑞月へと投げた親愛なのだけれど。
そして、その「いつか」が来るまで、瑞月はきっと陽介の傍にいてくれるのだろう。瑞月の持ちうる、決めた道を突き進む誠実さゆえに。
「そろそろ、お暇しようか」
「あ、ああ……」
だいぶ長く話し込んでいたようだ。コーヒーはすっかり人肌に冷めて、口に含んでも問題ない温度となっている。
────その後、コーヒーをイッキ飲みした陽介が噎せるというひと悶着を経て、陽介と瑞月は店を後にした。