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12月5日 日曜日
八十稲羽は、公共交通機関の本数が少ない。ゆえに電車が多い都会と違って運転免許をもたない稲羽市民は現地集合ではなく、八十稲羽駅に一度集合してから同じ電車を利用して目的地へ行くこととなる。それは八十稲羽在住の花村陽介も例外ではない。
陽介は手すりに捕まりながらスマホを確認した。約束の時間は近い。車両内に若い人間はちらほらおれど、待ち人の姿は見えなかった。車内アナウンスが出発を告げる。
すると、陽介に向って歩いてくる人がいた。全体的に中性的な、ストリート系の出で立ちで陽介よりも小さい。ハットを深々と被っているので、顔による性別の判断がつかない。ストリート系は陽介の隣に立つとハットのツバを押し上げる。見慣れた寒色の瞳が登場して、陽介は驚嘆した。
「おはよう花村。早いな」
「のわっ!? 瀬名?」
ストリート系の女性——瀬名瑞月は小さく頷いた。
期末テスト明けの今日、陽介は彼女と沖奈へ出かけると約束していたのだ。きっかけは、テスト週間に突入する数日前、つらい勉強と期末に耐えたご褒美を陽介は設定した。それこそが沖奈での映画鑑賞であった。元々は陽介一人で行く予定だったが、映画を見た経験がないという瑞月も共についてくる流れとなったのである。
そうして現在——待ち合わせ場所としていた電車にて2人は落ち合ったわけだが——
「どうした、意外そうな顔をして」
「いや……一瞬誰かと思ってさ。お前が男だか女だかすら判断できんかったわ」
——見慣れない瑞月のファッションに、陽介は戸惑っていた。
瑞月の服装は男女兼用——いわゆるユニセックスなものだ。スカイブルーの長袖にクリーム色のベストを合わせたような重ね着風のパーカーに、ブラックのスキニーパンツ。性差が出やすい腰の部分がパーカーで覆われているため、一見すると性別の判断がつきづらい。
普段は後頭部でまとめられている髪は、バックルが付いたカーキ色のベイカーボーイハットに収められているらしく、一見すると短髪に見える。
つまりは、男とも見える格好を瑞月はしていた。珍しいものにむける陽介の視線について汲んだらしい。「ああ」と瑞月は胸元を示す。そこに女性らしい膨らみはない。
「沖奈に行くときはいつもこの服なんだ。女性らしい服装では話しかけられやすいのでな」
「あぁ、ナルホド。”自衛”ってコトね。オレてっきり、お前がそういう服に興味あるのかと」
「似合うと思えば、何でも着るというだけだ。私は服に対して、あまりこだわりがないからな」
こだわりがない。というわりには、瑞月の服装は文句がつけられないほどによく似合っていた。TPOにも合っているし、瑞月自身の身体的特徴にもよく馴染んでいる。真面目な彼女のことだから、人に軽んじられないファッションについても心得があるのだろう。
「にしてもまあ、お前もともと凹凸少ないから、ホントに男っぽいな? おまえ変装の才能あんじゃね?」
「花村、人の体型に関しては無暗に茶化すべきではない、人によっては地雷だ」
外見こそ違えど、喋ってみるといつもの瑞月だ。服装が少年らしいからか、異性としての意識が軽減されて話しやすく、陽介は驚いた。そして、予期せぬ嬉しい効果でもある。友人に間違ってドキドキする気の迷いに襲われずに済むのだから。
「ところで花村」
「ん、どした? 学生証忘れたとか?」
きょとんと、瑞月は目を丸くする。抱いてしまった質問が、陽介の言葉で塗り替えられてしまったような。だが、陽介の発言になにもおかしな点はない。すると瑞月は信じられない質問を口にした。
「持っているが……なぜ学生証なんだ? 見せるのか?」
「はぁ!? そりゃ見せるだろうよ? 見せないと、学割利かなくなんだろ?」
「『がくわり』……、ああ! 携帯会社の料金割引のようなものか。 映画館も同じようなサービスをやっているのだな」
「……もしかして、お前、マジにエンタメ施設初めて?」
瑞月はこてりと首をかしげる。陽介は察した。彼女はエンタメ施設の「エ」の字も知らない。それも仕方のないことだった。
彼女は元々、エンタメにとんと疎い。陽介と友達になったばかりの頃、お茶の間で人気のアイドルの名前でさえ食べ物と勘違いした人種だ。
さらに、彼女が育った八十稲羽では、子供向けの娯楽施設が全くといっていいほどなかった。
(したら、奇跡の箱入り娘が誕生したってわけかぁ……)
きっと瑞月は、映画館で売っているサイドメニューの存在すらご存じないのだろう。瑞月は何も知らない。劇場で食べる手の込んだポップコーンの美味しさや、音と画面の迫力によって産み出される物語の臨場感を──。そこまで考えて、陽介は突如、閃いた。
(つまり、今から俺と見る映画は、瀬名にとって初めての体験になるってコトだよな?)
陽介にとって、映画とは楽しいものだ。音と映像、物語をもって観るものを包み込んで心踊る体験をさせてくれるエンタメ。瑞月がそれを体感したら一体どんな反応を見せるのだろう? きっと、いまだに陽介が知らない反応をするのではないか。
止めどない好奇心に陽介の心が浮き立つ。
「花村、どうしてニヤついているんだ?」
どうやら表に出ていたようだ。瑞月が不思議そうに訪ねる。だが、知ったことではなかった。
いまや陽介の思考は、シネマデビューを飾る瑞月をどう楽しませるか。それ一択だ。ぐふふと、陽介は悪役みたいに笑う。そして、ずびしぃっ! と瑞月へと人差し指を向けて宣言した。
「よし! こーなったら、シティーボーイの俺がお前の映画デビューを最高のものにしてやんよ! んで、箱入りのお前を都会の色に染めてやる!」
「お、おぉーー。なにか凄そうだな、花村」
パチパチパチと、あどけない様子で瑞月は手を叩く。そのまま2人は、映画館の入り方や楽しみ方、テストの出来や、沖奈で行きたい場所などなど、様々な話題について語り合った。
2人でいると話題が尽きなくて、気づかぬうちに沖奈駅についてしまったらしい。電車から降りた陽介は、瑞月へと楽し気に振り返る。
「んじゃ、楽しんで行こうぜ。初シネマ!」
電車から降りた瑞月が、こくんと大きく頷いた。
八十稲羽は、公共交通機関の本数が少ない。ゆえに電車が多い都会と違って運転免許をもたない稲羽市民は現地集合ではなく、八十稲羽駅に一度集合してから同じ電車を利用して目的地へ行くこととなる。それは八十稲羽在住の花村陽介も例外ではない。
陽介は手すりに捕まりながらスマホを確認した。約束の時間は近い。車両内に若い人間はちらほらおれど、待ち人の姿は見えなかった。車内アナウンスが出発を告げる。
すると、陽介に向って歩いてくる人がいた。全体的に中性的な、ストリート系の出で立ちで陽介よりも小さい。ハットを深々と被っているので、顔による性別の判断がつかない。ストリート系は陽介の隣に立つとハットのツバを押し上げる。見慣れた寒色の瞳が登場して、陽介は驚嘆した。
「おはよう花村。早いな」
「のわっ!? 瀬名?」
ストリート系の女性——瀬名瑞月は小さく頷いた。
期末テスト明けの今日、陽介は彼女と沖奈へ出かけると約束していたのだ。きっかけは、テスト週間に突入する数日前、つらい勉強と期末に耐えたご褒美を陽介は設定した。それこそが沖奈での映画鑑賞であった。元々は陽介一人で行く予定だったが、映画を見た経験がないという瑞月も共についてくる流れとなったのである。
そうして現在——待ち合わせ場所としていた電車にて2人は落ち合ったわけだが——
「どうした、意外そうな顔をして」
「いや……一瞬誰かと思ってさ。お前が男だか女だかすら判断できんかったわ」
——見慣れない瑞月のファッションに、陽介は戸惑っていた。
瑞月の服装は男女兼用——いわゆるユニセックスなものだ。スカイブルーの長袖にクリーム色のベストを合わせたような重ね着風のパーカーに、ブラックのスキニーパンツ。性差が出やすい腰の部分がパーカーで覆われているため、一見すると性別の判断がつきづらい。
普段は後頭部でまとめられている髪は、バックルが付いたカーキ色のベイカーボーイハットに収められているらしく、一見すると短髪に見える。
つまりは、男とも見える格好を瑞月はしていた。珍しいものにむける陽介の視線について汲んだらしい。「ああ」と瑞月は胸元を示す。そこに女性らしい膨らみはない。
「沖奈に行くときはいつもこの服なんだ。女性らしい服装では話しかけられやすいのでな」
「あぁ、ナルホド。”自衛”ってコトね。オレてっきり、お前がそういう服に興味あるのかと」
「似合うと思えば、何でも着るというだけだ。私は服に対して、あまりこだわりがないからな」
こだわりがない。というわりには、瑞月の服装は文句がつけられないほどによく似合っていた。TPOにも合っているし、瑞月自身の身体的特徴にもよく馴染んでいる。真面目な彼女のことだから、人に軽んじられないファッションについても心得があるのだろう。
「にしてもまあ、お前もともと凹凸少ないから、ホントに男っぽいな? おまえ変装の才能あんじゃね?」
「花村、人の体型に関しては無暗に茶化すべきではない、人によっては地雷だ」
外見こそ違えど、喋ってみるといつもの瑞月だ。服装が少年らしいからか、異性としての意識が軽減されて話しやすく、陽介は驚いた。そして、予期せぬ嬉しい効果でもある。友人に間違ってドキドキする気の迷いに襲われずに済むのだから。
「ところで花村」
「ん、どした? 学生証忘れたとか?」
きょとんと、瑞月は目を丸くする。抱いてしまった質問が、陽介の言葉で塗り替えられてしまったような。だが、陽介の発言になにもおかしな点はない。すると瑞月は信じられない質問を口にした。
「持っているが……なぜ学生証なんだ? 見せるのか?」
「はぁ!? そりゃ見せるだろうよ? 見せないと、学割利かなくなんだろ?」
「『がくわり』……、ああ! 携帯会社の料金割引のようなものか。 映画館も同じようなサービスをやっているのだな」
「……もしかして、お前、マジにエンタメ施設初めて?」
瑞月はこてりと首をかしげる。陽介は察した。彼女はエンタメ施設の「エ」の字も知らない。それも仕方のないことだった。
彼女は元々、エンタメにとんと疎い。陽介と友達になったばかりの頃、お茶の間で人気のアイドルの名前でさえ食べ物と勘違いした人種だ。
さらに、彼女が育った八十稲羽では、子供向けの娯楽施設が全くといっていいほどなかった。
(したら、奇跡の箱入り娘が誕生したってわけかぁ……)
きっと瑞月は、映画館で売っているサイドメニューの存在すらご存じないのだろう。瑞月は何も知らない。劇場で食べる手の込んだポップコーンの美味しさや、音と画面の迫力によって産み出される物語の臨場感を──。そこまで考えて、陽介は突如、閃いた。
(つまり、今から俺と見る映画は、瀬名にとって初めての体験になるってコトだよな?)
陽介にとって、映画とは楽しいものだ。音と映像、物語をもって観るものを包み込んで心踊る体験をさせてくれるエンタメ。瑞月がそれを体感したら一体どんな反応を見せるのだろう? きっと、いまだに陽介が知らない反応をするのではないか。
止めどない好奇心に陽介の心が浮き立つ。
「花村、どうしてニヤついているんだ?」
どうやら表に出ていたようだ。瑞月が不思議そうに訪ねる。だが、知ったことではなかった。
いまや陽介の思考は、シネマデビューを飾る瑞月をどう楽しませるか。それ一択だ。ぐふふと、陽介は悪役みたいに笑う。そして、ずびしぃっ! と瑞月へと人差し指を向けて宣言した。
「よし! こーなったら、シティーボーイの俺がお前の映画デビューを最高のものにしてやんよ! んで、箱入りのお前を都会の色に染めてやる!」
「お、おぉーー。なにか凄そうだな、花村」
パチパチパチと、あどけない様子で瑞月は手を叩く。そのまま2人は、映画館の入り方や楽しみ方、テストの出来や、沖奈で行きたい場所などなど、様々な話題について語り合った。
2人でいると話題が尽きなくて、気づかぬうちに沖奈駅についてしまったらしい。電車から降りた陽介は、瑞月へと楽し気に振り返る。
「んじゃ、楽しんで行こうぜ。初シネマ!」
電車から降りた瑞月が、こくんと大きく頷いた。