ブレイク・タイム
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
沖奈の映画館——『30 frame』は沖奈駅からゼロ距離の立地にある。
駅の出入り口となっているエスカレーターから降りたあと、これまた駅のすぐそばにあるチケットの発券所へと並んだ。手慣れた陽介にならって、瑞月も無事会計を済ませる。
二人の手には、学割料金で入手したチケットが握られていた。あとは館内に向かうだけ。さて行こうと踏み出した陽介の足を止めたのは、動きを止めた瑞月だった。彼女は何かを眺めているらしい。
「どしたよ瀬名、トイレか?」
「……花村、デリカシーに反する言い方になっている。仮にも好きな異性がいる身だろう。土壇場で出るからな」
「ウ……ス、スマンす」
「分かればいい。……ちょっと、あの場所に寄ってもいいだろうか? なんだか冊子やお人形やお皿がたくさんあって、楽しそうだ」
「……ああ、アソコか。それから、冊子はパンフレットで、その他諸々はグッズだ」
「そうなのか。なんだか、とてもとても楽しそうなのだが……」
「メッチャ気になってソワソワしてんじゃねーか。んじゃ、いいぜ。ココいらに10分前くらいに待ち合わせするか」
瑞月が指差したのは、映画のグッズショップだ。陽介にとっては見慣れたもので、さして興味もないけれど、映画館が初めての彼女には物珍しく興味を惹かれたのかもしれない。陽介の同意を得た瑞月は「ありがとう」と礼を残してグッズショップに飛んでいく。
どこか楽しそうな瑞月を見送って、陽介は小さくガッツポーズを取る。実は陽介も行きたい場所があったのだ。
──集合時間5分前。
上機嫌な様子で戻ってきた瑞月が、驚きに目を丸くする。それは、陽介が予想した上を行く愉快な反応だった。彼女は陽介が両手に抱えたものを、未知のおもちゃを探る猫のようにじぃっと見つめている。
「花村、それは?」
思った通りの疑問に、ふっふっふっと陽介は笑う。そして、誇らしそうに胸を張った。
「じゃーん、キャラメルポップコーンだ!」
「きゃらめる、ぽっぷこーん……?」
そう、陽介はキャラメルポップコーンを抱えていた。彼の腕の中では、キャラメルのツヤをふんだんにまとったスナックが山盛りになったカップが2つ、鎮座している。しかも、豪華にドリンクつき。
瑞月がグッズショップに行っている間に、軽食を扱う売店で2人分を購入しておいたのだ。無論、瑞月が甘党である情報に基づいた判断だ。ちなみにドリンクは、口のなかがサッパリする穀物のブレンド茶である。
映画館といっても、楽しみは映画だけではない。最近はフードドリンクも充実していて、それを楽しむのも一興と言える。ゆえに、映画デビュー新人の瑞月にはぜひとも、体験してほしいという陽介の企みであった。
(元々シアターに入った後、テキトーに理由つけて買ってくるつもりだったんだけどな……、瀬名がグッズショップ行ってくれたから早く買えたわ。良かった)
おかげで、陽介は面白いものを目にできているのだから。陽介は、目の前の──まじまじポップコーンを覗きこむ瑞月を眺める。
「キャラメル、ポップコーン?? あのデステニーシーとやらで売っている、とうもろこしを加熱した……アレか? でも、テレビで見たのは塩味とカレー味くらいで……キャラメル味という亜種もあるのか……興味深いな」
「瀬名ー、ヘンな生き物みっけたハカセみたいになってんぞー。見すぎー」
ポン・ポン・ポンと、適度な間が過ぎ──糸で引かれるように、瑞月は真っ赤な顔を上げる。普段はきつく引き結ばれた唇が、コメディチックに波打って、細い眉が大きく盛り上がった。
「す、す、すまないっ。初めて見たから慎みもなくのぞき込んでしまった! 決して、食べたいとかっ、そ、そういうのではっ」
「つまり、食べたいんだな?」
「んぐぅ……!」
キャラメルソースがふんだんに絡んだ甘い匂いのするスナックを前に、瑞月は悔しそうに口を曲げる。ものすごく素直な反応だ。瑞月が初めて見せた愉快な表情に、陽介はカラカラと笑う。
「ははは! お前って意外と食い意地張ってんのな。まぁ、チョコ持ち歩いたりなんだったりで、そんな気はしたけどさ。里中みてぇ」
「千枝さんと私の反応は関係ないだろう! み、見ない食べ物だったから、気になっただけで」
「ほぉーん? やっぱ食べたいんだな」
「うぅぅ~~~!! ばっ、売店で買う!」
やきもきと両手を握りしめる瑞月は、まるで子供のような天真爛漫さだ。普段の凪いだ面差しはどこへやら。本気で、キャラメルポップコーンを欲している。陽介はクックッと喉を鳴らした。いつも陽介の上手を行く彼女を驚かせるのは、中々に気持ちがいい。
「まーてまーて。んな照れんなって。なんと、お前の分も買ってあっからさ」
「本当か!?」
途端に、瑞月の瞳が喜色で輝く。中心に寄せられていたはずの眉も、アーチを描かんばかりに盛り上がった。しかし次の瞬間、電気でも走ったような顔になり、見慣れた生真面目な表情に戻る。
「すまないな。では代金を支払わせてほしい」
「いや切り替えハヤッ! もちっと恥ずかしくなるとか、ごまかすとかないのかよ!」
「だって、私の分も買ってきてくれたのだろう? 私も食べられるのなら、喜んで代金を支払うし、感謝もするし、見栄も張らなくていいではないか」
「……お前って、そういう、気になったら突っ走るトコあるよな」
陽介がのっぺり平坦に応じる。物珍しい彼女をもう少し見たかったというのに、瑞月の切り替えの速さが恨めしい(そこが彼女に良いところではあるが)。というわけで、陽介も気分を切り替える。
「ああ、いいっつの。払わなくて。コレは俺の奢りだから」
「……花村。それは申し訳ない。私の分は払わせてくれ」
「いーの、いーの! 瀬名の華々しい映画デビューを祝してさ、俺からのプレゼント」
「だが……」
律儀な彼女がいい募るのを、陽介は人差し指で抑えた。ここだけは、陽介でも譲れない。そうして、とっておきたかったカードを切る。
「じゃ、この前神社で助けてくれた感謝ってコトで、どーよ」
「そ、それは……」
「人の厚意は、素直に受け取っとくのが吉だぜ? せっかく、お前がやったことが結果として返ってきてんだから」
陽介の言葉に、瑞月は持っていた財布をおずおずとしまった。それから、困ったような、けれど確かに嬉しそうに目を細めて、幼げに笑う。
「────ありがとう」
陽介が差し出したポップコーンを慎重に、とても大事そうに、瑞月は受けとる。そうして、瑞月は胸の中にこぼさないように抱えたキャラメルポップコーンへと、まるで花束へ向けるような視線を送った。
それだけで、期末テストで頑張った日々が、陽介は報われたような気がした。
二人してシアターに向かい、指定された座席に着く。キャラメルポップコーンやドリンクを飲み、上映時間が来るまで過ごす。退屈になりがちな待ち時間も、いちいち新鮮な反応──グッズショップで買ってきたらしいパンフレットの内容についての雑談だったり、キャラメルポップコーンの食レポだったり──を見せてくれる瑞月がいたから、陽介は中々楽しく過ごせた。
そうして、映画が始まる。
陽介がチョイスした映画『アラネアヒーロー』は当たりだった。クモをモチーフにした有名なヒーローモノの最新作。ある少年が特別な力に目覚め、戦いへの葛藤を抱えながらヒーローとして成長する物語が華麗なアクションと共に描かれていた。スクリーンを端から端まで使ったハラハラする激闘も、臨場感と緊迫感に満ち溢れたBGMも、陽介を圧巻させた。流石、長年続くビックブランドと言える。
そして、映画が初体験だったという瑞月が受けた衝撃はすさまじいものだったらしい。
「…………」
「お、おい瀬名? 大丈夫か、俺の声聞こえてるか?」
「…………花村」
映画鑑賞後、瑞月はエンドロールまで流れ切った画面を瞬きすら忘れて見入っていた。陽介が肩を叩いて、やっと意識を取り戻した彼女は一言だけ、しみじみと呟く。
「…………映画とは、すごいのだなぁ」
そのときの、彼女の瞳は、まるで星を散らしたように輝いていて。
陽介はただ、きれいだと、息を呑んだ。
駅の出入り口となっているエスカレーターから降りたあと、これまた駅のすぐそばにあるチケットの発券所へと並んだ。手慣れた陽介にならって、瑞月も無事会計を済ませる。
二人の手には、学割料金で入手したチケットが握られていた。あとは館内に向かうだけ。さて行こうと踏み出した陽介の足を止めたのは、動きを止めた瑞月だった。彼女は何かを眺めているらしい。
「どしたよ瀬名、トイレか?」
「……花村、デリカシーに反する言い方になっている。仮にも好きな異性がいる身だろう。土壇場で出るからな」
「ウ……ス、スマンす」
「分かればいい。……ちょっと、あの場所に寄ってもいいだろうか? なんだか冊子やお人形やお皿がたくさんあって、楽しそうだ」
「……ああ、アソコか。それから、冊子はパンフレットで、その他諸々はグッズだ」
「そうなのか。なんだか、とてもとても楽しそうなのだが……」
「メッチャ気になってソワソワしてんじゃねーか。んじゃ、いいぜ。ココいらに10分前くらいに待ち合わせするか」
瑞月が指差したのは、映画のグッズショップだ。陽介にとっては見慣れたもので、さして興味もないけれど、映画館が初めての彼女には物珍しく興味を惹かれたのかもしれない。陽介の同意を得た瑞月は「ありがとう」と礼を残してグッズショップに飛んでいく。
どこか楽しそうな瑞月を見送って、陽介は小さくガッツポーズを取る。実は陽介も行きたい場所があったのだ。
──集合時間5分前。
上機嫌な様子で戻ってきた瑞月が、驚きに目を丸くする。それは、陽介が予想した上を行く愉快な反応だった。彼女は陽介が両手に抱えたものを、未知のおもちゃを探る猫のようにじぃっと見つめている。
「花村、それは?」
思った通りの疑問に、ふっふっふっと陽介は笑う。そして、誇らしそうに胸を張った。
「じゃーん、キャラメルポップコーンだ!」
「きゃらめる、ぽっぷこーん……?」
そう、陽介はキャラメルポップコーンを抱えていた。彼の腕の中では、キャラメルのツヤをふんだんにまとったスナックが山盛りになったカップが2つ、鎮座している。しかも、豪華にドリンクつき。
瑞月がグッズショップに行っている間に、軽食を扱う売店で2人分を購入しておいたのだ。無論、瑞月が甘党である情報に基づいた判断だ。ちなみにドリンクは、口のなかがサッパリする穀物のブレンド茶である。
映画館といっても、楽しみは映画だけではない。最近はフードドリンクも充実していて、それを楽しむのも一興と言える。ゆえに、映画デビュー新人の瑞月にはぜひとも、体験してほしいという陽介の企みであった。
(元々シアターに入った後、テキトーに理由つけて買ってくるつもりだったんだけどな……、瀬名がグッズショップ行ってくれたから早く買えたわ。良かった)
おかげで、陽介は面白いものを目にできているのだから。陽介は、目の前の──まじまじポップコーンを覗きこむ瑞月を眺める。
「キャラメル、ポップコーン?? あのデステニーシーとやらで売っている、とうもろこしを加熱した……アレか? でも、テレビで見たのは塩味とカレー味くらいで……キャラメル味という亜種もあるのか……興味深いな」
「瀬名ー、ヘンな生き物みっけたハカセみたいになってんぞー。見すぎー」
ポン・ポン・ポンと、適度な間が過ぎ──糸で引かれるように、瑞月は真っ赤な顔を上げる。普段はきつく引き結ばれた唇が、コメディチックに波打って、細い眉が大きく盛り上がった。
「す、す、すまないっ。初めて見たから慎みもなくのぞき込んでしまった! 決して、食べたいとかっ、そ、そういうのではっ」
「つまり、食べたいんだな?」
「んぐぅ……!」
キャラメルソースがふんだんに絡んだ甘い匂いのするスナックを前に、瑞月は悔しそうに口を曲げる。ものすごく素直な反応だ。瑞月が初めて見せた愉快な表情に、陽介はカラカラと笑う。
「ははは! お前って意外と食い意地張ってんのな。まぁ、チョコ持ち歩いたりなんだったりで、そんな気はしたけどさ。里中みてぇ」
「千枝さんと私の反応は関係ないだろう! み、見ない食べ物だったから、気になっただけで」
「ほぉーん? やっぱ食べたいんだな」
「うぅぅ~~~!! ばっ、売店で買う!」
やきもきと両手を握りしめる瑞月は、まるで子供のような天真爛漫さだ。普段の凪いだ面差しはどこへやら。本気で、キャラメルポップコーンを欲している。陽介はクックッと喉を鳴らした。いつも陽介の上手を行く彼女を驚かせるのは、中々に気持ちがいい。
「まーてまーて。んな照れんなって。なんと、お前の分も買ってあっからさ」
「本当か!?」
途端に、瑞月の瞳が喜色で輝く。中心に寄せられていたはずの眉も、アーチを描かんばかりに盛り上がった。しかし次の瞬間、電気でも走ったような顔になり、見慣れた生真面目な表情に戻る。
「すまないな。では代金を支払わせてほしい」
「いや切り替えハヤッ! もちっと恥ずかしくなるとか、ごまかすとかないのかよ!」
「だって、私の分も買ってきてくれたのだろう? 私も食べられるのなら、喜んで代金を支払うし、感謝もするし、見栄も張らなくていいではないか」
「……お前って、そういう、気になったら突っ走るトコあるよな」
陽介がのっぺり平坦に応じる。物珍しい彼女をもう少し見たかったというのに、瑞月の切り替えの速さが恨めしい(そこが彼女に良いところではあるが)。というわけで、陽介も気分を切り替える。
「ああ、いいっつの。払わなくて。コレは俺の奢りだから」
「……花村。それは申し訳ない。私の分は払わせてくれ」
「いーの、いーの! 瀬名の華々しい映画デビューを祝してさ、俺からのプレゼント」
「だが……」
律儀な彼女がいい募るのを、陽介は人差し指で抑えた。ここだけは、陽介でも譲れない。そうして、とっておきたかったカードを切る。
「じゃ、この前神社で助けてくれた感謝ってコトで、どーよ」
「そ、それは……」
「人の厚意は、素直に受け取っとくのが吉だぜ? せっかく、お前がやったことが結果として返ってきてんだから」
陽介の言葉に、瑞月は持っていた財布をおずおずとしまった。それから、困ったような、けれど確かに嬉しそうに目を細めて、幼げに笑う。
「────ありがとう」
陽介が差し出したポップコーンを慎重に、とても大事そうに、瑞月は受けとる。そうして、瑞月は胸の中にこぼさないように抱えたキャラメルポップコーンへと、まるで花束へ向けるような視線を送った。
それだけで、期末テストで頑張った日々が、陽介は報われたような気がした。
二人してシアターに向かい、指定された座席に着く。キャラメルポップコーンやドリンクを飲み、上映時間が来るまで過ごす。退屈になりがちな待ち時間も、いちいち新鮮な反応──グッズショップで買ってきたらしいパンフレットの内容についての雑談だったり、キャラメルポップコーンの食レポだったり──を見せてくれる瑞月がいたから、陽介は中々楽しく過ごせた。
そうして、映画が始まる。
陽介がチョイスした映画『アラネアヒーロー』は当たりだった。クモをモチーフにした有名なヒーローモノの最新作。ある少年が特別な力に目覚め、戦いへの葛藤を抱えながらヒーローとして成長する物語が華麗なアクションと共に描かれていた。スクリーンを端から端まで使ったハラハラする激闘も、臨場感と緊迫感に満ち溢れたBGMも、陽介を圧巻させた。流石、長年続くビックブランドと言える。
そして、映画が初体験だったという瑞月が受けた衝撃はすさまじいものだったらしい。
「…………」
「お、おい瀬名? 大丈夫か、俺の声聞こえてるか?」
「…………花村」
映画鑑賞後、瑞月はエンドロールまで流れ切った画面を瞬きすら忘れて見入っていた。陽介が肩を叩いて、やっと意識を取り戻した彼女は一言だけ、しみじみと呟く。
「…………映画とは、すごいのだなぁ」
そのときの、彼女の瞳は、まるで星を散らしたように輝いていて。
陽介はただ、きれいだと、息を呑んだ。